伝説紀行 お皿3枚のカッパ  柳川市


【禁無断転載】

作:古賀 勝

第152話 2004年04月04日版
再編:2019.03.10
プリントしてお読みください。読みやすく保存にも便利です

 僕は筑紫次郎。筑後川のほとりで生まれ、筑後川の水で産湯を使ったというからぴったりの名前だろう。年齢や居所なんて野暮なことは聞かないでくれ。
 筑後川周辺には数知れない人々の暮らしの歴史があり、お話が山積みされている。その一つ一つを掘り起こしていくと、当時のことが目の前に躍り出てくるから楽しくてしようがない。行った所でだれかれとなく話しかける。皆さん、例外なく丁寧に付き合ってくれる。取材に向かうときと、目的を果たして帰るとき、その土地への価値観が変わってしまうことしばしば。だから、この仕事をやめられない。
お皿が三枚のカッパ

福岡県柳川市


柳川のカッパ

『カッパの習性』おさらい

 待ちに待ったカッパのシーズン到来である。まず河口近くに住むカッパにご登場願おう。筑後川周辺に住み着いているカッパは、頭にお皿のようなものを乗せている。お皿が濡れている間は、例え陸に上がっても自由自在。身長は10歳くらいの男の子の平均値くらい。皮膚は濃い水草色で、近づくとキュウリと同じ青臭い匂いを発する。彼らの趣味は相撲をとること。
 困ったことに、未だに人間の子供や家畜の足に食らいついて水中に引きずり込む悪戯癖が治らない。ある時には、溺れた子供の腸(はらわた)を抜いて食べるとも言うが、誰もそれを見たものはいない。


蒲池あたりの掘割


 さて、今回登場する蒲池のクリークを塒(ねぐら)にしているカッパは、以上の「常識」とはかけ離れていて、頭の皿が3枚もくっついている。皮膚も緑色ではなく、どちらかといえば赤茶けた感じ。突然変異なのか、それとも違ったカッパ種なのか、偉い博士たちも未だ結論を出せずに困っていらっしゃる。

愛馬の足に3枚皿のカッパが

 今年も菜の花が終って田起こしが始まった。蒲池村のうな六どんという男、一日の重労働を終えてくつろいでいると、突然愛馬の悲鳴が聞こえた。慌てて馬小屋に走ると、アオが怯えたような仕種で狭い場所をグルグル走り回っている。
「どげんしたかんも?」
 アオの足元をよく見ると、頭に3枚のお皿を乗せた茶色の体毛をしたカッパが手綱をくわえて引きずり回していた。突然のことで頭に血が上ったうな六どん、カッパの後ろに回って羽交い絞めにした。
「俺の大事なアオに、なんちゅうこつばするばんた。おまいが頭ん皿ば叩き割ってやろうか。それとも、お天道さんにさらして、お皿ばカラカラにしちくりゅうかね」
 うな六どんは、恨みつらみを吐き出しながら、荒縄で縛った結び目をこれでもかこれでもかと締め上げた。

悪さしない証文代わりに片腕を

「助けてくれんの、お願いですけん」
 カッパは、涙ながらに命乞いをした。
「そげん泣くぐらいなら、なして悪かこつばすっとか」
「いえ、悪さばするつもりはなかったとです。最近遊び相手がおらんで寂しかったもんで、馬と綱引きでんしようち思うて」
「すらごつ(嘘)ば言うな」
「嘘じゃありまっせん。これからも人間さまに悪さばしまっせんけん、許してつかわさい」
「そいでん(それでも)信用はでけん。悪さばせんちゅう証明ばせにゃ」
 うな六どんが調子に乗って、カッパに証文を書かせようとした。
「そげん私んことば信用してもらえんなら、この片腕ば切って1年間あんたさんにお預けいたしまっしょ」


カッパたちは昼から酒盛り

「腕を切り離したら、二度と繋がらんぞ」
 少々うな六どんの方が心配になってきた。
「大丈夫です。1年後に片腕を返してもらえれば、すぐ元通りに繋がります。カッパは、骨接ぎと肉の接着術は得意中の得意ですけん」
 カッパは言うなり、そばにあった鉈(なた)で自分の片腕を切り離した。

信用できないのは人間かも

 うな六どんは、カッパから預かった片腕を紫の袱紗(ふくさ)に包んで桐の箱に入れ、神棚に供えた。


カッパは澱みがお好み

 ところが、人の噂は恐いもの。どこから漏れたかカッパの手のことが村中の噂になった。そのうちに、「カッパの手ば見ると、運が向くげな」、「触ると、病気が治るげな」、「毛を持っていると金持ちになるげな」なんてことになり、来る日も来る日も、うな六ドンの家にカッパの手を見に来る人が堪えなくなった。
最初は、「見るぐらいなら、減るもんでもなかし」と見せていたが、そのうちに人々は触りだし、毛をむしるようになった。うな六どんが気がついたとき、カッパの手は見るも無残な状態に。
 そして1年後、赤毛で3枚のお皿を持つ例のカッパがうな六どんの庭先にやってきた。
「私はあなたに約束したとおり、その後人間さまから嫌われることは何もしておりません。約束ですけん、私の片腕ば返してつかわさい」
「実は…」
 困ったうな六どん、カッパの前に跪いて、これまでのことを話して謝った。
「そうですか、人間は何か悪いことが起こるとすぐカッパのせいにしますばってん、約束も守られんようなもんが人間ですか。悲しかですね」
 片手を返してもらえなかったカッパは、人間に対する不信感だけを募らせて、寂しそうにクリークに戻っていった。
 申し添えますと、その年の柳川地方には雨が降らず、沖端川も干上がってしまい、米が取れなかったとのこと。本流の矢部川には、溢れんばかりの水が流れているというのに。
「農業用水を管理しているカッパが、し返しに水ば運ばなかったのかも」とは、評論家先生の弁である。
「それは西暦何年のことかんも?」と訊かれても、僕は知りません。(完)

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