一審被告が,厳格な立証責任を負うことについては,「第4章,第1同意取得手続総論,3司法審査のあり方」において述べたとおりである。 一審被告は,土地改良法87条の3第1項が定める3分の2以上の同意があったことを立証するために,同意署名簿(用排水事業(乙64の1〜7),区画整理事業(乙65の1〜7),農地造成事業(乙66の1〜7))を書証として提出している。 しかしながら,既に指摘したように,必要事項が記載されていない「白紙」の同意書用紙に三条資格者の署名・押印をもらった市町村が存在することが明らかになっているばかりでなく,いったん同意書用紙に記載された三条資格者の住所・氏名,署名・押印,事業区分欄の「○」印が,何者かによって変造されていた事実も明らかになっている。 したがって,一審被告が,三条資格者の同意があったことを立証するためには,以下のような事実を,三条資格者1人1人ごとに具体的に立証しなければならない。 ア 同意書用紙への必要事項記載の経緯について a. いつ必要事項が記載されたか b. どこで必要事項が記載されたか c. 誰が必要事項の記載を行ったか イ 同意取得の経緯について a. いつ同意を取得したか b. どこで同意を取得したか c. 誰が同意を取得したか d. 誰に対して説明をしたのか e. 同意取得にあたって,どのような説明を行ったのか f. 同意取得にあたって,どのような資料を示したのか g. 署名を行ったのは誰か h. 誰の印鑑を使ったのか i. 押印をしたのは誰か ウ 同意書用紙の記載事項の書き換えの経緯について a. いつ記載事項を書き換えたのか b. どこで記載事項を書き換えたのか c. 誰が記載事項の書き換えを行ったか d. どのような理由で記載事項の書き換えを行ったか e. 記載事項のどの部分をどのように書き換えたのか f. いつ書き換えに関する承諾をもらったのか g. どこで書き換えに関する承諾をもらったのか h. 誰から書き換えに関する承諾をもらったのか ところが,一審被告は,同意取得担当者の一部についてしか証人尋問を実施していないうえ,出頭した証人の尋問の結果明らかになったことは,杜撰な同意取得が行われたという事実ばかりであり,上記の立証命題が十分に立証されたとは言い難い。 したがって,以下詳述するように,前記同意署名簿の署名・押印欄が,三条資格者の意思にもとづいて作成されたことはほとんど立証されておらず,同意署名簿を根拠として3分の2以上の同意があったと認定することはできない。 1 原判決の認定
原判決は,「三条資格者の人数について」のなかにおいて,「被告が本件計画変更時までにした三条資格者の確認には,当初計画以降の三条資格者の変動を把握するのに十分でなかったところがあるとはいえ,・・・(中略)・・・ その分母とすべき三条資格者の人数は,被告主張のとおり,用排水事業について三九○四名,区画整理事業について一四六九名,農地造成事業について八七九名であるか,これを若干上回る程度にとどまるものというべきである」と認定している(P179〜180)。 原判決の認定を整理すれば,以下のとおりである。 (用排水) (区 画) (造 成) 本件計画変更時 3922名 1476名 881名 原判決の認定 3904名 1469名 879名 本件計画変更時 と比較した増減 −18名 −7名 −2名 2 控訴審における一審原告の指摘と被告の認否 一審原告は,控訴審において,三条資格者の総数に関して次のような指摘を行ってきた。 @ アタック2001の結果,三条資格に疑義があるとして指摘した者(星野奈須男) A 三条資格者本人尋問の準備のため,陳述書のなかで三条資格に疑義があるとして指摘した者(手石方敏郎) B 区画整理事業の三条資格者ではあるが,用排水事業の三条資格者とはなっていない者(一審被告/平成14年9月4日付「求釈明に対する回答書」) C 人吉市上原田地区のなかで,三条資格者から漏れている者(一審被告/平成14年11月21日付「求釈明書に対する回答」) これに対して,一審被告は,平成14年11月29日付「川辺川変更計画における三条資格者の変遷」と題する書面を参考資料として提出した。上記一覧表に記載された三条資格者の数については,当事者間に争いはない。 (用排水) (区 画) (造 成) 原判決の認定 3904名 1469名 879名 修正後の三条資格者総数 3932名 1468名 879名 原判決の認定と比較した増減 +28名 −1名 ±0名 3 用排水事業の対象者になっていない農地造成事業の三条資格者 @ 三条資格の有無に関する求釈明の経緯 一審原告は,平成14年6月24日付「求釈明書」において,用排水事業の対象者になっていない者に関して,一審被告に釈明を求めた。 一審被告は,平成14年9月4日付「求釈明に対する回答書」のなかで,農地造成事業のみの三条資格者59名については,用排水事業の三条資格者とはならない旨回答した。 そこで,一審原告は,平成14年9月9日付「求釈明書」をもって,さらに農地造成事業のみの三条資格者59名が,用排水事業の三条資格者とはならない理由について,具体的に理由を述べるように釈明を求めたが,一審被告の平成14年10月11日付「求釈明書に対する回答」を見る限り,その理由は具体的に明らかにされていない。 A 当初計画における農地造成事業のみの三条資格者の取り扱い 一審被告は,平成14年11月29日,当初計画時における3事業(農業用用排水事業,区画整理事業,農地造成事業)の同意署名簿を書証として提出した(乙253ないし乙255)。 平成14年12月10日付準備書面で詳細に述べたとおり,一審原告が,用排水事業に該当しない造成のみに該当する三条資格者59名について,当初計画における同意取得状況を調査したところ,宮本信一,平松袈年,尾曲寅蔵,永松正利,菖蒲和人,土肥エイ子及び惣馬嘉一郎の7名については,当初計画においても三条資格者として名前が挙がっており,農地造成事業のみならず,用排水事業についても三条資格者として同意署名を行っていた。また,樅木茂及び谷山九州男は,当初計画では三条資格者として名前が挙がっていなかったが,同住所の樅木伸治及び谷山真澄が三条資格者として,農地造成事業のほか,用排水事業の同意署名を行っていた。 このように,当初計画における農地造成事業のみの三条資格者の取り扱いを考慮すれば,用排水事業に該当しない造成のみに該当する三条資格者59名は,用排水事業の三条資格者に加えるべきである。 この点に関して,一審被告は,平成15年1月17日付第五準備書面のなかで,「本件事業は,用排水事業,区画整理事業,農地造成事業の各事業から成り立っているが,水の手当は,用排水事業と農地造成事業の共同事業であり,区画整理事業の受益地の水の手当は用排水事業で行う計画である。したがって,農地造成事業のみの参加者は,用排水事業の3条資格者とはなり得ない」と主張している(P46)。 しかしながら,一審被告の主張は,結論だけが述べられているに止まり,なぜ一審被告の主張のような結論になるのか具体的な説明がないばかりか,裏付けとなる証拠さえも引用されていない。 したがって,一審被告の主張には理由がないというべきである。 B 水上村在住の三条資格者の取り扱い 一審原告は,平成14年12月19日付「求釈明書」において,一審被告が提出した当初計画時における農業用用排水事業の同意署名簿(乙253/いわゆる「当初同意書」)のなかに,多良木町に受益地を保有する水上村在住の三条資格者のうち,「当初同意書」に住所・氏名が搭載されているものの,本件変更計画の同意署名簿(乙64,乙65,乙66)には三条資格者として挙げられていない者17名が存在することを指摘した。 これに対して,一審被告は,平成15年1月17日付第五準備書面のなかで,番号8(西ミオ),番号17(吉田善廣)については三条資格者ではないと説明している。 しかしながら,両名が経営委譲ないし土地の貸付を行ったという点に関する具体的な証拠はない。 したがって,水上村在住の17名については,すべて用排水事業の三条資格者に加えるべきである C 同意書名簿から抹消された者の取り扱い(原先トシエ) 球磨郡山江村大字山田丙1665番地に居住する原先トシエの用排水事業の同意書名簿は抹消されている(乙64の7P314)。ところが,同人は区画整理事業及び農地造成事業については,三条資格者として名前が挙がっている(乙65の7P315,乙66の7P227)。 原先トシエが,区画整理事業の三条資格者であることからすれば,必然的に用排水事業の三条資格者として加えられるべきである。 D 三条資格者の総数 その結果,三条資格者の総数については,以下のように修正されなければならない。 (用排水) (区 画) (造 成) 原判決の認定 3904名 1469名 879名 修正後の三条資格者総数 3932名 1468名 879名 (当事者間に争いがない) 修正後の三条資格者総数 3991名 1468名 879名 (農地造成事業のみの者を加えた数) 修正後の三条資格者総数 4008名 1468名 879名 (水上村在住の者を加えた数) 修正後の三条資格者総数 4009名 1468名 879名 (原先トシエを加えた数) 原判決の認定と比較した増減+105名 −1名 ±0名 4 以上のように,三条資格者の総数に関する原判決の認定には,重大な誤りが あることは明らかである。 1 原判決の認定 原判決は,同意書に同意の署名押印がある者の人数の中から,実際には三条資格者ではなかった者(死亡者を含む)や同意の署名押印が重複していた者等の人数を控除して,以下のとおり同意の人数を認定している。 (用排水) (区 画) (造 成) 同意の署名押印がある者の人数 3417名 1343名 841名 実際には三条資格者ではなかった者(死亡者を含む。)や同意の署名押印が重複していた者等の人数 −212名 −84名 −13名 同意の人数 3205名 1259名 828名 2 削除されるべき同意 一審被告は,前述の「川辺川変更計画における三条資格者の変遷」と題する書面のなかで,三条資格者の総数を修正した。これを踏まえて,以下の者については,同意署名簿の同意者から削除しなければならない。 (用排水) (区 画) (造 成) 星野須奈男 NO1026 NO449 手石方敏郎 NO2983 NO985 福嶋清臣 NO2742 三角春喜 NO2733 福田守 NO2732 その結果,同意の人数は,以下のように修正されなければならない。 (用排水) (区 画) (造 成) 原判決の認定 3205名 1259名 828名 修正後の同意の人数 3200名 1257名 828名 原判決の認定と比較した増減 −5名 −2名 ±0名 1 「完全偽造」者は同意していない @ 「完全偽造」の意義と立証責任 「完全偽造」とは,同意署名簿の「署名」「印」欄の署名・押印について,いずれも三条資格者本人が否認しているケースのことをいう。 このケースは,一審原告が,同意署名の成立自体を完全に否認している場合であるから,一審被告が,本件同意署名簿の真正を立証しない限り,同意者の数に含めることは許されない。 すなわち,本件同署名簿の成立については,一審被告がその立証責任を負担するというべきである。 A 原審の判示と控訴審における一審原被告の立証の概要 原審は,本件同意署名簿の三条資格者名義の署名押印部分につき成立の認否をしていない者につき,「本件同意署名簿及び弁論の全趣旨によって,その同意の署名押印部分の成立を認めることができ,同意の意思表示がなされたものと認めることができる。」(P204)と判示した(この点については,後述するように,上記成立の認否未了の者につき,控訴審において成立の認否が完了したことに加え,いわゆる「変造問題」も発覚するに至ったため,上記原審の立論は一挙に根拠を喪失するに至っている。)。 これに対し,一審原告は,本件控訴理由書において,約2000名の三条資格者について,同意書の認否を行っていない(保留扱い)にもかかわらず,原判決が,その事実を顧みることなく,3分の2以上の同意があったと認定したことは,事実誤認ないし法令解釈の誤りがあると主張した。 御庁は,平成13年3月5日に施行された進行協議の席上,一審原告に対し,本件同意書の三条資格者について,「署名」「印」欄の成立の認否を行うよう指示した。 そこで,一審原告は,それまでに成立の認否を行っていない同意書の「署名」「印」欄について,署名・押印の有無ないしその経緯について調査を実施することにした。この調査が平成13年5月から同年11月にかけて実施されたいわゆる「アタック2001」と呼ばれるものであり,一審原告はこの結果を甲2001〜3037として提出した。 これに対し,一審被告は,平成13年11月から平成14年1月にかけて同意認否調査を実施し,この結果を乙229外として提出した。 さらに,一審被告は,「署名押印部分の照合により,当該三条資格者の意思に基づいて署名押印がなされたかどうかを判断することは,本人尋問又は証人尋問を実施していない者についても可能なアプローチであり,民訴法229条1項も「文書の成立の真否は,筆跡又は印影の対照によっても,証明することができる。」と明定しているところである」(第5準備書面P62〜63)との理由から署名押印部分の照合調査を実施し,この結果を乙241として提出した。 後述とおり,乙241は,種々の問題を内包しており,極めて証拠価値に乏しいものと評さざるを得ないものではあるものの,一審原告は,本件訴訟の早期決着のため,あえて,これに対する弾劾として,対象となっている三条資格者への補充調査を実施し,この結果を甲3126〜3127として提出した。 B 証拠の検討 ア 「アタック2001」(甲2001〜3037)と「被控訴人同意認否調査票」(乙229) 一審被告は,「被控訴人同意認否調査票」は,調査担当者が,市町村職員を立会人として,調査票を用いて調査対象者に直接面談して同意署名簿の写しを示し聴き取りを行い,その結果を調査票に記入の上,同調査対象者に記載事項に間違いがないかの確認を行い署名をもらうという,非常に信用性の高い方法で行っている旨主張する(一審被告第五準備書面P62)。 しかしながら,一審原告の調査においても,上記のような方法は採用されていたものであるばかりか,逆に,一審被告の調査票には,同意書用紙が添付されていない(一審原告の調査票には添付されている。),「用排水事業」「区画整理事業」「農地造成事業」の区別なく調査が実施されている(一審原告の調査は,上記三事業毎に実施されている。),「錯誤」という法的評価そのものを直接対象者に尋ねる形式となっているなどの種々の不備が存在している。 他方,一審原告の調査票は,一審被告の調査票と比較してより具体的な事実関係を詳細に聴取する形式をとっているのであって(「アタック2001」の実施状況の概要については,平成14年(2002年)4月23日付け一審原告準備書面において詳述している。),一審被告の調査よりも一審原告の調査の方が,かかる観点からみてまず信用性が高いということができる。 さらに,一審原告は,平成14年(2002年)3月18日付け一審原告準備書面において,上記両調査の信用性に関する個別的な検討を行っているところ,かかる検討の状況に照らしても,一審原告の調査内容の方がより信用できるといえる。 以上の各事情を総合すれば,乙229によって,完全偽造者に関する本件同意書の成立の真正が立証されたとは到底いえない状況にあることは明らかである。 イ 「同意署名簿の署名・印影と当該三条資格者作成の書面の署名・印影の照合結果に関する報告書」(乙241)と補充調査(甲3126〜3127) そもそも,署名・印影の対照によって当該文書を真正と認めるか否かは裁判所の自由心証に委ねられるべき問題であるところ,裁判所は筆跡や印影の専門家ではないことから,その同一性が誰の目にも明らかな場合以外は,証言や鑑定等複数の証拠の証拠価値を総合的に判断して慎重に認定をすべきであることはつとに指摘されているところである(菊井=村松UP658外)。 原審においても,署名・印影の対照のみによって文書の真正を認定した事例はなく,原審もまた上記のいわゆる総合判断のアプローチを採用しているものと認められる。 さらに,一審被告の対照の方法にも問題がある。すなわち,一審被告は,署名・印影の対象文書の種類,数が各人ごとに異なっており,人によっては対照文書が1種類しか存在しない者もいるのであって,仮に専門家が対象を実施する場合であっても,その認定に困難を来すような方法がとられている事例が存在しているのである。 以上によれば,裁判所が,乙241によって文書の真正を認定することには極めて慎重な態度をとるべきである上,そもそも,不十分な資料によって一審被告の一職員が作成したにすぎない乙241の調査内容には凡そ信を措けないこともまた明白であって,結局,乙241によって本件同意書の成立を認めることは不可能というべきである。 しかしながら,一審原告は,本件訴訟の早期決着のため,あえて補充調査を実施し,その結果を甲3126〜3127として提出した上,今回,乙241の評価も含めて,その検討結果を別紙1ないし6としてとりまとめたところ,これを参照すれば,一審被告から,筆跡,印影が一致する旨報告されていた事例の調査対象者のうちの多くが,自己の筆跡であることや自己の印鑑から顕出された印影であることを否定する供述をしている状況にあるほか,一審原告の検討によってこれらが一致しないものであると容易に判明したものも多数に上っているのであって,かかる点からも乙241が措信できないことは明白というべきである。 さらに,本件においては,一審被告が採用した,筆跡や印影の一致をもって文書の真正を証明するというアプローチ自体,極めて適切さを欠くというほかない。なぜならば,本件同意取得の際には,三条資格者に無断でその家族の者などから同意を徴した事例が多数存在するところ,当該三条資格者の印鑑をかかる家族の者が容易に借用し得る状況が存在していたと推察される本件においては,万一,当該三条資格者の印章から顕出されたと思われる印影が存在したとしても,これが当該三条資格者の意思に基づいて顕出されたとの推認は直ちには働かないからである。また,万一,筆跡が一致していると思われる署名が存在していたとしても,その筆跡が本人のものであると立証されたわけではないから(本人以外の者の筆跡である可能性が払拭できない。),これをもって本人の意思に基づき署名がされたとの推認も直ちには働かないからである。現に,一審被告は,昭和59年に死亡していた斉藤嘉七の筆跡が一致しているとして,同人に関する本件同意書の真正が立証されたとの誤った調査結果を提出する愚を犯している。 甲3126〜3127及びその検討結果等をまとめた別紙1ないし6を参照すれば,多数の三条資格者がその筆跡,印影が自己のものによらない旨供述するなどしており,多数の三条資格者の筆跡,印影が異なっているか,あるいは同一性が不明の状況にあることは明らかである。 以上によれば,乙241で調査対象とされた三条資格者のいずれにおいてもその同意書の成立の真正が立証されるに至っていないことは明らかというべきである。 C 個別的検討 ア 川邊正人 一審被告は,川邊正人が父の川邊兼人に対し,本件変更計画に対する同意に関し,包括的な授権をしていたと認められるから,同人の同意書の署名押印部分の成立及び印影の真正を否認した原判決の認定は誤りである旨主張するが(一審被告第五準備書面P51),本件において,正人が兼人に対し,かかる包括的授権をしたことを証する証拠は何ら存在しておらず, よって,この点に関する原判決の認定は正当なものというべきである。 イ 野嶋吏 一審被告は,野嶋吏名義による本件同意書の署名押印は,同人の意思に基づくものと推認すべきと主張するところ(一審被告第五準備書面P52),非専門家の判断による筆跡,印影の同一性の判断に凡そ信用性がないことは前述したとおりである上,本件の場合,「島」と「嶋」という字体の相違も存しており(同一人が別の字体を用いて自己の氏名を表記するというのは通常考えられない。),対照文書も僅少であったのであるから,一審被告の上記主張が失当であることは明らかである。 ウ 大石鋼 一審被告は,大石鋼の本件同意書上の署名押印は,鋼からその父である大石一男への包括的な授権が存在したことにより,一男が署名押印したものであっても鋼の意思に基づくものといえる旨主張するが(一審被告第五準備書面P52),一審原告の調査結果によれば,本件同意書の筆跡印影は対象文書のものと一致していない上,一審被告が主張する事実関係を前提としても,鋼から一男に対し,将来的な費用負担も余儀なくされる本件変更計画に対する同意に関し,包括的な授権をしていたとの事実関係は認められず,よって,この点に関する一審被告の主張は失当である。 エ 前田文雄 一審被告は,前田文雄の本件同意書の真正を認めなかった原審の判断が誤っている旨主張するが(一審被告第五準備書面P53),一審被告は,非専門家による印影の同一性判断を前提として,上記文書の成立を認めるべきと主張しているのであって,かかる主張が失当であることは前述したことと同様である。 D 三事業者間での同意認否について 一審被告は,用排水事業,区画整理事業,農地造成事業の各事業間での認否が異なる者が存在する旨主張する(一審被告第五準備書面P52)。 一審被告は,例えば,「区画整理事業については印影を認めながら,同一の印影であることが明らかな用排水事業の印影は否認するというようなものであり,このような場合,同人の印影が当該名義人の印章によって顕出されたものと認められ…」などと主張している(一審被告第五準備書面P53〜54)。 しかしながら,一審被告は,ここにおいても,「同一の印影であることが明らかな」などといった印影の同一性に関する素人判断を前提に論を組み立てているのであって,その判断方法が失当であることはこれまで度々指摘したとおりである。 上述したとおり,一審被告が同一であると判断した筆跡,印影については,対象とされた多数の三条資格者から,筆跡,印影の同一性を否認する旨の供述が得られていたほか,一審原告の調査によっても,筆跡,印影が異なる事例が多数発見されているのであって,一審被告の筆跡,印影に関する同一性の判断には多くの過誤が存していたといわざるを得ず,よって,かかる信用性に欠ける一審被告の判断を前提とした一審被告の本件主張が失当であることは明らかである。 なお,三事業間において三条資格者の主張が異なっていたとすれば,まさにそれが当該三条資格者の記憶に基づく事実関係であったからである。一審原告は,これまで,三条資格者に対する調査を忠実に遂行してきたのであり,一審被告が指摘する点は,むしろ,一審原告がこれまで辻褄合わせをすることなく,ありのままに三条資格者の言い分を聴取してきた証拠であるとさえいえるのである。 E 同意は三条資格者がするものである 一審被告は,第五準備書面において,「3条資格者ではなく,家族からの同意取得については,地元説明会などを通じて,3条資格者に対して本件変更計画の周知を図っていたこと,我が国の農業経営の大部分が世帯単位で家族労働によって行われ,いわば同じ財布で生活しているという実情があること,被控訴人の同意認否調査においても,3条資格者と生計を一にしている同居の家族が,このような同意行為については,3条資格者本人から任されているという調査結果が数多くあったこと,3条資格者本人の意思に反する例外的な場合については,同意の撤回を申し出ることが可能であったことなどからすると,3条資格者の意思に基づいて記名押印した蓋然性が極めて高いというべきである。」(P60〜61)と主張する。 しかしながら,三条資格者とは,土地改良法3条所定の者を指すのであり,一審被告は,法によって一義的に定まる三条資格者から本件同意を取得すべきであったのは自明である。しかるに,一審被告は,三条資格者以外の者からも同意を徴取してきており,上記主張からも明らかなとおり,そのような徴取方法が許容されんばかりの認識を有しているものと推察されなくもない。 思うに,民事上の契約において代理,代行を行う場合には,事前の代理権の授与が必要であり,委任状等が交付されるのが通常の事態である。しかるに本件の場合,かかる授権も,委任状等の交付も何らなされていない。一審被告は,本件変更計画に関する三条資格者から同意を徴取するという姿勢に欠けており,家族の誰からでもよいから,三条資格者の名前を書いてもらい,印鑑を押してもらえばよいと考えていた節がうかがわれる。 いうまでもなく,最終的に本件変更計画に係る事業の直接的な利害関係を被るのはまさに三条資格者自身である。三条資格者は計画が実行された場合,「水代」など多額の費用負担を余儀なくされる立場にある。場合によっては,三条資格者は,これを支払うことができず,強制執行を受けるやもしれない立場にあるのである。 かかる重大な利害関係を創設する本件変更計画への同意という行為に対し,家族全員で農業をしていることなどを理由にして,他の家族に対し,安易に同意権を授権するような事態は通常あり得ないというべきである。 一審被告は,本件同意の重大性をまさに看過していたからこそ,上記のような三条資格者の意思を軽視した主張まで提出するに至っているといわれても仕方がないというほかない。 他面からいえば,一審被告において,従前から三条資格者の意向を軽視した発想が存在していたからこそ,本件のような大きな紛争に至ったものと評することができる。 なお,「同意の撤回」が直ちに受理されなかったため,本件において,同意の撤回の撤回が争点になっていることは周知の通りであり,一審被告が主張するように,「同意の撤回を申し出ることが可能であった」との状況は本件においては存していなかった。 F 以上によれば,一審原告が「完全偽造」者と主張する全ての三条資格者について,本件同意書の同意の署名押印部分の成立は立証されるに至っておらず,よって,いずれにおいても本件変更計画に対する同意があったとは認められないことは明らかである。 2 「署名偽造」は,同意として扱うべきでない @ 「署名偽造」とは 「署名偽造」とは,同意署名簿の「署名」欄の署名については,三条資格者本人が否認しているが,「印」欄の印影については,三条資格者本人の印鑑によるものであることを認めているケースである。 A 「署名偽造」問題の意味 一審原告が,「署名偽造」と主張しているケースは,前述のように,三条資格者本人が,同意署名のうち署名部分の作成に関与していないケースである。 ところで,民事訴訟法228条4項は,「私文書は,本人又はその代理人の署名又は押印があるときは,真正に成立したものと推定する」と定めており,最高裁昭和39年5月12日判決(民集18巻4号597頁)は,私文書中の印影が,本人又は代理人の印章により顕出された場合には,反証なき限り当該印影は,本人又は代理人の意思に基づき成立したと推定されると判示している。 しかしながら,本件訴訟においては,「署名偽造」のケースについては,印影が三条資格者本人の意思に基づいて成立したと考えるべきではない。 すなわち,「第4章本件事業の同意取得手続の問題点」のなかで具体的に指摘したので繰り返しを避けるが,同意署名の集め方ないし保管方法は,いずれも杜撰極まりないということが,熊本地方裁判所及び御庁におけるこれまでの証拠調べの結果から明らかになっている。加えて,「署名偽造」のケースでは,「署名」について,三条資格者本人が自らの意思の基づくものではないと明確に否定している。 したがって,印影が三条資格者本人の印章によるという一事をもって,同意署名が真正に成立していると結論づけることはできない。 B 証人尋問で明らかになった杜撰な同意取得の実態 山江村の同意取得担当者として証言した桐木正男証人は,同村において,白紙の同意署名用紙に印鑑だけを押させた実例に関して,以下のように証言している。 (質問) 原本のほうを見てください。ここに4人名前があって,ちょうど4番目に中川美津代という人の名前がありますね (答え) はい (質問) その下に2つ空欄がありますね (答え) はい (質問) これ,印鑑を押したものを砂消しで消してあるでしょう。見てください。 (答え) はい (質問) もう一度確認しますが,印鑑を押した以外の場所,例えば,住所とか氏名とか区分欄の○,これは書いた跡も抹消した跡もありませんね (答え) はい (質問) そうすると,白紙の状態に印鑑だけ打たれた,それがなぜか分からないけれども消されている,こういう形になっていますね (答え) はい (質問) なぜこういうことが起こるんですか (答え) 私は,そういうことはやっておりません (質問) ただ,山江村で起こっていることだから,あなたには想像がつきませんか (答え) つきません (質問) じゃあ,山江村で,あなたは知らないけれども,印鑑を取った例があることは認めますね (答え) それは私には分かりません (桐木正男証人調書(第2回)122〜129項) 桐木正男証人は,しきりに自分が関与していないことを強調しているが,山江村において,白紙の同意書用紙に印鑑だけを押捺させた例があることは動かし難い事実である。 このように,同意取得の際,白紙の同意書用紙に印鑑だけを押捺させるケースが横行している。このような場合,後日同意取得担当者が,白紙の同意書用紙に権利区分の○印,三条資格者の住所・氏名,事業区分の○印を記入してしまえば,白紙の同意書用紙に印鑑だけを押捺させた証拠を隠蔽することが可能となる。 また,「第4章本件事業の同意取得手続の問題点」の各市町村の同意取得の実態のなかで述べたように,いわゆる「代筆」が日常茶飯事として横行しており,その際,同意取得担当者が,三条資格者の家族に三条資格者本人の印鑑を本人の了解もないまま押させている。このような場合には,三条資格者本人の了解があったことが立証されない限り,本人の意思に基づいて印鑑が押されたとは言えない。 ところで,前記判例によれば,契約書に印鑑の印影がある場合,当該印影は,印鑑の持ち主の意思に基づき成立したと推定される。しかし,次の2つのケースは厳格に区別されなければならない。 a. 契約内容がすべて印刷された契約書の署名欄に印影がある場合 b. 契約内容が一切かかれていない白紙に印影だけがある場合 a.のケースでは,契約内容は契約書に具体的に表示されているため,印鑑の持ち主の意思に基づき契約書が成立したと推定されても弊害はない。ところが,b.のケースでは,そもそも契約内容が特定されていないため,後日記載された契約書の契約内容どおりに,文書の成立を認めることは出来ない。 本件訴訟に提出された同意署名簿をめぐる問題は,上記b.のケースに該当するものであり,三条資格者の印影があることだけを根拠に,同意署名簿の成立を認めることは出来ないはずである。 このように,本件訴訟においては,印影が三条資格者の意思に基づくものとは言えないという反証が,既にさまざまな形でなされており,印影が三条資格者本人の印章によるものという一事をもって,同意署名が真正に成立していると結論づけることはできない。そのため,「署名偽造」のケースについても,同意者の数に含めることは許されないと言うべきである。 C 「署名偽造」を主張する三条資格者 「署名偽造」を主張する三条資格者の数は,次のとおりである。 (用排水) (区 画) (造 成) 原 審 251名 92名 61名 控訴審 67名 30名 17名 合 計 318名 122名 78名 3 負担金に関する錯誤は,同意とはいえない @ はじめに 一審原告は,原審において,「負担金(水代)は一切要らない」という錯誤の類型を主張した。控訴審においては,アタック2001のなかで,錯誤の類型をさらに細かく分けて,「負担金はいらない」「国営の負担金(水代)はいらない」という類型を加えている。 これらは,いずれも負担金に関する錯誤の類型であるが,この類型の詳細については,平成14年8月31日付準備書面で述べたとおりである。 A 国営事業負担金の錯誤 一審被告は,平成15年1月17日付第五準備書面の中で,国営事業負担金の錯誤に関して,「農業用用排水事業について当初計画では償還金が有償とされていたものを本件変更計画で無償に変更されたという意味であれば,本件変更計画の内容どおりであるから,かかる控訴人らの認識には何らの錯誤もない」と主張している(P70)。 しかしながら,一審被告が主張するように「本件変更計画で無償に変更された」という事実が存在しないことについては,「第3章本件事業の受益者負担問題」のなかで詳述したとおりである。 要約すると,国営事業(用排水事業)の負担金(償還金)について,受益農家には負担金がないという説明は,明らかに土地改良法の規定に反している。すなわち,同法90条9項及び10項は,受益農家に負担金を請求しないことを決めるためには,「当該市町村の意見を聞いた上」「当該都道府県議会の議決を経て」負担金の割合を決めなければならないと規定している。しかるに,熊本県議会が,土地改良法90条10項の議決をしていないことは,「公知の事実」である。したがって,一審被告の「本件変更計画で無償に変更された」という主張は,土地改良法上の根拠を欠く主張である。 原判決は,「右の錯誤は,いわゆる動機の錯誤であって,要素の錯誤として意思表示を無効とするためには,その動機が相手方に表示されて意思表示の内容をなしていること及びその動機の錯誤がなかったならば通常当該意思表示をしなかったであろうと認められる程度の重要性が認められることを要するものと解すべきである」と判示したうえで(P207〜208),意思表示に要素の錯誤があったとは言えないと結論付けている。 しかしながら,前述のように,一審被告は,「本件変更計画で無償に変更された」という事実については,本件変更計画の説明の中で,三条資格者一人一人に本件パンフレット(乙46)を手渡したうえで説明していると主張しているが,仮にそうであれば,国営事業(用排水事業)の負担金(償還金)がないことについては,同意取得の過程で明確に「表示」されており,三条資格者の意思表示の内容をなしている。 また,今回の計画変更の目玉は,三条資格者側から見れば,国営事業(用排水事業)の負担金(償還金)がなくなったことであり,それだからこそ,前述のように本件パンフレット(乙46)には,「3 農家負担の軽減」という項目がわざわざ設けられ,「農家の方々の負担を軽くするために国,県,事業組合,市町村において色々な努力がなされ,大巾な軽減が図られることになりました」という説明がなされている。 したがって,国営事業負担金の錯誤は,動機の錯誤ではあるが,同意取得の過程で「動機」に該当する「本件変更計画で無償に変更された」ということが「表示」されているうえ,「農家負担の軽減」が受益農家の最大の関心事であったことを考えれば,「要素の錯誤」に該当し民法95条に基づき無効と考えるべきである。 以上のように,原判決は,国営事業負担金の錯誤に関する判断において,重大な誤りを犯している。 B 関連事業負担金の錯誤 関連事業負担金の錯誤は,国営事業負担金の錯誤と同様,動機の錯誤である。そして,本件変更計画において,「農家負担の軽減」が受益農家の最大の関心事であったことも国営事業負担金の錯誤の場合と同様である。 一審原告が,関連事業負担金の錯誤に該当すると主張している三条資格者は,同意取得の説明の過程で,同意取得担当者から負担金(償還金)に関する不十分な説明を聞かされた結果,国営事業(用排水事業)の負担金のみならず,県営・団体営の用排水事業についても負担金がないという錯誤に陥ったものである。 深田村の推進委員である吉松一郎証人は,負担金(水代)については,以下のような「迷?」回答を行っている。 (質問) 水というのはただなんですか,ただじゃないんですか。 (答え) ただじゃありません。 (質問) ただじゃない。あなたはそういう説明をしたんですか。 (答え) 記憶にないです。 (質問) なぜあなたは,水代がただじゃないと思っているんですか。 (答え) なぜというか,水はただじゃなかですよね。 (吉松一郎証人調書219〜221項) 吉松一郎証人の証言を聞けば,当時の推進委員の負担金に関する説明能力がどの程度であったかは,火を見るよりも明らかである。 したがって,同意取得担当者から負担金に関する曖昧な説明を聞かされた結果,国営事業(用排水事業)の負担金のみならず,県営・団体営の用排水事業についても負担金がないという錯誤に陥った三条資格者は数多く存在する。 C 関連事業に関する錯誤 一審原告は,原審及び控訴審において,「県営・団体営には参加しなくてよい」という錯誤の類型を主張している。 この類型の錯誤については,国営事業(用排水事業)の負担金の問題と併せて考えなければならない。すなわち,国営川辺川土地改良事業の当初計画においては,用排水事業に関する受益農家の負担金があったが,「本件変更計画で無償に変更された」と説明されている。その際,受益農家の負担の有無ないし負担額が最大の関心事であったため,三条資格者の中には,「本件変更計画で無償に変更された」ことを前提として,負担金が賦課される県営・団体営には参加しなくてよいのかという疑問が出された。この錯誤の類型は,こうした三条資格者の疑問に対する同意取得担当者の説明に関するものである。 同意取得担当者から,「県営・団体営には参加しなくてよい」と説明された三条資格者は,同意する国営事業(用排水事業)も含めて一切負担金から逃れられるという錯誤に陥っており,前述のように,「本件変更計画で無償に変更された」という主張が,土地改良法上の根拠を欠く主張である以上,錯誤に陥っていたと言うべきである。 D 「被控訴人認同意否調査票」(乙第229号証)の問題点 一審被告は,一審原告が,アタック2001で「成立を争う者」及び「調査拒否者」とした三条資格者に対する調査を実施して,その結果を「被控訴人認同意否調査票」(乙第229号証)として提出した。 「被控訴人認同意否調査票」の調査結果の問題点については,平成14年3月18日付準備書面で詳細に主張したとおりである。また,「被控訴人認同意否調査票」の形式から生じる根本的な欠陥については,平成14年12月10月付準備書面で指摘したとおりである。 ここでは,錯誤に関連して,「被控訴人認同意否調査票」の問題点を再度指摘するが,調査票の問題点は,錯誤全体に共通することに注意しなければならない。 (問題点) a. 一審被告の「調査票」には,同意書用紙が添付されておらず,どのような書面を示して調査したのかが,「調査票」自体から分からない。 b. 一審被告の「調査票」には,用排水事業,区画整理事業,農地造成事業の区別がなく,調査対象者意思確認が事業ごとにどうなっているのか分からない。 c. 一審被告の「調査票」では,思違い(錯誤)について,思違い(錯誤)の有無を単純に聞いているだけである。したがって,どのような点に関する思い違いを問題にしているのかが全く分からず,調査票としての意味をなしていない。 例えば,植萱正孝(山江村NO137)は,同意署名簿の事業区分は「継続」となっており,本人が「農地造成は除外となっていると思っていた」と答えているのであるから,結論としては錯誤になるのが当然であるが,「ア思違い(錯誤)はない」という回答になっている。このような結果は,一審被告の調査票が,調査票としての意味を持っていないことの証左である。 この点に関して,アタック2001の「調査票」では,「署名集めの際の説明」として,「a負担金(水代)は一切いらない」から「hその他」まで具体的に説明内容を確認し,説明がなかった場合には「説明なし」と記載するようになっている。両者の違いは歴然としている。 このように,一審被告の調査票には,その形式から生じる根本的な欠陥があり,「ア思違い(錯誤)はない」という回答があるとしても,錯誤がなかったという結論を下すことはできない。 E 負担金に関する錯誤に陥った三条資格者 負担金に関する錯誤の状況は,以下のとおりである。 ア 「負担金(水代)は一切いらない」について (用排水) (区 画) (造 成) 原 審 70名 20名 10名 控訴審 49名 17名 8名 合 計 119名 37名 18名 イ 「国営の負担金(水代)はいらない」について (用排水) (区 画) (造 成) 原 審 0名 0名 0名 控訴審 31名 14名 6名 合 計 31名 14名 6名 ウ 関連事業に関する錯誤について (用排水) (区 画) (造 成) 原 審 16名 6名 4名 控訴審 17名 8名 1名 合 計 33名 14名 5名 4 除外等に関する錯誤は,同意とはいえない @ はじめに 一審原告は,原審及び控訴審において,「対象地域から除外された」という錯誤の類型を主張している。 また,関連する錯誤の類型として,原審においては,「国営事業は中止になった」という類型を,控訴審においては,「国営事業は中止になった」のほか「土地改良事業中止のための署名」という類型を加えている。 これらは,いずれも除外等に関する錯誤の類型であるが,この類型の詳細については,平成14年8月31日付準備書面で述べたとおりである。 A 「対象地域から除外された」について 原判決は,除外に関する錯誤について,次のように判示している。 「ところで,継続又は新規の三条資格者が,除外になるとの同意取得担当者の説明により,除外になるものと誤信して同意した場合には,たとえ継続や新規であることを認識していたとしても同意したであろうと認められるなどの特段の事情がない限り,同意の意思表示に要素の錯誤があるものというべきところ,本件同意署名簿の継続,新規及び除外の区分欄が,同意取得時にすべて記載されていたわけではなく,同意取得後に記載されたり訂正された場合もあったことなどからすれば,同意取得担当者が,継続又は新規の三条資格者に対し,誤って除外である旨説明した場合もなかったとはいい切れない」(P216〜217) 熊本地方裁判所及び御庁におけるこれまでの証拠調べの結果,同意署名の集め方ないし保管方法の杜撰さが明らかになっている。 したがって,「除外」という説明を受けたにもかかわらず,実際には除外扱いされなかった三条資格者は,すべて錯誤に基づく同意と考えるべきである。 B 「国営事業は中止になった」及び「土地改良事業中止のための署名」について これらの類型は,いずれも「除外」同様,錯誤の類型である。すなわち,地域によっては,「除外になった」と説明する代わりに,「(この地域では)国営事業は中止になった」とか,「(あなたに関しては)国営事業は中止になった」とかといった説明が行われている。同意取得担当者が,三条資格者に説明したことは,本件変更計画の結果,対象地から外されたということであり,表現のニュアンスを異にしても「除外」と同一である。 また,「土地改良事業中止のための署名」も同様である。国営川辺川土地改良事業全体を中止するという意味ではなく,この地域,あるいはあなたの場合,対象地から外れるので(これを「中止」と表現している),署名・押印を下さいという説明を受けたという内容である。 既に,推進委員の説明能力については,深田村の吉松一郎証人の証言を引用して指摘したところであるが,推進委員の能力(とりわけ言語能力)は千差万別であり,様々な言葉で各人各様の説明がなされているのである。 したがって,いずれの類型についても,錯誤に基づく同意署名があったと判断すべきである。 C 除外等に関する錯誤に陥った三条資格者 ア 「対象地域から除外された」について (用排水) (区 画) (造 成) 原 審 39名 19名 6名 控訴審 33名 22名 10名 小 計 72名 41名 16名 同意署名簿が「除外」扱いとなっている者 −21名 −36名 −11名 合 計 51名 5名 5名 イ 「国営事業は中止になった」について (用排水) (区 画) (造 成) 原 審 1名 2名 1名 控訴審 1名 1名 0名 小 計 2名 3名 1名 同意署名簿が「除外」扱いとなっている者 −1名 −3名 −1名 合 計 1名 0名 0名 ウ 「土地改良事業中止のための署名である」について (用排水) (区 画) (造 成) 原 審 0名 0名 0名 控訴審 6名 3名 2名 小 計 6名 3名 2名 同意署名簿が「除外」扱いとなっている者 0名 −1名 0名 合 計 6名 2名 2名 5 利水事業とダム建設に関する錯誤は,同意とはいえない @ はじめに 一審原告は,控訴審においては,アタック2001のなかで,「ダムに関する署名」という錯誤の類型を加えている。 利水事業とダム建設に関する錯誤については,平成14年8月31日付準備書面で述べたとおりである。 A 利水事業とダム建設に関する錯誤の実態 深田村の菊池保憲は,陳述書(甲3014)の中で,同意署名の経過について,「この時同意書に署名したのは,『ダムを作るかどうかということに使用する署名です。』との説明を受けたからです。『利水事業に関する署名です』という説明は,ありませんでした」と説明している。 また,同人から同意を取得した推進委員の吉松一郎証人は,説明の内容について次のように証言している。 (質問) 菊池さん御自身は,どうもダムを作るか作らないかということについての同意だという説明を受けて,署名押印したんだと言われているようなんですけれども,そういうふうな説明をした覚えはありますか。 (答え) 長い時間おったので,ダムの話もしたかもしれませんが,はっきりとは覚えておりません。 (吉松一郎証人調書62項) そして,吉松一郎証人自身,菊池保憲が錯誤に陥っている事実を裏付けている。 (質問) ダムのことというふうに相手方は理解されているということなんですけれども,そういうふうな説明をしたことはないわけですね。 (答え) 私のほうが,何かおかしかと言えばいかんですけど,この同意書に署名押印してあるのに勘違いされているというのが私には納得いかんとですよ。 (質問) 菊池さんのほうが勘違いされているんじゃないかと。 (答え) じゃないかと思います。 (吉松一郎証人調書69〜70項) ところで,一審被告は,平成15年1月17日付第五準備書面のなかで,菊池保憲が錯誤に陥っているとしても重大な過失があると主張している。 吉松一郎証人は,一審原告代理人の質問に対して,「国営川辺川総合土地改良事業」という正式名称を説明することができなかった。のみならず,「基盤整備」という曖昧な言葉しか使えず,計画変更の具体的な内容については全く説明できなかった(吉松一郎証人調書203項以下)。殊に,同証人は,現在深田村の村会議員も勤めており,推進委員の中では優秀な人材だと考えられる。それだけの人材であっても,驚くほど説明の水準が低いという事実を直視するべきである。 このように,同意取得担当者の説明能力や説明内容には問題があり,「ダムに関する署名」という同意の趣旨自体を誤解する錯誤があったことが伺われる。また,菊池保憲の錯誤は,専ら吉松一郎の説明能力の欠如に起因するものであり,菊池保憲に重大な過失があるとする一審被告の主張は,責任転嫁以外のなにものでもない。 さらに,菊池保憲は,専業の酪農家であり農業用水を必要としていない事情(「陳述書」甲3104)も併せ考えれば,同人が積極的に国営の用排水事業に賛同していたと考えることはできない。 B 利水事業とダム建設に関する錯誤に陥った三条資格者 (用排水) (区 画) (造 成) 原 審 0名 0名 0名 控訴審 28名 9名 7名 合 計 28名 9名 7名 6 「説明はなかった」と回答した者は,真の同意者とは言えない @ 「説明がなかった」の意味するもの 原判決は,「説明がなかった」という一審原告の主張に対して,「説明がかったというだけで,どの点に錯誤があったのかについての具体的な主張がないのであるから,これまた主張自体失当というほかない」と判示している(219頁)。 しかしながら,「説明はなかった」という三条資格者の主張は,他の錯誤の類型とは若干異なっていることに注意を払わなければならない。 すなわち,「錯誤」の定義については,表示から推断される意思と表意者の真に意図するところとのくいちがい(我妻榮「新訂民法總則(民法講義T)」P295以下)と定義されているが,「説明はなかった」の場合は,同意署名(署名・押印)という「表示」は存在しても,「真に意図するところ」が具体的に明らかになっていない類型である。 例えば,同意取得担当者が,「ちょっと判子下さい」と言って印鑑をもらう行為は,人間関係が希薄な都会では言下に拒絶される。しかし,国営川辺川土地改良事業の対象地域(1市2町4村)は,地縁・血縁の人間関係が色濃く残っており,とりわけ役場職員は住民と顔見知りであり,役場職員から「判子を下さい」と言われれば,格別疑いも抱かずに判子を押すという土地柄である。 そのような環境のもとで,何のための同意かを具体的に説明しなかったとしても,「近所の者は,皆判子をついとる」とか,「あんたが判子を押さんと皆が困る」などとと言われ,同意署名を行った三条資格者が少なからず存在している。 そもそも同意取得担当者は,本件変更計画について,三条資格者が納得するまで十分な説明を尽くす義務を負っており,「説明はなかった」と主張する三条資格者が多数存在すること自体,説明義務が十分に尽くされていないことの現れである。 加えて,多くの自治体で「白紙」の同意書名簿で同意取得がなされていたことを併せ考えれば,「説明はなかった」とする三条資格者の主張も首肯できる。 原判決は,このような地域の実情や同意取得担当者の説明義務を一顧だにせず,単純に錯誤として取り扱ったうえ,「どの点に錯誤があったのかについての具体的な主張がない」という理由で切り捨てるという過ちを犯している。 したがって,「説明はなかった」という類型については,三条資格者の同意はないと考えるべきである。 A 「説明はなかった」と回答した三条資格者 「説明はなかった」という回答した三条資格者の状況は,以下のとおりである。 (用排水) (区 画) (造 成) 原 審 260名 91名 55名 控訴審 183名 72名 33名 合 計 443名 163名 88名 1 「変造」問題発覚の経緯 @ 人吉尋問における不自然な同意書の発覚 2002(平成14)年5月30日,熊本地裁人吉支部における証人尋問に際し,一行に2名の署名が存在することを指摘したところ,山江村の同意取得を担当した桐木正男がこれに対して的確な説明ができなかったことから(桐木正男証人調書(第2回)256〜261項),同意書原本の確認が必要と認識された。 A 一審被告の抵抗 そこで,一審原告が,同年6月24日の進行協議期日において同意書原本の提示を求めたところ,一審被告は当初,これを頑強に拒んだ。 ところが,裁判所からも原本確認の必要性を諭され,やむなく原本提示に応じることにしたのである。 B 原本確認 かかるやりとりを経て,一審原告は,同年7月4日,福岡高等裁判所第3民事部書記官室において,一審被告立会いの下,原本確認を行った。 すると,同意書原本には,修正液や砂消ゴムによる多数の抹消痕が発見された。 C 検証申出 そこで,一審原告は,同月10日付で同意書原本の抹消痕のある部分について検証申出を行った。 D 検証 そして,同年10月18日,第7回口頭弁論期日において検証が実施され,同年8月9日付検証指示説明書及び同年9月11日付検証指示説明書訂正申立書記載のとおりの検証結果となったのである。 2 偽造・変造による同意の効力について @ 署名・印鑑欄について 偽造とは,文書の本質的部分を権限なく改変することをいうところ,本件同意書において,署名・印鑑部分は文書の本質的部分である。したがって,署名・印鑑部分を権限なく改変することは,権限なく新たな文書を作成するものとして無効である。 この点,一審被告は,「印影が本人の意思に基づくものである以上,・・有効」としている(平成14年9月10日付第4準備書面P5)。 しかし,従前の印影に二重線を引き本人の印鑑を押したうえで新たな印鑑を押すという正当な訂正方法がとられていない以上,いわゆる二段の推定は及ばず,本人の意思に基づくものということはできない。したがって,印鑑部分を権限なく改変することも偽造として無効である。 A 事業区分欄について 変造とは,文書の非本質的部分を権限なく改変することをいう。本件同意書の署名・印鑑部分以外は文書の非本質的部分といえるから,これらの部分を権限なく改変することは変造である。 このうち,事業区分欄については,三条資格者が自らがいかなる事業に参加するのかあるいは参加しないことになったのかを示す重要な記載事項である。 かかる事業区分欄に変造があった場合,当該三条資格者が署名したときに記載のあった事業区分に対する意思表示がなされたものであって,変造後の事業区分に対する意思表示はなされていないことになる。すなわち,当該三条資格者の本件変更計画に対する意思表示がなかったのであるから,同意はなかったことになるのである。 B 権利区分欄について 権利区分欄は,三条資格者がいかなる権利を有する土地について事業に参加するのかを示すのみならず,負担金の帰属主体を明らかにする上で重要な記載事項である。 かかる権利区分欄に変造があった場合,当該三条資格者が署名したときに記載のあった権利区分に対する意思表示がなされたものであって,変造後の権利区分に対する意思表示はなされていないことになる。すなわち,本件変更計画に対する意思表示がなかったのであるから,同意はなかったことになるのである。 C 参加資格者欄 参加資格者欄は,署名をする者が本件事業に参加する資格を有する者であるか否かを識別する重要な記載事項である。 かかる参加資格者欄に変造があった場合,署名者が本当に参加資格があるのか否か不明確となるのであるから,同意はなかったものとして扱わざるを得ないのである。 D 以上のように,いかなる欄を書き換えたとしても,権限なきものはすべて偽造ないし変造として無効となるのである。 3 権限の有無について そこで,次に,本件書き換えが権限(三条資格者の同意)に基づくものか否かを検討する。 @ 深田村,相良村について 一審被告は,同意取得後に書き換えたとし(平成14年9月10日付第4準備書面P3),しかも,書き換えについて事後的に同意を得たとの主張も立証もないのであるから,権限なく書き換えたものというべきである。 A 人吉市,錦町,多良木町,須恵村について 一審被告は書き換え時期を明らかにしておらず,しかも,書き換えについて同意を得たとの主張も立証もないのであるから,権限なく書き換えたものというべきである。 B 山江村について 一審被告は,同意取得前に書き換えたとし(第4準備書面P3),山江村の同意取得担当者桐木正男はこれに沿う証言をしようと試みた(桐木正男(第2回)証人調書)。 しかし,桐木は,本人の訂正印を押して訂正するのが本来のやり方であることを知っていながら(桐木92項,94項),修正液や砂消しゴムなどで抹消している。 桐木は同意書名簿の用紙がなかったから抹消したとするが(乙249P5・6),少なくとも3通りの用紙が存在していたものであり(桐木109〜119項),用紙がなかったとの弁明は信用できない。 また,桐木は,久保田千代子について「千代」と書き換えたのは「同意取得前です。」と断言しておきながら(147項),直後に撤回し(154),事前に直したとの記憶はないと証言を変えた(156〜159項)。 さらに,桐木は,「経営移譲等によって三条資格者が交代したこと・・などが主な原因で,相手方には『直しておきます』といって了承を得ており,無断で行ったものではありません」とする(乙249P11)。しかし,2002(平成14)年5月30日の証人尋問では「署名を取りに回ったときに権利変動の問題にぶつかったことはない」旨証言していたのであって(P166〜168),全く信用できない。 以上のように,桐木は一審被告の意を受けて同意取得前に書き換えたと証言しようとして見事に失敗したものである。 こうして,山江村においても同意取得前に書き換えたとの立証はなかったのであるから,権限なく書き換えたものというべきである。 4 まとめ 以上より,検証により明らかにされた書き換えのある同意書は,すべて偽造ないし変造として無効となる。 1 同意を撤回した者の数 同意者として計上すべきでない者のうち,撤回の取消しを行った者の人数。 三条資格者のうち,期限までに同意の意思表示を撤回した者は,新たに同意署名簿に署名,押捺を再度行わない限り同意者に計上することはできない。 計上できない人数は,以下のとおりである。 原審 控訴審 合計 ・用排水 118名 134名 252名 ・区画整理 49名 68名 117名 ・造成 17名 23名 40名 この人数は控訴理由書(P141)で掲げた人数と異なっているがこれは第一審被告が三条資格者のうち同意者として掲げている者の中で,同意の撤回を取り消したので結局,同意があったものと一審被告が主張している者の人数を集計したものである。一審原告が同意者ではないと主張する上記者が具体的に誰を指すのかについては,一審原告の平成14年12月10日付け準備書面添付の「同意を争う者の一覧表」中,「撤回の取り消し」欄に○印が付されている者がこれに該当するのであり,その合計人数は,上記準備書面添付の各事業区分毎の「同意を争う者の集計表」中,「撤回の取り消し」欄記載の合計の行の人数がこれに該当する。 2 同意を撤回した者は同意者にはなり得ない 土地改良法において事業変更についての同意の意思表示を撤回した者については,以下のとおり,同意署名が抹消(破棄)されることになるので,新たに同意署名簿に署名,押捺を再度行わない限り同意者と認められない。 @ 同意取得においても手続的適法性が厳格に要求されること 国営川辺川土地改良事業計画の変更はいわゆる「行政上の計画」に該当し,国民の多数の法的な権利義務,具体的には対象農家の財産権,営業の自由権,生存権に直接的な影響を及ぼす計画である。 事業計画変更の要件である3分の2以上の同意の法的性質は,公法学上,合成行為(同一方向への3分の2以上の共同行為によって一つの法的な意思が成立し,その結果,不同意である三条資格者に対しても法的拘束力持つ行為)といわれているものである。本件では,3分の1未満の反対者の意思に反しても同一方向に向けられた多数者の意思が結集され一つの法的な意思を形成されれば,反対者をも法的に拘束する。 このようにその意に反する少数者をも拘束する行為である以上,統一的意思の内容は,明確なものでなければならず,またその統一的意思の形成は適正に行われるなければならない。それゆえ事業計画変更の要件である3分の2以上の同意についても実体法的にも手続法的にも厳格な解釈が求められ,同意があったと認定するためには,同意の意図するところを明らかにする必要があるとともに,適正手続の保障が要求される。 このように手続法的にも厳格な解釈が必要であることは,行政手続にも憲法31条の適正手続の保障が必要であることを認めた最高裁判所の判例(最大判平成4年7月1日判決,最一小判平成4年10月29日判決など)及び平成6年施行の行政手続法の趣旨にも合致する。 A 同意撤回に取消しの余地はない 同意書名簿にある同意を撤回するとは,その三条資格者欄を二本線で抹消しこれを示す押印をすることである。 したがって,同意を撤回した者の同意署名簿の署名押捺の効力は,行政庁の恣意的な判断を入れる余地なく撤回により確定的に消滅するのであって,撤回の取消により復活する余地はない。 これは,およそすべての行政分野に関する一般的な通則法である行政手続法の趣旨に照らしても明らかである。 同法37条は, 届出が届出書の記載事項に不備がないこと,届出書に必要な書類が添付されていることその他の法令に定められた届出の形式上の要件に適合している場合は,当該届出が法令により当該届出の提出先とされている機関の事務所に到達したときに,当該届出をすべき手続上の義務が履行されたものとする。 と規定している。 同法の解説書(条解行政手続法,著者塩野宏・高木光,発行所弘文堂,P359)によれば,同条の「手続上の義務が履行されたものとする。」とは, 法令により私人に課せられた届出義務が果たされたことを意味する。したがって,行政庁としては,届出が到達した以上,届出はなかったものとして取り扱う,具体的には,届出を受理しないとか,届出書を返戻するという余地はない。 と述べられている。そもそも,本条は当然の理を規定した確認的規定である。このように確認的規定が規定されたのは, 実務上に「受理」という段階を置き,届出の内容が,行政指導に適合していないような場合に,届出があるにもかかわらず,受理拒否,不受理,届出書の返戻などを行うことがあった。届出書の不受理は,新成の不受理と同じく,法律による行政の原理に適合的でない日本の行政スタイルの不透明性を代表する例であった。そこで,本条においては,届出の法的性格を明らかにし,申請と同様,受理の観念を用いることなく,到達という客観的事実を以て,届出がなされたものとすることとしたのである(同書P357〜358,同旨逐条解説行政手続法増補新訂版・編者総務省行政管理局・発行ぎょうせいP229〜230) ということにある。これは, 従来,行政機関の窓口で,届出の受理の拒否・届出の返戻・放置・取下げ指導等の不適切な実務が存在していたことから,本条は,届出の本来の法的性格を明確化するとともに,届出の取扱の公正化を図るために,届出の到達主義を定めている(コンメンタール行政法T行政手続法・行政不服審査法,編者室井力・芝池義一・浜川清・発行日本評論社P239,P244) のである。 本件において一審原告が主張する同意の撤回の意思表示は,すべてが行政手続法施行後になされたものではない。しかし,同法は本件同意取得手続開始前の平成5年11月12日に既に成立し(施行は同6年10月1日),被告は,その規定を知りうる立場にあり,かつ同規定が確認的規定であることからすれば,その規定するところは,同法施行の前後を問わず,憲法31条の法意に照らせば行政手続一般の通則的解釈原理として,確認的規定である37条の趣旨に適合した対応をとるべき義務を負っていたと解するのが相当である。 これを本件についてみれば,一審原告が主張する同意の撤回の意思表示は,いずれも内容証明郵便にて第一審被告に到達している以上,一審被告は撤回の意思表示を行った者に再考を求めたり,事実上の取り下げ指導容認する余地はなく,同意は撤回が到達した時点でその法的効力を喪失する。それゆえ一審被告は,撤回者が撤回の取消を行うか否かを待つことなく速やかかつ一律に抹消手続きを行う法的義務を一審被告は負い,これを怠る場合にはその行為自体が憲法31条に反する適正手続違反と評価されることになる。 それゆえ同意署名簿に取消線を引くという一審被告の行為は単に同意の法的効力が消滅したことを確認し,当該署名捺印を有効な同意と誤認することを防止するという意味しか有さないのである。よって,撤回の取消しによる同意の復活という観念はとりうる余地はない。 そもそも,再度の同意が必要であれば,一審被告は, 1.当初の同意署名簿の該当欄を抹消し,第一審被告の職印を押捺しその日付を記載する。 2.再度,同意取得担当者が,土地改良法・施行規則が定める要件のもと,三条資格者に説明を行い,改めて同意署名簿に署名・押印させ,再度の署名押印日付を記載する。 という同意取得の正規の方法を採ればよいだけのことである。 現に第一審被告は,同意署名簿を見ると同意の撤回を行った者で撤回の取消しに応じなかった者については,上記1.のうち日付の記載を除いた内容の記載を行い,備考欄に撤回を記載している(誤記の訂正方法について桐木証人桐木証人第2回調書80項参照)。 例えば,不動産登記の場合については不動産登記法68条で以下のように定められている。 登記回復ノ申請アリタル場合ニ於テ登記ヲ回復スルトキハ回復ノ登記ヲ為シタル後更ニ抹消ニ係ル登記ト同一ノ登記ヲ為シ若シ或登記事項ノミカ抹消ニ係ルトキハ附記ニ依リ更ニ其事項ヲ登記スルコトヲ要ス。 しかし,このように,三条資格者の意思を明確に確認する方法は,本件では一切行われていない。 この手続は例えば,抵当権登記の流用の論点(抵当権設定登記の実体的権利関係である抵当権が消滅したが,再度,同内容の抵当権設定契約がなされたので,実体を欠くに至った抵当権登記を流用できるか)と対比すれば分かりやすい。 登記官は形式的審査権しか有さないから抹消登記手続が申請されていない限り登記の流用を根拠として登記の抹消はなされず,抵当権登記の効力は保持される。 しかし,抵当権設定登記の抹消登記申請書が提出された後,再度,新たに抵当権設定の合意をしたので当初の抵当権設定登記の効力を復活させてほしいと当事者が申請してこれが認められるであろうか。これが認められないことは火を見るよりも明らかである。 この場合,新たに抵当権設定登記手続きの申請を行わない限り,仮に,先の抵当権設定登記の抹消手続きが実際には未了であったとしても流用は認められない結論となる(不動産登記法48条(登記官ハ受附番号ノ順序ニ従ヒテ登記ヲ為スコトヲ要ス)参照)。 しかも抵当権設定登記流用の場合には,登記権利者と登記義務者両当事者の同意が前提であるが,本件土地改良法の事業変更の場合には,これに反対する者も法的に拘束されるのであるから,その手続的適正さはより一層履践される要請が強い。 そもそも,同意の撤回の事実及びそれが誰によってなされたかは撤回の通知を受けた一審被告しか知り得ない。それゆえ撤回の取消の文書への署名・押捺の求めは,まさに先に行政の悪弊として行政手続法による是正の対象として指摘された届出の取下げ指導と同様,一審被告の指示により行われている。このことは,「同意取り消し通告書の取り下げ」書面に記載されている撤回日と撤回の取消し日を比較することによって,撤回者が撤回の通知を一審被告に対して行ってから上記書面を提出するまで非常な日数が経過していること,つまり,その間,一審被告が同意署名捺印の抹消を敢えて怠っていたことからも明かである。 このように,土地改良事業は申請主義といいながら,一審被告は同意署名簿の署名捺印の抹消という法的義務を怠り,事業推進の意に添わない三条資格者に対しては手続的適正を無視して撤回の取消を働きかけさせているのである。 そこで現時の状態というのは,一審被告が撤回の意思表示を受けたにもかかわらず同意署名捺印の抹消を怠っている違法状態が継続しているに過ぎず,法的効力としては同意の撤回の効力は確定的に発生している以上,撤回の取消の効力は認められないものである。 3 撤回の取消しによる三条資格者の意思表示は無効である。 @ 同意の撤回の取消しは,土地改良法上,これを同意の意思表示と評価することはできないことは第2項で指摘したとおりであるが,民法の意思表示の解釈論の観点からしても撤回の取消しが直同意となるものではない。 A この点については一審原告最終準備書面,控訴理由書及び平成14年12月10日付け一審原告準備書面で言及しているので重複しない範囲で指摘するにとどめる。 B 一審被告は同意の撤回の取消しが同意書と評価しようとしているが,本件の場合には,以下の問題があるので,到底,同意と評価することはできない。 ア 同意の撤回については,撤回の意思表示は「同意の撤回の通告」(甲6の1〜173)と題する内容証明郵便により,その理由も具体的に記載されている。 すなわち,上記通告書では「私は正確に説明を受けて署名したことは全くありません。貴職が受け取った同意書の私名義の部分は私のものでないか真意に基づかないものですので本書をもって撤回します。」,即ち,1)説明を受けていない,2)私名義ではない,3)真意に基づかないものである,のいずれかの理由をもって撤回を行っている。 これに対し,「同意取り消し通告書の取り下げ」と題する撤回の取消しの書面は内容証明郵便によるものでもなく単に「平成6年○月○日付けで同意取消を通告したことについては取り下げます」と記載されたのみであり,かつ,上記文言のみならず「取消通告」という文書の表題,住所,日付まで概ね予め不同文字で印刷してある用紙に名前と押捺が手書きされているに過ぎない書面である。もちろん当初の同意署名簿への署名でもないから,「同意取り消し通告書の取り下げ」の書面上,同書面がどのような方法で誰によって署名が集められ,その際どのような説明がなされたか不明であるし,その署名押捺が三条資格者本人によってなされたものか,どのような理由で取り下げるのか不明である。また,同書面には同意署名簿の写しさえ添付されていないから同書面に署名押捺した者がいかなる効果意思をもって行ったかも不明である。 更に撤回の取消自体,理論上その効力を認める余地はないが,「同意取り消し通告書の取り下げ」の記載についても問題は多い。 例えば, 1)同意撤回通告書と「同意取り消し通告書の取り下げ」とでは,「柳」の字体が異なっているものも存在する(同意撤回通告書(甲6の2)と「同意取り消し通告書の取り下げ」(乙67の239)の「柳」の字体が異なる)。 2)捺印の印鑑の形状が異なるものも存在する(甲6の103と乙67の332,甲6の112と乙67の340)。 3)同意撤回の通告日の記載がなく何時の意思表示を撤回するか不明のものも存在する(乙67の24,63,64,65,66,77,207,208,209,243,351)。 4)相続人と称する者に取下を行わせているものがあるが(乙67−255)当該表意者が間違いなく相続人であるか,また唯一の相続人であるか,共同相続人の総意なのか,更には当該相続人と称する者が三条資格者であるかについて確認した形跡がないものも存在する。 イ 次いで,本件においては,白紙の用紙に同意署名・押捺をさせた例がある。 白紙の用紙に同意署名・押捺をさせたことについての問題点については先に述べたとおりであるが,このような場合には,そもそも当初の同意署名押捺が,何に向かって多数人の意思を結集して一つの法的な意思を形成しようとしたか不明であり統一意思が形成できないものである以上,このような効果意思不明の同意・署名が復活したとしてもやはり,復活した医師の内容は不明であることには変わりないのであるから,結局,土地改良法が予定している同意と到底評価することはできない。 4 第一審被告の平成15年1月17日付け第5準備書面(P73)批判 @ 一審被告は「行政行為があるまで撤回が自由である以上,特段の支障がない限り,撤回した者がその撤回を取り下げて当初の行為を復活させて行政行為を求めることもまた自由にできると解するのが相当である。」と主張する。 しかし,これまでに明らかにしたとおり撤回により同意の効力は確定的に消滅しているから復活の余地はない。一審被告の主張は,結局,理論的根拠を欠くためにする暴論である。 同意署名捺印の抹消という法的義務を負う一審被告が,それこそ敢えて法的義務を甚だしく懈怠し,そのうえで強引に同意署名集めを行わせたのであり,しかもその方法といえば土地改良法上も,実際の同意徴求担当者においても当初何ら想定されてもいない土地改良法の要件を欠く方法で行われているのであって,同人の主張は憲法31条及び行政手続法37条の趣旨に悖る違法な主張である。 また,一審被告は,「そこで,三条資格者の同意の撤回の取り下げについてみると,これを行った三条資格者の意思を尊重する必要があり,他方,変更計画を決定する前であれば,このような三条資格者の最終的な意思を前提として対応することは何らの弊害もない。」と主張する。 しかし,同意の撤回の取消しの署名捺印を集める手続が,一審被告も土地改良法及び施行規則所定に則り適正に行われたと主張する当初の同意取得手続と同様の手続的保障(同意署名捺印の対象の明確なる告知,事業変更内容の説明)のもと行われたということの立証は何らなされていない。 このように同意撤回の取消し手続においては適正手続無視は甚だしいのであり,手続法的には三条資格者の最終的意思の尊重・確認の配慮は全くなされていない以上,一審被告の主張は失当である。 1 「調査不能」の立証責任は,一審被告にある 「調査不能」については,以下の4つの類型がある。 a. 調査不能(死亡等) b. 調査不能(転居先不明) c. 調査不能(不在) d. 調査不能(調査拒否) 平成14年4月23日付準備書面(13〜14頁)で主張したように,上記a.ないしd.の類型について,一審原告は,同意署名簿の認否をいずれも「否認」としている。 すでに述べたように,一審被告は,4つの自治体(人吉市,多良木町,須恵村,深田村)で同意書用紙に必要事項を記載しない「白紙」の同意書用紙に三条資格者の署名・押印を行わせている。そのため,三条資格者の同意があったこと立証するためには,一審被告は,それぞれの三条資格者ごとに同意取得の際の状況を証人(同意取得担当者)などにより具体的に証明しなければならない。
一審原告は,アタック2001を通じて,2000名を越える三条資格者について同意署名を行ったか否かに関する調査を実施した。「調査不能」となった同意署名は,いずれも一審原告が作成に関与していない第三者作成の文書であるうえ,可能な限りの調査を尽くしたにもかかわらず調査できなかった者である。 したがって,一審被告が,「調査不能」とされた同意署名についても同意があったと主張するのであれば,該当する三条資格者が,現実に同意したことを立証すべきである。一審被告は,指定代理人,九州農政局職員及び市町村担当者など数多くの人員を要しているばかりでなく,土地改良事業を推進するための膨大な予算の裏付けもあり,容易に立証できる立場にある。 もともと一審被告に,3分の2以上の同意があることについて立証責任があることを考慮すれば,「調査不能」とされた同意署名についても,具体的な同意取得状況を立証しなければならない。 2 「調査不能」となった三条資格者 「調査不能」となった三条資格者の数は,以下のとおりである。 a. 調査不能(死亡等) (用排水) (区 画) (造 成) 合 計 50名 16名 11名 b. 調査不能(転居先不明) (用排水) (区 画) (造 成) 合 計 59名 27名 15名 c. 調査不能(不在) (用排水) (区 画) (造 成) 合 計 78名 31名 29名 d. 調査不能(調査拒否) (用排水) (区 画) (造 成) 合 計 36名 15名 9名 1 「公告前同意」とは 「第4章本件事業の同意取得手続の問題点」のなかで述べたように,「公告前同意」とは,平成6年2月8日に変更計画の概要が公告される以前に,三条資格者から同意署名を取得した問題である。 同意署名は,変更計画の概要が公告された後に取得しなければならず,変更計画の概要が公告される以前に取得された同意署名は無効である。 「公告前同意」問題に関しては,「第4章本件事業の同意取得手続の問題点」の各市町村の同意取得の実態のなかで,「同意書用紙」問題との関連で詳しく述べたとおりである。 「平成 年」というように,年号が抹消された合理的理由として,次の2つが考えられる。 a. 同意書用紙には,もともと「平成5年」と印刷されており,そのままでは無効になるので,「5」の数字を抹消した。 b. 同意書用紙には,もともと「平成6年」と印刷されていたが,公告前の平成5年段階で同意取得を行う際,「6」を抹消した。 いずれの場合にも,公告年の記載のない同意署名は,無効と考えなければならない。 2 公告年の記載のない同意書名簿の三条資格者 上記同意書用紙は,公告前に配布された可能性が高く,同用紙を利用して行った変更計画の概要が公告される以前に取得された同意署名(乙64の7P326)は無効である。 (用排水) (区 画) (造 成) 合 計 6名 0名 0名 失敗したので印字し直したとする一審被告の説明は,作り話以外のなにものでもなく,このような荒唐無稽な言い訳をしなければならないところに, 「同意書用紙」の深刻な問題点が浮き彫りになっている。
1 アタック2001の調査のなかで,同意取得担当者などの強迫により同意署名を行ったと主張するものが存在した。 強迫に基づく意思表示は,三条資格者本人の真意に基づく意思表示ではなく瑕疵ある意思表示である。 したがって,「強迫」による同意は,同意ととらえるべきではない。 2 「強迫」にもとづく同意をした三条資格者 アタック2001の結果,「強迫」に基づいて同意をしたとする三条資格者は,以下のとおりである。 (用排水) (区 画) (造 成) 合 計 2名 0名 0名
1 原判決の認定
原判決は,「同意者の人数について」のなかで,「法八七条の三第一項所定 の三条資格者の三分の二以上の同意の有無は,本件変更計画決定時である平成 六年一一月四日における三条資格者及び同意者の人数を基準に判断すべきところ,・・・(中略)・・・,用排水事業については七五・一パーセント,区画整理事業について七八・二パーセント,農地造成事業について八六・七パーセントか,これを若干下回る程度」と認定したうえで,3分の2以上の同意があったと結論づけている(225頁〜227頁)。 しかしながら,前述のように,同意署名簿には,各事業に対する同意があっ たことを裏付けるだけの信用性がないうえ,文書成立を否認する三条資格者な いし錯誤を主張する三条資格者が,おびただしい数にのぼっている。 したがって,原判決が,3分の2以上の同意があったと結論を下したことに は,重大な誤りがある。 2 一審原告が同意を争う者を考慮した同意率について 一審原告が,同意を争う者については,各類型ごとにその人数を明らかにし てきた。ただし,同意を争う者のなかには,例えば,「署名偽造」と「説明なし」という2つの問題がある者,錯誤についても複数の錯誤を理由として挙げている者などがおり,さらに,「変造」「撤回の取下」など別個の問題がある者も存在する。 そこで,各事業ごとに「同意を争う者の一覧表」を作成して,同意を争う理由を一覧できるようにするとともに,理由と理由のダブりを調整した。その結果をまとめたものは,平成14年12月10日付準備書面に添付した「同意を争う者の集計表」である。 なお,同意者の数を確定するためには,次のような方法が取られなければならない。すなわち,同意者の数は,当該三条資格者が本件変更計画について十分な説明を受け納得したうえで,当該三条資格者本人が同意署名を行ったと認定できる者を積算していく方法が取られなければならない。したがって,同意署名簿に記載がある三条資格者は,とりあえず同意したものと考えて,特に問題があるものだけを同意数から除くという方法は取ってはならない。 このような同意数の認定方法は,土地改良法が定める3分の2以上の同意があること(本件変更計画の適法性)の立証責任が一審被告にあることを考えれば,当然の帰結と言わなければならない。 このような考え方に基づいて,一審原告が主張する同意者数と同意率を明らかにすると以下のとおりである。 (分子) (用排水) (区 画) (造 成) 修正後の同意の人数 3200名 1257名 828名 (削除されるべき同意) 同意を争う者 −1907名 −758名 −453名 合 計 1293名 499名 375名 (分母) (用排水) (区 画) (造 成) 修正後の三条資格者総数 4009名 1468名 879名 (本準備書面における修正数) (用排水) (区 画) (造 成) 同意率 32.25% 33.99% 42.66% (小数点第2位四捨五入) 3 以上のように,3事業とも本件計画変更に必要な3分の2という同意の法定要件を大きく下回っていることは明白である。 したがって,3分の2以上の同意があったと結論づけた原判決には,重大な事実誤認があったといわなければならない。 |