伝説紀行 カッパに憑かれて 久留米市田主丸 古賀 勝


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作:古賀 勝

第307話 2007年07月01日版

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 僕は筑紫次郎。筑後川のほとりで生まれ、筑後川の水で産湯を使ったというからぴったりの名前だろう。年齢や居所なんて野暮なことは聞かないでくれ。
 筑後川周辺には数知れない人々の暮らしの歴史があり、お話が山積みされている。その一つ一つを掘り起こしていくと、当時のことや人物が目の前に躍り出てくるから楽しくてしようがない。行った所で誰彼となく話しかける。皆さん、例外なく丁寧に付き合ってくれる。取材に向かうときと、目的を果たして帰るときとでは、その土地への価値観が変わってしまうことしばしば。だから、この仕事をやめられない。

カッパに憑かれて

久留米市田主丸町


古川に架かる柳瀬橋

 朝倉の三連水車が回りだし、あちこちで田植えが始まると、川淵のカッパたちが騒ぎ出す。やれ子供の(はらわた)を抜いただの、畑のキュウリを盗んだだの、カッパは常に悪役にまわされる。「カッパの本場」を自認する田主丸では尚更のこと。筑後川支流の古川が、やがて本流に飲み込まれるあたりでは、今日もカッパに関わるおかしな「事件」が勃発した。江戸時代のお話である。

髷結ってはっけよい

 太郎作が漁を終えて帰ってくるなり、女房のお浜に、相撲取りのような大銀杏(おおいちょう)を結えと命令した。うろうろするお浜に、漁仲間の政吉が耳打ちした。
「あんた、横綱の太刀ノ山より立派な(まげ)ば結うもんね」
 お浜は、元結(もっとい)を締めると、(てのひら)にたっぷり唾をつけて髪に撫で付けた。髷が仕上がると太郎作は、筑後川の渡し場に下りて、誰かに手を振っている。
「さあ、いくぞ!」
 六尺兵児(ろくしゃくべこ)一貫になった太郎作は、蹲踞(そんきょ)の構えから立ち上がり、見えない相手に立ち向かった。
「もう一本、相撲とるちか。弱かくせにしよんなか(仕方ない)奴たいね。ありゃ、おまいどん(お前たち)何匹で来るとか。ヒーフーミー、うん、10匹か、うんにゃ20匹はおるね。せからしか、何百匹でんよかけんかかってこい」
 太郎作は、汗びっしょりになりながら草むら中を右へ左へと動き回る。動作はまるで、相手を投げ飛ばしているよう。一仕事終えると、太郎作そのまま倒れ込んでしまった。

ちぎっては投げ・・・

 気を失った太郎作は、それから三日三晩高熱にうなされた。やっと目を開けた太郎作、枕元にいる政吉を見て怪訝(けげん)そう。
「おまや(お前は)、だりと(誰と)相撲ばとよったつか?」
 政吉に問われて、太郎作。


古川の澱み

「ああ、100匹もんカッパどんとたい。皆んな、ちぎっては投げちぎっては投げたい」
「やっぱし、ね」
「やっぱしちゃ、どげなこつか、政吉?」
「あん日のおまいのタブには、雑魚(ざこ)ばっかり山んごつ入ったたい。カッパは、自分たちの餌になる小魚ばとられた仕返しばするちいうて、おまいの体ん中にとり()いてしもうたつたい」
 そこで、お浜。
「ばってんうちん人は、村の中でん一番相撲が弱かち評判でっしょが。そいが、相撲自慢のカッパば100匹も、皆んな投げ飛ばしたちはどうしても腑に落ちまっせん」
「あれは、お浜さんが太郎作の髷ば結うとき、鬢付(びんつ)け油の代わりに唾ばペッツペッツち吐いてつけたろうが。カッパは、何ば好かんちいうて、人間が吐く唾ぐらい好かんもんはなかつたい。唾の臭いば嗅いで、自分からずっこけたちゅうわけさい。お陰でおまいの亭主はカッパに殺されんですんだちゅうわけ」

未練がましいカッパども

 そこで、寝床から起き上がった太郎作。
「そんならさい。あげん負けず嫌いのカッパが、おりのごたる弱かもんに投げ飛ばされて、黙って引っ込んどるわけがなかろうもん」
 政吉が人差し指を自分の口に当てた。陽はとっくに落ちて、虫の音だけが聞こえる真夜中である。
「床ん下から、何か聞こえんか?。キーキーちいう変な声が…」
 言われてみれば、太郎作の耳の底に、かすかに異音が響いてくる。「もう1回、もう1回…」と叫んでいるようだ。
「もうよか。カッパは好かん。こりからは、カッパの大好きな雑魚は獲らんごつするけん。もうこらえてくれんね」
 大男の弱虫太郎作が、とうとう大声で泣き出した。

 子供に限らず大人からも、「カッパは本当におると?」と質問される。「さあね」なんて、いい加減な受け答えでは、カッパ博士を名乗る吾輩を許してもらえない。そんな時には、「田主丸に行ってみらんね」と勧めることにしている。


田主丸の二八カッパ

 ことそれほどまでに、田主丸にはカッパがうようよ。道端にも、橋の欄干にも、はたまたJRの駅舎にもと。でも、巨瀬川や古川の水面から顔を出すカッパは、それら人の手が加わった造形物とは本質的に違う。青黒く澱んだ水から例のお皿を覗かせ、次に独特のカラス天狗風(くちばし)を空に向ける。その瞬間、周囲になんともいえない異臭が漂う。そう、キュウリやトマトが腐った臭いだ。
 さすがに、僕には相撲をとろうなんて言わない。こちらがいい加減年寄りだと同情してのことなのか。「体ば鍛えておくけんね」と話しかけると、カッパは水掻きのある手を振って、水中深くに潜っていった。
「おっちゃん、今だりと話ばしょったと?」。学校帰りの子供が、僕の視線の先を眺めながら話しかけた。「独り言たい」と答えて、さっさと古川の欄干を跡にした。「話の相手はカッパたい」なんて言おうものなら、あの子供たち、今にも素っ裸になって飛び込みかねなかったからだ。

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