伝説紀行 黒髪井戸  筑前町(夜須) 古賀 勝作


【禁無断転載】

作:古賀 勝

第114話 2003年07月06日版

2007.10.21 2017.02.25 2019.01.27
プリントしてお読みください。読みやすく保存にも便利です

 僕は筑紫次郎。筑後川のほとりで生まれ、筑後川の水で産湯を使ったというからぴったりの名前だろう。年齢や居所なんて野暮なことは聞かないでくれ。
 筑後川周辺には数知れない人々の暮らしの歴史があり、お話が山積みされている。その一つ一つを掘り起こしていくと、当時のことが目の前に躍り出てくるから楽しくてしようがない。行った所でだれかれとなく話しかける。皆さん、例外なく丁寧に付き合ってくれる。取材に向かうときと、目的を果たして帰るときでは、その土地への価値観が変わってしまうことしばしば。だから、この仕事をやめられない。

五玉の黒髪井戸

福岡県筑前町夜須


五玉神社の黒髪井戸

いくつになっても黒髪は憧れ(だった)

 日本の女性は、古来より「カラスの濡羽色(ぬればいろ)」に憧れてきた。夜須町から見上げる三箇山(さんがやま)の頂に建つ五玉神社は、そんな女性の願いごとを聞いてくれる神さまなのだ。
 ときは、五玉神社が建てられた宝暦4(1754)年よりずっと以前のこと。夜須の郷(現福岡県筑前町)に権兵衛とトキの夫婦が住んでいた。
「あたしの髪が、黒かったら」
 トキさんは今日も鏡の前でため息ばかり。
「今より綺麗になってどげんするとか?」


夜須町から望む三箇山


 権兵衛さんは、奥さんのため息が気に入らない様子。
「そうなったら、あんたよりもっとよか男を旦那にしたい」とも言えないトキさん、ただ恨めしそうに髭面の亭主の顔を眺めるばかり。
 いつものように田んぼの雑草抜きをしていたトキさん。ふと空を見ると白色と黒色の2羽のカラスが三箇山に向かって飛んでいった。しばらくすると、2羽の黒いカラスが三箇山から降りてきて南の方に飛んでいった。

写真:白いカラスは、日本野鳥の会筑豊支部広塚氏が福岡県香春町で撮影したもの(西日本新聞より)。

白いカラスが黒くなった

 トキさんは、翌日もまた同じ光景を目撃した。そこで亭主の権兵衛さんの手を引いて、三並川を遡り、三箇山に分けいった。鳥の羽音がするので岩陰から覗くと、夫婦の目は一点に釘付けに。
 先ほど上空を飛んでいった白いカラスが、湧き出る水に羽を浸け、身動き一つしていない。すぐそばの木の上では、黒いカラスが周囲を見張っていた。


筆者の友だちのガーコ(2019年05月撮影)


 しばらくして、水に浸っていたカラスが出てきた。あら不思議、カラスの白い羽が黒く変わっているではないか。それも、清水に濡れた姿は、木漏れ日が反射して目もくらむほどに美しい。木の上の黒いカラスに促されて、2羽のカラスは、また夜須の郷の方に飛び去った。
「私も・・・」


写真:黒髪井戸の中

 権兵衛さんがあっけに取られている間に、トキさんはさっさと着物を脱いで、先ほどまでカラスが浸かっていた水に白髪頭を浸した。
「そげなこつばしてもムダたい、ムダ」と言いかけた権兵衛さん。仕返しが恐くて口をつぐんだ。3時間も浸けていただろうか、トキさんが頭を持ち上げると、あのごま塩頭が真っ黒に。その艶かしいこと。
「ほんなこつ、お前か?」と問い直すほどだった。
 トキさんの白髪頭が黒くなった話は、瞬く間に村から街へ、ついには都の公家館まで届いた。
「九州の夜須の郷には、『白羽染めの井戸』があるそうですよ」と、侍女に聞いたお姫さま。顔立ちは申し分のないお姫さまだが、本来黒いはずの髪の毛が赤茶けた状態で縁談もなく悩んでいるところだった。
「婆や、カラスの羽が染まるなら、私の髪も・・・」と誘い、遥々夜須の郷から三箇山に上って行かれた。これが、五玉の黒髪の井戸のはじまりだとか。(完)

 五玉神社は、文字どおり5個の丸い石を神さまとして祀ったお宮さんだ。普通の神社と違うのは、むかしだったら人も寄り付きそうにない山の中ということ。しかし、女性が丸い石を抱けば欲しかった子宝に恵まれるとあって、信仰深い皆さんがはるばる山を登っていきなさったのだろう。


写真:五玉神社の5つの祠

 さて、白髪頭を黒髪に染めてくれる五玉神社の井戸はというと、夜須高原の国立少年の家のすぐそばにあった。神社の拝殿脇の井戸を覗くと、物語どおりに綺麗な水がこんこんと湧き出ている。こんなに綺麗な水に浸ければ、白髪も黒く染まるかもしれない。
 日本の女性の髪の色が赤かったり青かったり、国籍不明になってから久しいが、「カラスの濡羽色」が女性の髪の主流として復権するまで、この井戸を大事に保存して置いて欲しいものだ。

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