伝説紀行 鶴の墓 大宰府市 古賀 勝作 


【禁無断転載】

作:古賀 勝

第345話 2009年01月01日版
再編:2016年12月27日 2019.01.06
プリントしてお読みください。読みやすく保存にも便利です

 僕は筑紫次郎。筑後川のほとりで生まれ、筑後川の水で産湯を使ったというからぴったりの名前だろう。年齢や居所なんて野暮なことは聞かないでくれ。
 筑後川周辺には数知れない人々の暮らしの歴史があり、お話が山積みされている。その一つ一つを掘り起こしていくと、当時のことが目の前に躍り出てくるから楽しくてしようがない。行った所でだれかれとなく話しかける。皆さん、例外なく丁寧に付き合ってくれる。取材に向かうときと、目的を果たして帰るとき、その土地への価値観が変わってしまうことしばしば。だから、この仕事をやめられない。

鶴の墓

大宰府市(榎寺)



榎社前の「つるの墓」

 昌泰4年(901)に菅原道真が大宰府で幽閉状態におかれた場所が、現在の榎社(大宰府市通古賀)だといわれる。静かな境内を一歩外に出ると、けたたましい西鉄電車の軋み音が耳底を揺さぶる。
 そんな一角に置かれた、高さ1メートルほどの石碑に気がつく人は少ない。彫られた文字も風化が進んで解読が難しい。さて、何の記念碑なのやら、あるいは墓石なのやら。

飛騨の匠が筑紫に降りた

 ときを申せば、寛永年間(1624〜44年)である。通古賀村(とおりこがむら)(現大宰府市)で畑を耕す寅吉が、鷺田川の葦林に横たわる男を見つけた。よく見ると、男の傍らに片羽を傷めた大きな鶴の屍骸が置いてある。
「もし、どうなさいました?」
 寅吉が揺すりながら声をかけると、男はかすかに目を開けた。それからやおら川の水を口に含ませて起き上がった。


写真は、菅公縁の榎社本殿

「ここは・・・?」
「筑紫国の通古賀(とおりこが)ちいうとこですたい。見かけぬお方じゃが、いったい・・・」
「私は、飛騨の国(岐阜県)で仏像を彫って暮らす藤五郎と申しやす」
「途方もない遠かとこのお方が、またどうしてここに?」
「実は、これなる鶴は、私が造ったものでござりやす」と、ぐったりなっている鶴を抱えあげた。  藤五郎と名乗る飛騨の匠が話す「鶴の話」しとは。

彫った鶴が羽ばたいて

 藤五郎は、親方に弟子入りして以来ずっと、仏像の製作に明け暮れてきた。やっと独立を許されたとき、年齢は既に40を超えていた。そんなある日、小川で小魚を啄んでいる鶴を見て閃くものがあった。
 それからというもの、商売を忘れて朝から晩まで鶴の彫刻に励んだ。それでも、納得できる作品は実現しない。体や頭はうまくできても肝心の目が死んでいる。
 1年もかかってようやく完成した鶴に、藤五郎はやっと目を細めた。近くに住むお坊さんが、「魂を入れて進ぜよう」と、これまた3日3晩護摩を焚いて祈り続けた。夜も明ける頃、藤五郎の目の前で、ばたばたと羽音がした。自分が造った鶴の彫刻に命が宿ったのである。
 座る背中に跨ぐと、鶴は勢いよく空に舞い上がった。工房の上空を旋回する鶴に、「唐土(中国大陸)まで行けたらな」と呟いた。すると、鶴は頭部を西方に向け、ものすごいスピードで飛び始めた。
 真下は、白波が立つ東シナ海だ。豆粒のように見える船は、日本列島を目指しているのだろうか。藤五郎が着いたところは、上海あたりか。鶴はあたりの川辺に主人を残して、わき見もせずに餌を漁った。
 そして再び、主人を背中に乗せて上空へ。ところがそこまで来てとんでもないアクシデントが発生した。

菅公の傍で眠りなさい

「見たこともない変な鳥が飛んでいる」と怪しんだ地元の猟師が、矢を放ったのである。相当の腕前らしく、矢は鶴の右の羽を貫通した。よろける体を必死に立て直しながら、鶴は今来た東シナ海を東に向かった。陸地に入って安堵したのか、鶴は急降下して鷺田川に落ちて息絶えた、と言うわけ。
「へえ、この鶴がね、貴方が彫りなさったとは・・・」
感心する寅吉。
「お願いでございます。どうか私が命を懸けて造ったこの鶴を葬る場所を教えてくだされ」
「そんなにめでたい鳥の墓なら、あの場所がよございましょう」写真は、鹿児島県出水市の鶴公園モニュメント
 寅吉は、数百年前に都から流されてきた菅原道真公のお住いだった榎寺を教えた。 藤五郎は、鶴の埋葬を終えると、「もう一度空(かけ)る鶴を彫って、必ず貴方に会いに参ります」と約束し、名残を惜しんで筑紫路を後にするのだった。(完)

 鷺田川は、大宰府市外を流れる中小河川のこと。寅吉が藤五郎と出会ったあたりは、宝満川を水源とする御笠川と合流するすぐ手前ということになる。「鶴畑」という小字命が残っていることから、「鶴の墓」もまんざらでもないような気がする。
 お正月だから、少々無茶な設定も許してもらえるかな。

本サイトのアクセス統計を掲載するようになって2年以上たつが、「鶴の墓」が初めてベスト12に入った。飛騨と筑紫と上海を結んで、鶴は素晴らしいお話を恵んでくれた。今後も多くの読者が集まってくれることを願うばかりだ。(2019年01月06日)

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