よがんのん・あさかんのん
瀬高町の清水(きよみず)さんといえば、1200年前に最澄(伝教大師)がねむの木で彫ったといわれる高さ5bの千手観音像で有名な寺だ。この寺では、毎年8月6日から10日の朝にかけて大護摩祈祷(ごまきとう)が行われる。この日にお参りすると、4万6000日分のご利益(りやく)があるというから、「夜観音・朝観音」と呼ばれる祭りには、善男善女が競って山を登ったらしい。
江戸のむかし、観音さまをお祭りする清水山を見上げる金栗というところに、万金という長者が住んでいた。長者屋敷にはタカ夫人とその娘ヨシ、それに前妻の娘シズが暮らしていた。よくある話だが、夫人は我が子かわいさで、シズに辛くあたってばかりだった。タカは、15歳になった娘に養子を貰って跡を継がせようと企んでいる。間違っても前妻の子にだけは思うようにさせてはならない。
今日は年に一度の、清水さん(観音)のお祭りの日。
「シズちゃん、いっしょによがんのん(夜観音)さんにに行こう」
隣のマキちゃんがきれいな着物を着て誘いに来た。いつもどおり継ぎはぎだらけの粗末な着物を着たシズは気まずそうに首を横に振った。矢部川から清水山
「おかあさんの許しがないの」
シズは悲しそうに答えた。その様子を物陰から見ていた義妹のヨシが、母親のタカに告げた。
「一人前の仕事もできないくせに、何ば言いよるかんも」
タカはシズを叱った。
「でも…、お友達がみんな行くから、私も行かせて」
生のごぼうでご飯をつくれ
「おっかちゃんが言うとおりに仕事ばしたなら行かせてやるばん」
「何でも聞きますけん、行かせて」
シズが涙ながらにお願いした。
「そんなら、家の中ば掃除して、ご飯ば炊きなさい。たきもん(薪)は、生のごぼうば燃やしてばの。そいがいっちゃん(一番)うまかけん。ああ、それから、風呂ば沸かさにゃばい。風呂の水は笊(ざる)で汲んだもんでなかといかんばの。そいがいっちゃん、気持ちんよかけんね。そいだけやったら好きなごつよがんのんに行ってもよかばんた」
「あのー、小遣いばちょっとばし(少し)…」
蚊の鳴くような声でお願いすると、タカの血相が変った。
清水寺の山門
「何ちこしゃくなこつば言う子じゃか。小遣いはヨシにやらにゃならんけん、おまえにはやらんばんた」
タカは着飾ったヨシの手を引いて、さっさと清水さんへの参道を登っていった。
笊で水を掬って風呂を焚け
「何ばそげなとこで泣きょっと?」
声をかけたのは、死んだ母親の妹、つまり叔母のカナだった。わけを聞いて、カナさんの頭からかっかと湯気が立ち上った。
「こげな広か屋敷ば一人で掃除しろちは、ひどか話ばんも。よかよか、叔母ちゃんが加勢してやるけん」
2時間かけて、やっと家の中の掃除が終った。
「さあ、日も暮れるけ、早う観音さんに行かんかんも」
カナさんが、小遣いを持たせてよがんのんに行かせようとすると、シズがまた泣き出した。薪を使わず、生のごぼうを燃やしてご飯を炊く仕事が残っていたからだ。またまたカナ叔母さんの頭に血が上った。
「どげなこつ(ひどいこと)でん言う親もいるもんたん。継母(ままはは)ちゃ、こげなもんかんも」
カナさんはしばし考えた。
「よか、叔母ちゃんに任せとかんね」
カナさんは、しなびた生のごぼうに行灯(あんどん)の油を丁寧に塗ってくど(竈)に放り込んで火をつけた。すると、ごぼうの焚き物が勢いよく燃えた。
「もうよかろうもん、シズちゃん、早う行きなさい、友達が待っちょろが」
「まだ、風呂が…」
風呂の水は笊(ざる)で掬くうことが条件になっている。乗りかかった舟とばかりに、カナさんがまた考えた。
「よかね、あたいの前掛けは、少々のこつじゃ水はもらんばんた。こりば笊の下に敷いて水ば汲んだらよかばんも」
さすが、お母さんの妹だけあって頭がいいと感心するシズであった。
娘はいらんかんも〜
「よう似合うね、死んだお母ちゃんの若いときにそっくりばんも」
叔母さんが、箪笥の中から亡き母の晴れ着を取り出してシズに着せてやった。
「もう、お友達もおらんじゃろうけん、叔母ちゃんがつれていってやるばんも」
美しい着物にポックリ(下駄)を履いて、カナ叔母さんに手を引かれたシズは嬉しそうに出かけていった。
無邪気に喜ぶシズを見て、瀬高の街で一番金持ちの浜田屋の息子・啓太郎が一目惚れした。早速翌日には使いが来て、正式に縁組が成立した。ほっと胸をなでおろす万金。おさまらないのが継母(ままはは)のタカ。
「おまえには、浜田屋の100倍も大きな店の若旦那を探してやるばんも」
義姉に負けて悔しがるヨシを涙ながらに慰めるタカであった。そこで、ヨシに花嫁衣裳を着せ、飾りつけた馬に乗せて瀬高の町中を歩き回った。
「日本一の花嫁はいらんかんも〜」
タカがありったけの声を張り上げて、花婿になりそうな若衆に呼びかける。ヨシは何度も髪の乱れを直したり、着物の裾を気にしたりして忙しい。
「とうとう、万金さんの嫁さんも気が狂いなさったばんも」
「前妻さんの娘ば、あげんひどういじめるけんたいね」
変な母子の姿を横目で見ながら、街の人たちの冷ややかな目。
タニシになった意地悪母子
日も暮れて、タカの声は嗄(か)れて、ヘトヘト。ヨシも馬の上でコックリコックリ。大根川にさしかかったところで、馬が足を滑らせて、すってんころりん。母子ともども帰らぬ人になってしまった。それどころか、死体さえ上がらなかった。
「お嫁に行きたい」「花嫁はいらんかんも」、いつしか大根川の岸を歩いていると、川の中からささやくような、泣いているような声が最近まで聞かれたそうな。それもどうやら、砂を這っている2匹のタニシの声らしい。
「継子いじめした罰があたって、とうとう母子ともどもタニシになりなさった」と、しばらく街の噂で賑やかだったとか。(完)
瀬高という町は、東に聳える清水寺を除いて語れない。むかしは大勢の修行僧が山の中を走り回っていたとか。清水が流れ落ちる小川沿いに参道が続いていて、周囲の原始林で昼なお暗い。春は桜、夏は涼、秋はもみじ、冬は遠景の有明の海がきれいだ。一年中見所がいっぱいの寺で、町出身の方々の自慢の種である。
そんな門前町だからこその「継子いじめ」の話だろう。
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