伝説紀行 星丸の山姥  朝倉市(杷木町)


【禁無断転載】

作:古賀 勝

第163話 2004年06月20日版
再編:2017年07月27日
プリントしてお読みください。読みやすく保存にも便利です

 僕は筑紫次郎。筑後川のほとりで生まれ、筑後川の水で産湯を使ったというからぴったりの名前だろう。年齢や居所なんて野暮なことは聞かないでくれ。
 筑後川周辺には数知れない人々の暮らしの歴史があり、お話が山積みされている。その一つ一つを掘り起こしていくと、当時のことが目の前に躍り出てくるから楽しくてしようがない。行った所でだれかれとなく話しかける。皆さん、例外なく丁寧に付き合ってくれる。取材に向かうときと、目的を果たして帰るとき、その土地への価値観が変わってしまうことしばしば。だから、この仕事をやめられない。

星丸の山姥(やまんば)

福岡県朝倉市(杷木町)

 狭い迫(さこ=谷あい)を縫うようにして流れていた赤谷川。九州北部豪雨2017によって、それまでの穏やかな景色が完全に変わってしまった。

 小石原村あたりを水源として、杷木林田地区を経て筑後川に注ぐ赤谷川。その中流域に「星丸」という大字名が見える。そこには砂原迫(すなはらさこ)、正信迫(まさのぶさこ)、迫(さこ)、池の迫(いけのさこ)、長迫(ながさこ)、いごの迫と呼ぶ六つの「迫」が連なっている。「迫」とは谷あいのことで、赤谷川には迫に向かって左右から無数の小川が流れこんでいる。
 大むかしは、人も寄り付かない山深いところだったのだろう、ご登場願うのは、おなじみの山姥(やまんば)と権現さまである。


のどかだった赤谷川沿いの迫と豪雨直後の新聞写真

苦しい時の権現頼り

 きょうも松末(ますえ)の竜太と星丸の与太郎が口からl泡を飛ばして喧嘩をしている。喧嘩の原因はというと、相変わらず赤谷川の水をめぐってのことだ。
「お前があそこば堰き止めるけん、俺げん田んぼに水が入らんじゃろが」
「何ば言うか、お前こそ、そのもう一つ上ば堰き止めたけん、俺は困っとるたい」
 竜太は、日頃信心する権現さまに救済を求めた。権現さまは筑紫山地にあって民百姓の難儀を解決してくれる有り難い仏さまである。
「どうして喧嘩になるのか? 星丸では一つの迫に一つの堰と決っておろうが。星丸には迫は七つある。その内の一つは、我の飲み水として人間が手をつけてはならないもの。ほれ、獺(うそ)の口のあの迫から引き込んでおる溜池のことじゃ。残り六つの迫を、お前と与太郎で仲良く三つずつ分け合えばよいではないか」
「ばってん、権現さま。その迫が権現さまの分も入れて六つしかなかとですよ。そいで、俺が一番上の迫、二番目は与太郎と分けていくと、与太郎の分が足りんごとなるとです」
「そんなはずはないのじゃが・・・?」


迫の奥は深い山地

 権現さまは再調査を約束して、竜太を家に帰された。

山姥と権現さまの賭け

 一方、与太郎はというと。これまた救いを求めて北方に聳える広蔵山の山姥(やまんば)を訪ねた。
「実はの・・・」
 山姥が打ち明けるには・・・。
 七つある迫の一つを権現さまが独占するから、腹をたてて迫の一つを山姥が隠したのだという。だから、星丸には迫は6つしかない。今さら白状するのも面白くないから、どうしたらよいもんかと思案中だと。
 山姥は、この地方の山奥で300年も生きている婆である。その怪力たるや、小さな山くらいなら頭上に抱え上げて、有明海までも投げ飛ばすほど。そんなことから、人間は彼女のことを「山女(やまめ)」とか「鬼女」とか呼ぶ。そんな婆だから考えることもえげつない。 


赤谷川沿いの迫


 しばらくたって、山姥が権現さまを呼び出した。
「よう、権現さま。仏と山姥が山の中で角突き合わせてばかりでは、民百姓もはた迷惑じゃろう。わしと賭けをして、負けた方がこの山から出ていくということで勝負をしなさらんか」
 権現さまとて、人間を浚って食べたり、赤谷川に毒を流して川下に泳いでいる鯉を「鯉ウィルス」にかからせるような山姥は許しておけない。
「権現さまよ、星丸に七つの迫があることはご存知じゃろう。わしが今晩中にそのうちの一つをどこかに隠す。それを権現さまが明日中に探し出すということではいかがかな。権現さんが運良く見つけたら、わしは潔くこの山からよその国に去っていく」
 権現さまは、捜しても見つからなかった迫を山姥が隠していたとは、さすがに気が付いてなさらない。だが、婆に「運良く」なんて徴発されたもので、その勝負を買って出なさった。

権現さまが去った

「権現さま、迫は見つかりませんか?」


のんびり野焼きの迫住民(2009年11月)

 竜太が不安げに訊いた。
「山のことは仏より山姥のほうが一枚上のようじゃのう。負けた。我は明日の朝、この山を出て行く」
「そんなあ、それじゃ俺が田んぼにひく堰はどうなるんです」
「心配するでない。我の飲み水にしている迫をお前に譲る。ここに我の身代わりの松を植えておくほどに、もめた時は呼ぶがよい」
 竜太は権現さまに手を合わせて感謝した。
「さらばじゃ」
 権現さまが口笛を吹くと、どこからとなく全身真っ白な獅子が現われた。権現さまは獅子の背中に飛び乗ると、一鞭打って宙に舞い上がり、筑後川に沿って有明のほうに消えていかれた。

 それからというもの、竜太と与太郎は三つずつの迫をうまく分け合って、ここらあたりの棚田耕作を発展させたんだと。
 星丸地区には、現在も冒頭の六つの迫がある。そして権現さまの置き土産である「権現松」も健在だとか。(完)

 杷木町から小石原に向かう時、必ず通る星丸地区。赤谷川に沿って車を走らせるのだが、いつきても美しい棚田が迎えてくれた。「山姥伝説」が多いこのあたり、大むかしを想像するだけで楽しかったのだが。
 そんなのどかな迫の景色も、この度の豪雨が一変させた。赤谷川に乙石川が合流するあたり、松末小学校の校庭から子供たちの元気な声が消えた。1日も早く、以前に戻って六つの迫の村落が復興できますように。

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