■ 遠い約束 ■
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翌日からセレムは魔道書を開いていた。戦いに赴けるわけではないが、これまでどおりの生活が記憶を取り戻す一番の近道とサラに言われたためだった。
セレムのことが気になって剣の練習の為にと、そのテントの周りをうろつく自分も自分だと、フェザンは我ながら呆れた。
「あ、おはよー」
ぶつぶつ呟きながら歩いていると、すれ違い様に声をかけられた。振り返るとセレムが立っていた。どこかホッとしたような表情を浮かべて見えたのは気のせいだろうか。
「えーっと、フェザンだったよね」
以前と同じ顔をしているのに、向けてくるのは笑顔だった。
気高くて、弱みを見せない強い色をした瞳は、今の彼には見られなかった。マキアスがいたたまれない気持ちが分かる気がした。
「どこか行ってたのか?」
様子を見に行こうとしたセレムのテントからは逆の方向から歩いていることに気づいてフェザンは尋ねる。
「レイヴァン太子のところに行ってたんだ。良く分からないけど、敵陣が迫って来ているんだって」
確かに魔道士としての力は必要なのかも知れないが、記憶をなくしている言わば病人にそんなことをさせるつもりなのだろうか。フェザンはセレムの持つ魔道書を取り上げる。
「まだ本調子じゃねぇってのに、こんなの持ってんじゃねぇよ」
怒るフェザンの横顔に、セレムは恐る恐る声をかけてきた。
「あの…フェザン、僕まだ力の使い方って分からないんだ。良かったら教えてくれないかな?」
意外な言葉にフェザンは振り返る。一気に怒りが吹き飛んだ。今までこんなことはあり得なかったのだ。セレムは常に先輩で、兄貴風ばかり吹かせていて、何かを教えて欲しいなんて当然、有り得なかった。
「ダメ…かな? 忙しい?」
いつもは凛とした瞳が、心細そうに揺れていた。
今のセレムは右も左も分からない新参者と同じなのだ。いきなり見ず知らずの場所に連れてこられたも同じ。それに、これは別人なのだと考えると今までのように突っ張る必要もないではないか。
「いや、いいぜ」
フェザンの答えに、パッと笑顔が浮かぶ。それは湖面に広がる波紋のようにきれいに見えた。一瞬、ドキッとする。
「よかった。実はレイヴァン太子に大丈夫って大見栄を張ったものだから、どうしたものかと困ってたんだ」
以前の強さはなかったが、柔らかくてどこか儚いものを感じた。