伝説紀行 両神社のキツネ石  小国町


【禁無断転載】

作:古賀 勝

第155話 2004年04月25日版

2007.09.16
プリントしてお読みください。読みやすく保存にも便利です

 僕は筑紫次郎。筑後川のほとりで生まれ、筑後川の水で産湯を使ったというからぴったりの名前だろう。年齢や居所なんて野暮なことは聞かないでくれ。
 筑後川周辺には数知れない人々の暮らしの歴史があり、お話が山積みされている。その一つ一つを掘り起こしていくと、当時のことや人物が目の前に躍り出てくるから楽しくてしようがない。行った所で誰彼となく話しかける。皆さん、例外なく丁寧に付き合ってくれる。取材に向かうときと、目的を果たして帰るときとでは、その土地への価値観が変わってしまうことしばしば。だから、この仕事をやめられない。

両神社の狐石

熊本県小国町


小国町の両神社 

悪戯好きな和尚さん

 小国町の両神社は、筑後川源流域・小国郷民の守り神である。社記によれば、仁徳天皇の(みぎり)に高橋大神を祀り、反正天皇の時代に火宮大神を祀ったことから「両神社」と呼ぶようになったとか。鬱そうと繁る楠の大木と、地面の苔群が、その歴史の古さを物語っている。秋の大祭は、近郷近在から善男善女が集い、お宮さんが大賑わいするという。
 神仏混合の時代(明治維新以前)。大祭には恒例として、満願寺(南小国町)の和尚が参列した。満願寺の法印和尚は寺の格式にしたがって正装し、志賀瀬川を2里(8キロ)下って両神社に出かけた。今でこそ国道や県道が整備されて、しゃれた店などが並ぶが、その頃は、雑木と竹藪と田んぼだけの、本当に寂しいところだった。


南小国町の満願寺

 和尚が動馬木(どうめき)地区から矢津田地区までやってきた。目の前の大きな岩の陰から、ふさふさの毛を持つ動物の尻尾が見えた。遠巻きに岩の向こうに回ってみると、大きなキツネが昼寝中だった。根から悪戯好きの和尚さん、キツネの耳元に近づくと、「ワァーッ」と大声を発した。
 キツネはたまげて、すたこらさっさと逃げていった。

酔っ払って帰路につく

 その日の大祭は、お天気にも恵まれて大賑わい。和尚さんも郷の賓客としてもてはやされ、したたかお神酒をいただいた。
「さて、庸水への土産は何にしようか」
 庸水とは、法印和尚にとってたった一人の弟子である。最近生意気にも和尚に意見をするようになった。朝夕のお勤めや食事のときの礼儀作法など、いちいち煩くてうんざりしている。
「あいつ、もう15歳だし、飴玉でもなかろう。成人男子の遊び道具などはまだ早いし…。何にしようか」悩むこと。境内の露店を冷やかした後、おぼつかない足取りで満願寺への帰路についた。
 途中まで来たところで、若い男が、馬の手綱を引いて待っていた。
「おお、庸水か。迎えに来てくれたか」

なかなか着かない満願寺

 法印和尚は馬の背中でいい気持ち。日もとっくに暮れてあたりは暗闇になったが、いつまでたっても寺の屋根が見えてこない。
「こんなに長く馬に乗っていると、尻が痛うてたまらん。皮が剥けそうじゃわい。下ろしてくれい、庸水」
 どんなに和尚が頼んでも、庸水は知らん顔。そのうち東の空が白んできた。


両神社境内

庸水、下ろせ。言うこと聞かないと、破門にするぞ!」
と思い切り怒鳴りつけた。
「破門でございますか。私を破門して、和尚さま。明日から面倒な檀家を相手にどうなさいます?」
 初めて庸水の声がはっきり聞こえた。目の前に座っているのはまさしく弟子の庸水だ。それでは尻の皮が剥けそうに痛い馬の背中とは…。
「和尚さん、よくこんなところで眠りましたね。和尚さんが跨っているの、石ですよ」
「なに? わしが乗っているのは、馬じゃのうて石じゃと?」
「馬の背中に似てると言えばそうかもしれませんが。風邪を引きます、早く寺に帰りましょう」

狐に騙された?

 何がどうなっているのか訳もわからず周囲を見渡した和尚さん。ここは両神社から満願寺に向かう山の中だった。そういえば、昨日このあたりで尻尾の毛が見事なキツネに出会ったことを思い出した。和尚さんが昨日からのことを話すと、庸水が思わず噴き出した。
「和尚さんの悪戯が過ぎて、キツネを怒らせたのですよ。山の中の石と馬の背中を間違えたのも、キツネに騙されたからです」
「実はあなたがもうろくしているからです」と言いかけて、庸水は言葉を飲み込んだ。
「それより、和尚さん。今日は、おととい亡くなった庄屋さんのお母さんの葬式ですよ。忘れたら、いよいよ寺は潰れますよ」
 まだ頭の芯の痛さが治らない法印和尚、今度は本当の弟子が引く馬に乗って満願寺へと急いだ。(完)

 このお話、まんざら作者のでたらめでもないですよ。矢津田地区には、法印和尚が座ったと言われる大きな石が据えてあり、何となく馬の背中に似ているそうだから。まさか弟子の庸水が世間に和尚の失敗を言いふらしたわけでもないでしょうが、この石のことを「狐石」といい、字名にも「狐石」がありますそうな。

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