辛抱すれば大魚も釣れる
八つ滝のエノハ
福岡県矢部村
写真は御側川上流の八つ滝
滝壺の珍魚が食べたい
江戸時代の中頃、矢部村の御側川(おそばがわ)ほとりで、父子が細々と暮らしていた。父親の照造は、寄る歳には勝てず最近寝たり起きたりの生活である。15歳になったばかりの息子仙太郎は、育ててくれた父親にこんなときこそ親孝行をしなければと、山仕事から炊事洗濯まで一人で意気込んでいた。
そんな夏のある日、照造が息子に頼みごとをした。
「最近聞いた話じゃが、ここから数えて八つ目の滝壺にはエノハとかいう珍しか魚が泳いどるげな。父ちゃんな死ぬ前に一度でよかけん、そんエノハちゅう魚ば食いたか」
下から八つ目の滝だから「八つ滝」と名づけられたものらしい。仙太郎の家からは、山中の雑木や雑竹をかき分けながら急坂を登っていかなければならない。それでも世の中で一番大事な父の願いとあれば聞かないわけにはいかなかった。
岩上に白髪の老人が現われて
エッコラ川伝いに登っていってやっと八つ滝に着いた。早速滝壺に釣り糸を垂れたが、釣れるのは雑魚ばかり。釣った魚をすべて水に戻してまた糸を垂れた。いつまでたっても釣り糸の先のウキが動かない。
エノハ(ヤマメ)
「今日は諦めるしかないか」、仙太郎は泣きそうな顔をしながら、帰り支度にかかった。
「そこな少年、どうしてそんなに早く諦めるのか?」
頭の上からしわがれ声が下りてきた。見上げると、滝ノ上の岩に腰をかけた白髭の老人が。
「釣れないものは仕方がなかろうもん」
仙太郎が言い返した。
「そうか、そうか。おまえの親孝行とは、その程度に安っぽいものだったのか」
老人の嘲け笑いに、仙太郎の堪忍袋が切れそうになった。
「ご免、ご免。おまえがそんなに怒りっぽい子供だとは知らなかったもんだから。ところで、おまえのおとっつあんは、エノハを食したいと言ったのではないのか」
驚いた。仙太郎しか知らない会話を、老人はみんなお見通しなのだ。
榎の葉っぱが水に沈んだ
「よいか、少年。そのエノハとやらいう魚を1匹だけくれてやろう」
「・・・・・・」
「エノハは、水が美しい渓流にしか棲めない魚だ。少しでも川を汚くしたらすぐに死んでしまう。そこでだ、おまえはエノハを守るために、死ぬまでこの山の水を大切にすると約束できるか」
「父ちゃんの望みが叶えられるなら何でも聞くけん、早うエノハば恵んでくれんね」
「よしよし、やっと素直になったな」
「ヨッコらしょ」、老人は6尺もありそうな杖を頼りに立ち上がると、目の前の榎(えのき)の枝から葉っぱを4枚もいだ。手のひらの葉っぱに、何やらおまじないみたいなことをかけた老人が、眼下の滝壺に投げた。すると葉っぱはそのまま水中に沈んでいった。
「よいか、少年。おまえのようにすぐ諦めていたら、大きな人間にはなれぬぞ。親に孝行したくば、必要なことには辛抱強く立ち向かうのじゃ。わかったか、少年!」
1匹だけの贈物
声が途絶えて見上げたら、もう岩の上に老人はいなかった。
「あっ、ウキが沈んだ!」
仙太郎が、釣竿に神経を集中して釣り上げると、両の掌からはみ出すほどに大きな魚がかかっていた。仙太郎が今までに見たこともない、目をこすって見たくなるような色鮮やかな魚だった。小判型黒斑と美しい小さな朱紅点が規則正しくならんでいる。滝の下流の橋
「一度に釣るのは、1匹だけ」と言った老人の言葉を思い出し、仙太郎は滝壺に未練を残しながら父の待つ我が家に帰っていった。
そんなことがあって、仙太郎が釣った美しい魚を、榎の葉をとって「エノハ」というようになったそうな。そして、仙太郎とその子孫によって、今もエノハは矢部村の名物として生き続けている。(完)
八つ滝に行くには、杣(そま)の里公園から細い山道を登っていかなければならない。まさに大自然のど真ん中という感じ。水が落ちる音を聞きつけて谷川を入ると、落差20bほどの滝があり、目上には白髪の老人が似合いそうな、ゴツゴツした大岩から、大量の水がこぼれ落ちていた。
矢部村を象徴する石割山
滝壺はそんなに広くないが、あれだけの勢いで、大むかしからたたきつけられていたら、やはり水深は相当なものだろう。
ところで「エノハ」だが、どこかのホームページには、「九州ではヤマメのことをエノハと呼ぶそうな。九州西部にのみ棲息し、・・・」とあった。因みに広辞苑では、「エノハは榎葉と書き、ヤマメの方言。アメノウオと混称やすい」とだけしか書いてない。
矢部村発行の村史では、「栗原与一という人の兄市蔵という人が、出稼ぎ先からエノハを持ち帰り、八つ滝に数尾放流したので、「エノハ」が御側川に棲息するようになったのだとか。「エノハ」は、アマゴ・アメノウオとも呼ばれ、サケ科の一種である。全長40センチくらい。おもに川上の清流にすむ寒帯性の魚類である。ヤマメの地方型であるという学者もいる。体側の小判型黒斑と美しい小さな朱紅点がある。3〜5年で産卵し、産卵後は雌雄とも死ぬ。串焼き、フライなどに調理し、山間の珍味として食卓を賑わす」とある。
こんなお話を書いていてこのわたし、未だにエノハを食べたことがないとは情けない。