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行田馬車鉄道を歩く 前書き



吹上再訪

 

 行田馬車鉄道は、現在の埼玉県吹上町〜行田市の中心部を結んでいた鉄道です。明治32年、すでに鉄道の開通していた吹上町への交通手段を確保しようと、忍(おし)町・持田村の有志が 中心となり、「忍馬車鉄道株式会社」が設立されました。そして、鎌塚(今の吹上町内)〜佐間 (今の行田市内)が部分開業、次第に延伸し、明治34年6月には吹上駅〜行田下町間5.3キロが全線開通しました。1日12往復、吹上町で上り列車に接続するようにダイヤが組まれ、料金は片道5銭だったそうです。

 当初は1日の利用者が250人〜400人もあり、利益を上げましたがその後経営難になりました。新たに「行田馬車鉄道株式会社」を設立し、貨物輸送も兼ねましたが、大正11年の秩父鉄道開通の影響や、自動車の発達によって経営はいよいよ困難になりました。そのため、自動車による輸送を始め、やがてそちらが主になり、馬車鉄道は廃止されました。大正12年には線路も取り外されたということです。

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