伝説紀行 カッパの切り傷創膏  久留米市(田主丸)


【禁無断転載】

作:古賀 勝

第169話 2004年08月01日版
プリントしてお読みください。読みやすく保存にも便利です

 僕は筑紫次郎。筑後川のほとりで生まれ、筑後川の水で産湯を使ったというからぴったりの名前だろう。年齢や居所なんて野暮なことは聞かないでくれ。
 筑後川周辺には数知れない人々の暮らしの歴史があり、お話が山積みされている。その一つ一つを掘り起こしていくと、当時のことが目の前に躍り出てくるから楽しくてしようがない。行った所でだれかれとなく話しかける。皆さん、例外なく丁寧に付き合ってくれる。取材に向かうときと、目的を果たして帰るとき、その土地への価値観が変わってしまうことしばしば。だから、この仕事をやめられない。
カッパの切傷創膏

福岡県田主丸町


田主丸駅前に居座るカッパ

 愛すべきカッパのキャラクターを、独り占めしたくてしようがないのが福岡県の田主丸町。近くを九州一の大河(筑後川)が流れているからだとか、中小河川が多いからだとか、「河童の町の証明」を並びたてられるが、そんなものは全国津々浦々どこにだってあるじゃないか。でも…、何故かカッパの話になると「田主丸」の町名が浮かび上がる。

見回り中に深編み笠の女

 江戸前期、真夏のくそ暑い午後、愛馬の栗毛に跨り、汗を拭き拭き古川あたりにやってきたのが田口長右衛門。名刺の肩書きは「久留米藩 普請奉行輩下」とある。当時普請奉行といえばあの有名な丹羽頼母氏だったから、田口の役目は大方田んぼへの水の流れ具合を視察するといった、いたって軽いものだったろう。
「もし、旦那」
 声をかけた相手は、深編み笠を被ってすらりとした容姿の女。
「なに用じゃ?」
 知らない女にあまり馴れ馴れしくしているとろくなことはない。つい先日も、声かけられていい気になって、ついていったら薮の中。何のことはない、女は人間を騙すことを生き甲斐にしている女キツネだったのだ。蜘蛛の巣に絡まれるわ、薮蚊に血液を吸い取られるわで大変な目にあったばかりである。
「田主丸の街はまだ遠いのですか? お腹が減ってこれ以上動けないものですから」
 女の切ない言葉に、今反省したばかりだというのに、馬から飛び降りて女に寄り添ってしまう。
「そうか、腹が減ったか。丁度拙者も昼にしようと考えていたところ。持参した握り飯をいっしょに食おう」

膝に頭を乗せてお昼寝

「して、…そちの名前は?」
 飯の時間を終えて、改めて女の顔を見た長右衛門。
「あたいの名前は葦乃と申します。以後お見知りおきを」
「お見知りおきをと言われても、その編み笠では顔が見えぬではないか」
「勘弁してください。あたいは昨日久留米の街を歩いていて、野犬に襲われまして。顔が傷だらけなんですよ。今度治ったら、おにぎりのお礼に私の顔をゆっくり見てもらいますから」
 葦乃という女は、長右衛門の背中に手をやって挨拶したが、とうとう編み笠は取らなかった。
「昨日久留米の町にいたと申したが、どこから来てどこへ行く?」


古川の河口付近

「豊後の日田郡から肥前の長崎にいる伯父の病気見舞いに行った帰りでございます」
「ばさらか遠かところまで行ったもんじゃのう。疲れたろう、わしもしばらくここで田んぼを見ているからに、ゆっくり昼寝でもするがよい」
「ありがとうございます」
 女は、長右衛門の膝に編み笠を被ったままで頭を乗せて、間もなく規則正しいいびきをかき始めた。

突然愛馬が騒ぎ出す

 幸せ気分の長右衛門もついウトウト。けたたましい嘶きとともに、愛馬の栗毛が駆け出した。びっくりして飛び起きた葦乃という女は、立ち上がるやいなやそばの古川に飛び込んだ。何事が起きたのか分らずにウロウロする長右衛門。馬は後ろ足だけで立ち上がったかと思うと、また走り出す。女は川に飛び込んだきり浮かび上がってこない。困った、困った。
 栗毛の四足を見ると、4本の足に2匹ずつカッパがしがみついている。
「栗毛から離れろ!」
 長右衛門が叫んでも、カッパどもはますます強くしがみつく。栗毛はというと、切なく哀しく啼くばかり。
「言うこと聞かなければ、斬る!」
 長右衛門は、腰の大刀を払った。危険を察知してか、カッパどもは栗毛の足から離れて、ぞろぞろと歩き出し、いっせいに古川に飛び込んだ。
「もう大丈夫だ」
 長右衛門が労わるが、栗毛の怯えはいっこうにおさまりそうにない。

カッパの手を斬りおとす

 反対側に回って見ると、1匹だけカッパがしがみついたままであった。
「しつこい奴め」
 とうとう我慢の糸を切らした長右衛門が、持っていた長刀でカッパの手を斬り落とした。
「ぎゃーっ」
 人間でも発しないおぞましい叫びを上げて、カッパが地上に転がった。さらに止めを刺そうとした時、いつの間に現われたのか先ほどの葦乃という女が長右衛門の前で膝をついた。
「お許しください」
 最初は何事か分らなかった長右衛門も、次第に謎が解けてきた。
「そうか、そなたの正体はカッパだったのか。して、拙者になに用じゃ?」
「はい、そこに転がりますカッパは、私の36番目の子供でございます。人間には、善玉と悪玉がいるから、母さんのように一人前に人間を見る目ができるまで、近づくなと言っていたのですが…」
「うちの子供たちは、だめと言っても、人間や馬に悪戯を止めないのです。けっして悪気があってのことじゃないのですが…」
 顔を隠して、勝手に人の握り飯を平らげたくせに、「人間を見る目が確か」とはよく言うわ。(写真は古川の下流)

離れた手も秘伝の創膏で…

「カッパは、人間と違って何百匹もの子供を産みます。これまた人間と違い、どんなに暮らしが貧しくても、まず子供に食べさせます。よもよも、子供を放り出してパチンコに夢中になったり、夫以外の男と逢引したりはいたしません。そこでお願いが…」
 カッパの葦乃は、先ほど斬りおとした子供カッパの片手を返して欲しいと哀願した。でもいったん胴体から離れた手を取り戻してどうしようというのだろう。
「貴方さまにはおわかりないでしょうが、カッパ族には古来より創膏(そうこう)という秘薬が受け継がれてきました。この薬で切られた手をくっつければたちまち元の姿に戻れます」
「創膏とは絆創膏のことであろう。傷薬としては聞いたことがあるが、その薬で手を胴体に繋ぐのか?」
 呆れてしまった長右衛門が、みやげに持ち帰ろうとしたカッパの手を葦乃に返した。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
 すっかりカッパの姿にかえった彼女は、何度も礼を言うと、早速持ってきた袋から「河童切傷創膏」なるどろどろした薬を子供カッパの傷口に塗りつけた。「こりゃっ!」あたりに響く大声とともに、切り離されていた片手が合体した。
「貴方さまやお身内に、もし怪我をされてお困りの節は、葦乃をお呼びくださいまし。この創膏で治してあげますから」
 カッパの葦乃と2本の手に戻った子供カッパは、礼もそこぞこに古川に飛び込んだ。(完)

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