伝説紀行 温石の湯  久留米市(高良内)


【禁無断転載】

作:古賀 勝

第214話 2005年06月26日版
プリントしてお読みください。読みやすく保存にも便利です

 僕は筑紫次郎。筑後川のほとりで生まれ、筑後川の水で産湯を使ったというからぴったりの名前だろう。年齢や居所なんて野暮なことは聞かないでくれ。
 筑後川周辺には数知れない人々の暮らしの歴史があり、お話が山積みされている。その一つ一つを掘り起こしていくと、当時のことが目の前に躍り出てくるから楽しくてしようがない。行った所でだれかれとなく話しかける。皆さん、例外なく丁寧に付き合ってくれる。取材に向かうときと、目的を果たして帰るときでは、その土地への価値観が変わってしまうことしばしば。だから、この仕事をやめられない。

温石の湯

久留米市高良内町

 筑後地方の守り神である高良神社(高良山)の南麓(久留米市高良内町)に、神経痛によく効く「温石湯(おんじゃくのゆ)」があると聞いて訪ねた。
 地図を頼りに着いたところは、むかしを偲ばせる木造建築の宿屋が1軒だけの、静かな佇まいであった。「温石」とは、焼いた軽石を布などに包んで冬の寒さまたは病気の際に体を温めることと広辞苑には書いてある。それが高良内の「温石の湯」とどんな関係があるのか。湯に浸かりながらゆっくり検証してみようという魂胆であった。
 宿の玄関先で来訪を告げると、建物の主らしいご婦人が迎えてくれた。「せっかく来ていただいたのにお気の毒ですが、台風などで冷泉の湧き出し口が塞がれてしもうたもんで、十年以上も前に廃業しました」だって。「もったいないことですね、温石の湯にまつわるお話もたくさんあるでしょうに…」と同情したら、ご婦人は笑いながらそもそもについて語ってくれた。

神経痛では武術は勤まらない

 それは江戸時代も終盤の天保年間だった。中年の武士が、高良山(312b)に祀られる高良の神に祈っていた。それは、雨の日も風の日も一日も欠かすことはなかった。
 侍の名前は板垣信次郎。久留米藩士で若い頃から武術指南役を勤めているという。ところが板垣、三十歳を過ぎて急に体の変調を覚えるようになった。長時間まともに座っておれないほどに下半身が痺れて痛むのである。これでは、武術の指南役は勤まらない。診たてた町医者は「間違いなく坐骨神経痛だ」と告げた。下肢の運動・知覚を司る人体内での最長の神経の経路に沿って感ずる疼痛であり、神経痛の中でも最も多い病気である。(広辞苑)
 板垣は医者に、自分が病気であることを黙っていてくれるように頼んだ。もし、このことが上役に知れたら、武術での出世が難しくなる。そうなれば、愛妻やかわいい盛りの二人の娘だって路頭に迷いかねない。板垣信次郎は、年寄りの勧めもあって高良大社へ病魔退治の願かけを決意したのだった。

不思議な老人があれを探せと言う

 板垣信次郎が高良山参りを始めてから100日目。参拝を終えて下山しようとすると、顎鬚(あごひげ)の白さがよく似合う老人に声をかけられた。老人は板垣を高良大社の裏手の山の頂上に連れて行った。
「神経痛でお悩みだとか?熱心にお参りされることに敬意を表してよいことを教えよう」
 老人は、持っている身の丈より長い杖の先を南の麓に向けた。
「そなたは、剣の稽古をし過ぎて体を痛めた。人間の体は、猿や熊と同じように自然の摂理によって育まれたもの。病魔は、人間がその自然の摂理に逆らった時に暴れだす。つまり、自然に逆らってまで無理な稽古をすれば病魔に襲われるのは当然のことだ。病気を治すのは何も医者だけではない。自然界に存在するあれに病魔と闘ってもらうことが一番なのじゃ。そなたは、この先の山林であれを探しなされ」

あれを求めて山中彷徨う

 気がつくと、髭の老人の姿は消えていた。代わりに高良神社の普請に駆り出されている石工の兵六が立っていた。
「お侍さん、変な気持ちを起こしちゃいけませんぜ」
 平六は、板垣がお参りしているときの思いつめた表情を見ていて、気になって仕方がなかった。今日も、お参りを終えると夢遊病者のように歩きだしたものだから、跡をつけてきたというわけ。
 板垣は平六に、姿を消した老人のことを尋ねた。「そんな爺さんのことなんざ知りませんぜ」と平六は答える。まるでキツネにつままれているみたいな気持ちだった。
「とにかく拙者はあの老人の言い分を信じる」と立ち上がった板垣を、一人じゃ危ないからと平六が追いかけた。写真は、高良山の南側
「なーに、この山は北から南に向けて傾いているんでさあ。そこさえ間違わなけりゃ、同じ場所を行ったり来たりはしねえもんだ」
 板垣の不安をよそに、平六は持っている鉈(なた)で小枝を払いながら、老人が言うあれを探し求めた。

天然お風呂に野生の猿が

 歩き回ること2昼夜。真夏の蒸し暑さと薮蚊の急襲で、心身ともに疲れ果てた板垣。「諦めようぜ。あんな老人の言うことなど嘘に決まっている」と匙を投げかけた。
「お侍さん、何とか言う神経痛は治らなくてもいいんですかい。奥方やお嬢さまが路頭に迷いなさってもいいっていうの?」。助っ人の兵六に諭されて、また二人は山中を彷徨う。
「あの音は?」
 耳をすますと確かに水の音が聞こえる。樹木の向こうで何やら生き物が蠢(うごめ)いている。それは、岩に囲まれた自然の風呂に浸かっている猿だった。岩を太陽が温め、温められた岩が湧き出た水をお風呂にしているのである。
 猿が去ったあと、板垣が湯船に手を入れてみた。案の定、自然の風呂の湯加減はばっちりである。
 早速、板垣が肩まで浸かった。「いい湯だ。兵六、お前も入れ」と兵六を誘う。「いえ、あっしは熊とか毒蛇から板垣さまを護るのが役目なんで…」とか何とか言い訳をして遠慮した。

あれの正体は・・・

「違う、何かが違う」
 突然板垣が立ち上がって叫んだ。絶対にご婦人には見せられない光景がそこにあった。
「どう、何が、違うんで?」
 平六がわざわざ板垣の股間を覗き込むものだから、慌てて湯に潜った。湯に浸かっている間に、あれだけ痛んだ神経痛が逃げていくように和らいだのだ。あの不思議な老人が言ったこと、「病魔は、人間が自然の原理に逆らった時に暴れ出す。治癒させたければ、自然界に存在するあれに病魔と闘わせよ」とは、このことだったのか。病魔と闘うあれとは、もちろん板垣と兵六が見つけた岩の間から流れ出す湧き水のことである。太陽熱で温められたとは、温石石であった。それでは、自然界のあれの存在を予言した白い顎鬚のご老人とは、いったい何者なのか???
 板垣信次郎は、我と同じように神経痛に悩まされる人々にもこの恩恵に浴してもらうおうと、温石湯(冷泉)を沸かして湯治場を設けることを考えた。それが、十数年前まで持病に悩む人々で賑わっていた高良内の温石湯温泉である。(完)

 むかしからこの一帯は温石石の産地だったという。その温石石の断層から染み出てくる冷泉を、高良山の不思議な老人は「病魔と闘うあれ」と表現した。冷泉の泉質は無色透明で、塩類質で、多量のラジュームを含んでいたという。まさしく冷泉霊泉であったわけで、天災によって湧き出し口が塞がれたのなら、復元すればすむことじゃないかと思うのだが…。
「ちゃんとした地図ならどれにでも『温石湯温泉』と記してありますよ」と、説明してくれるご婦人に尋ねた。「市役所が撤去するのをさぼっているんですよ。ほら、そこの案内板。20年前とまったく変わらないんですから…」
「土地もない、自然も少ない街に住む僕にとって、水はあるし沐浴もし放題、羨ましいかぎりです」と問いかけると、「とんでもないですよ。風呂に使う水も不自由なくらいにここには水はありません。小川の水は濁っていて、とても飲めませんし」だって。

 久留米の市街地を流れる高良川の源流にも、こんなご苦労があったんだ。でも、やっぱり白髭の不思議な老人の話しには説得力があった。いつかは温石の湯が復活して、あのご婦人が出迎えてくれることを確信した次第。

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