三角丘のお姫さま  久留米市田主丸


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作:古賀 勝

第282話 2006年12月10日版

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 僕は筑紫次郎。筑後川のほとりで生まれ、筑後川の水で産湯を使ったというからぴったりの名前だろう。年齢や居所なんて野暮なことは聞かないでくれ。
 筑後川周辺には数知れない人々の暮らしの歴史があり、お話が山積みされている。その一つ一つを掘り起こしていくと、当時のことや人物が目の前に躍り出てくるから楽しくてしようがない。行った所で誰彼となく話しかける。皆さん、例外なく丁寧に付き合ってくれる。取材に向かうときと、目的を果たして帰るときとでは、その土地への価値観が変わってしまうことしばしば。だから、この仕事をやめられない。

三角丘の御姫さま

久留米市田主丸町(石垣)

 耳納山麓に連なる古墳群は、古代からの人の営みを証明してくれている。中でも、石垣地区に横たわる「大塚古墳」は貫禄十分だ。
 古墳公園が見下ろす場所に、これまた何とも可愛らしい三角形の土盛りを見つけた(写真上)。てっぺんの立ち木や周辺の景観から、この小山も、(いにしえ)のどなたかのお墓であろう。
 ひょっとして、古老が話していた「三角丘」がこれかもしれない。「息を殺して3度回れば、美しいお姫さまに会える」との言い伝えがある丘のことだ。

白髭の老人が謎めいたことを

 時は、日本が南と北に分断された所謂(いわゆる)「南北朝時代」のこと。石垣城(いしかきじょう)に陣取る南朝方を、北朝の鎮西官領一色道猷が攻め立てていた。
 そんな折、城には城主水縄守の娘で大変美しい松姫が暮らしていた。いかに戦国の世であっても、娘心は例外なく美しさに憧れる。側女の滝の方を呼んでは、いかにしたらもっと顔立ちを整えることができるかと、無理難題ばかりを押し付けていた。
「今より以上と言われましても…」とでも逆らおうものなら、傍にある置物が飛んでこぬとも限らない。
 或る春先のこと。松姫が庭に出て、可憐な草花を摘み取っていた時のことである。新緑に(おお)われた鷹取山(たかとりやま)(802b)から、白馬の手綱を引いた老人が下りてきた。老人の口許には、目映いばかりの長い白髭(しらひげ)が蓄えられている。 
 見かけぬお人に首をかしげながら立ち上がった松姫に、老人が謎めいた言葉を発した。
「そなたのようなご身分では、この世で欲しいものなぞ何一つなかろうな?」と。

白馬の毛が願いを叶える

 松姫は老人からの問いに、大きく首を横に振った。
「わらわは世の男どもが残らず振り向くような、そんな美しい女になりたい」
「さようか、姫の願いは美しくなることだけか…」写真は、耳納連山
 老人はがっかりした様子だったが、姫には深い髭の奥の表情まで見抜くことはできなかった。
「そなたの願いを、これなる白馬が聞き届けてくれようぞ」
 老人は、持っている手綱を姫の手に渡すと、険しい耳納山を登り始めた。
「あのう、わらわの願いは? どうすればこれなる白馬が聞いてくれるのじゃ?」
 追いかけるように問い質す松姫に、老人は振り向きもせずに答えた。
「馬の背中の毛を一本抜いて願いごとを唱え、息を吐いて空に飛ばす、それだけじゃ。そうそう、願いは3度までに限るぞ。それ以上だと、そなたの命までもが危くなるでな」
「あのう…」
 もっと訊きたいことがあるのに、老人は飛脚のような素早さで駆け上がって行った。

次から次に願いごと

 不思議な老人が立ち去ると、サラブレッドのようにきれいな白馬が姫に寄り添った。早速松姫は、願いごとを白馬に託すことにした。
「もう少しでよい故、鼻が高くなるように」
 老人に言われたとおり、馬の背中の毛を1本抜くと、呪文を唱えて大きく息を吹きかけた。毛はフワリと宙に舞って何処かへ消えていった。
「姫さま、ここにおいでか」
 その時、滝の方が駆け寄ってくるなり目を白黒させた。松姫の顔形が変わっていることに仰天したのだ。それまでどちらかと言えば低めだった鼻が、不似合いなくらいに高くなっている。鏡を覗き込んだ松姫が怒った。
「これでは、わらわの顔が以前より醜くなったではないか。顔全体に釣り合う鼻を…」
 滝の方が呆気(あっけ)にとられている間に、2本目の毛を抜いた姫が呪文を唱えた。
「顔はこれでよいとして、わらわの肌がもう少し白くならないものか」
 これまた、願いどおりに透き通るようなきめ細かな肌が出来上がった。
「姫さま、火の打ちようのない美形でございます。もうこのくらいで…」
 滝の方の制止も聞かず、松姫は不思議な老人の言いつけを忘れて4度目の願い事に入った。

姫の姿が消え失せた

「髪の毛が、カラスの濡れ羽(ぬれば)のように黒くなりますように…」
 呪文が終わる直前に、滝の方の眼中から松姫の姿が消えてなくなった。
「姫さま、姫さま」
 呼べど叫べど、松姫は戻ってこない。
「いかがいたした?」
 滝の方の大声を聞いて、父君の水縄守が駆け寄ってきた。
「そんな馬鹿な。予にとって命より大事な姫を隠した不届き者、成敗してくれるわ。出てまいれ!」
 水縄守の呼ぶ声が聞こえたのか、またもや山から不思議な老人が下りてきた。
「白馬の毛を4度も抜いた松姫は、山の神のお怒りに触れて、天国へ召された。二度と生きては帰れまい」
 老人が、言いつけを破ったものへの当然の報いだと、平静に応えた。
「だが、遠目ながらでよければ、姫の姿を見ることはできる」
「どうすれば…?」
「あの古人(いにしえびと)の墓の周りを、目を(つむ)り、息を殺して3度回れ。それでは、さらば」

欲もほどほどに

 老人が消え失せた後、水縄守は言われたとおりに目を瞑って、4間の墓を3回った。
「姫、松姫。…こちらへ参れ」
 目を閉じていて不安定な足取りのまま、宙に向かって叫び続ける水縄守。滝の方には、それが夢遊病者にしか見えなかった。
 突然現われた不思議な老人は、松姫さまに何を求められたのか? 滝の方は、一連の出来事を振り返った。
「戦乱の世に、栄耀栄華をむさぼる松姫が許せなかったのか。そうでもあるまい。あの老人は姫に、『もっと美しくなりたい』欲望ではなくて、『戦乱に打ちひしがれる民百姓ををお助けあれ』と答えて欲しかったのではあるまいか。
 こんなことがあって、山麓の集落では、「目を瞑って三角丘を3回すれば、白馬に跨った美しいお姫さまに会える」という噂が広がった。噂はそれから500年たった最近まで、石垣地方に伝わっていたという。だが、お墓の主の祟りを恐れてか、最近ではすっかり人々の脳裏からも消え失せてしまった。(完)

 今回の紀行も、その在り処探しに苦労した。役場の人に尋ねても、土地の人に訊いても、「三角丘」なるもの、名前さえ聞いたことがないとおっしゃる。そこで、南北朝時代の石垣城跡あたり(これまた特定が困難)や石垣観音、石垣神社あたりをうろつくこと1時間。有名な大塚古墳から見下ろした場所に、三角形の土盛を見つけた次第。それでも、これが物語りの舞台になる「三角丘」なのかどうか、証明してくださる方が未だに見つからない。
 師走に入って、耳納の中腹から見下ろす筑後平野は穏やかであった。中央を横切る大河
(筑後川)の向こうとこちらで、藁でも焼いているのだろうか、白い煙がまっすぐ天に昇っていた。見る限り、下界は平和である。

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