伝説紀行 髪掛けの松 大分県日田市 古賀 勝作
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僕は筑紫次郎。筑後川のほとりで生まれ、筑後川の水で産湯を使ったというからぴったりの名前だろう。年齢や居所なんて野暮なことは聞かないでくれ。 筑後川周辺には数知れない人々の暮らしの歴史があり、お話が山積みされている。その一つ一つを掘り起こしていくと、当時のことや人物が目の前に躍り出てくるから楽しくてしようがない。行った所で誰彼となく話しかける。皆さん、例外なく丁寧に付き合ってくれる。取材に向かうときと、目的を果たして帰るときとでは、その土地への価値観が変わってしまうことしばしば。だから、この仕事をやめられない。 |
髪掛けの松 大分県日田市
日田盆地は、文字通り山に囲まれた九州の臍(へそ)部にある。四方八方の山々から流れ出た水が、毛細血管のような小川を伝って流れ落ち、いくつかの中小河川にまとめられる。日田の市街を取り巻くようにして流れる花月川は、その代表格だ。 恋する人に振られて街に出る 千代姫の泣きどころとは、髪の毛が赤くて、棕櫚(しゅろ)の幹を覆う毛のように硬いことだった。目に入れても痛くないほどに寵愛する殿さまは、姫の相手に中津の若君との縁談をすすめた。 黒松の枝に姫の髪 田代の方は急ぎ山を降りて、姫を豆田の街に案内した。さすが豊後を代表する町並みだけあって、華やかである。道行く町娘は、色とりどりに着飾って青春を謳歌している。美貌にかけてはひけをとらぬ千代姫だが、立ち寄った茶店でうなだれてしまった。恋人どうしではしゃいでいる目の前の娘を見てからである。御髪(おぐし)を背中まで伸ばして、櫛やリボンで飾りつけている。カラスの羽のようにしっとりとした黒髪にこそ似合う飾りであった。 花月の川が黒髪に 目を凝らすと、川に突き出た松の枝に棕櫚(しゅろ)の毛のようなものがぶら下がっていた。 この話を聞いて、やはり髪の色で悩む娘たちが、大勢花月川の岸辺にやってくるようになった。彼女らは、上半身裸になって髪を川の水に浸けた。そうすることで、「カラスの濡れ羽色」の髪を得ようとするけなげな願いであった。 慈眼山公園から見下ろす花月川は、小京都とうたわれる日田盆地にうってつけの眺めだ。御本家の鴨川にも匹敵する上品さを漂わせている。それでも、恋する人に袖にされた女性には、魔性の大蛇にしか見えなかったのか。 |