■ 恋人志願 ■
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「おっと、もう帰らねぇとな」
タケルはふと、窓の外の夕まぐれに気づいてベッドから身体を起こした。その日、一度きりと言いながら、何度もお互いを確かめ合った後のことだった。
「何だ、もう帰るのか?」
けだるそうに自分を見上げてくる悠史に、タケルはそっぽを向く。
「ったりめぇだ。一回きりだってのに何回もヤリやがって。このエロ教師」
「は?」
悠史はそう言ったタケルを見やって、のろのろ起き上がる。
「教師…?」
「はい…?」
悠史の怪訝そうな顔に、今度はタケルの方がキョトンとする。
その表情に悠史は気づく。もしかして、これは――。
「タケル、誰に頼まれてここへ来たって言った?」
「あんたの両親だ」
そうだ、確かにそう言った。
「僕の両親はもういないんだけど?」
正確には、父は行方不明で母は悠史が幼い頃に他界しているのだ。
悠史を心配してくれる人間なんてもういないのだ。第一、何を心配すると言うのか。悠史は別に女遊びに耽っている覚えもなかった。むしろそちらには淡泊な方だった。
「…え?」
タケルはその言葉に驚いて、慌てて自分のバッグから手帳を取り出した。それをパラパラめくって、読み上げる。
「だって、中央通り3丁目ブラックハイツ312号室の宮武オサムって高校教師…」
悠史は思いっきり力が抜けそうだった。話がうますぎると思ったのだ。
「宮武先生は隣だよ。ここは313号室。僕は悠史っての」
「はぁぁ!?」
タケルは大きく口を開けて、手にしていた手帳を取り落としてしまう。
「だって…茶髪で、カッコ良くて、ちょっと可愛げで…」
タケルは悠史をじっと見る。間違いはないと思ったのだ。正直言って、今日の仕事がこの人でラッキーだとも思った。時によっては事の後に全身を消毒したくなるような場合もあって、それを考えると悠史は基準値をはるかに超えていた。第一印象が、ばっちりタケルの好みだったのだ。
「確かにあいつは女遊びばかりで、仕方が無いけどね」
その悠史の言葉にタケルはその場にへたり込む。遊び歩いている割りには扱いが下手だとは思ったのだ。
「そんな…じゃあ、オレは…」
頼まれた仕事を何もしていなかったのだ。それどころか、全然知らない男に身体を許してしまったのだ。丸っきり関係ない男に。せっかく、好みだったのに。