伝説紀行 麻生池の弁財天  星野村


【禁無断転載】

作:古賀 勝

第113話 2003年06月29日版
再編:2018.07.15

プリントしてお読みください。読みやすく保存にも便利です

 僕は筑紫次郎。筑後川のほとりで生まれ、筑後川の水で産湯を使ったというからぴったりの名前だろう。年齢や居所なんて野暮なことは聞かないでくれ。
 筑後川周辺には数知れない人々の暮らしの歴史があり、お話が山積みされている。その一つ一つを掘り起こしていくと、当時のことが目の前に躍り出てくるから楽しくてしようがない。行った所でだれかれとなく話しかける。皆さん、例外なく丁寧に付き合ってくれる。取材に向かうときと、目的を果たして帰るときでは、その土地への価値観が変わってしまうことしばしば。だから、この仕事をやめられない。
池の山弁天さん
福岡県八女市星野村


麻生池の弁天堂 

涸れることない池の山

 星野村は、総面積の60%が標高300b以上の山岳地帯である。南北朝時代に征西将軍として九州にあった後醍醐天皇の孫の懐良親王(かねよししんのう)が、人生の最後を送った場所だとも伝えられる。
 そんな時代より更にむかしのこと。この年は山に雨が降らず、下流域の筑後平野では作物がまったく育たなかった。来る日も来る日も、百姓たちが星野の池の山で雨乞いした。山の上の麻生池には、雨を管理されている神さまがおいでだからだ。麻生池は、どんなに日照りが続いても涸れることがない不思議な池なのである。


池の山の麻生池(2010年4月28日撮影)

 もし神の意向を無視して勝手に水を汲み出そうものなら、その祟りは子々孫々にまで及ぶことを知っているから、人々はただ拝むだけであった。

熱心に願かけたら雨が降り出した

 段々畑で有名な星野村の宮蔵に住む治助は、川下の人たちが田植えができなくて難儀していることを気の毒に思い、麻生池の縁で七七49日の願掛けをした。いよいよ満願の朝がやってきた。一番鶏が鳴き、耳納(931b)の稜線に白みが浮き上がる時刻、治助が目を覚ますと、目の前に体長が1bもありそうな真っ白の蛇が現れた。
「よくぞ、49日間頑張りましたね」
 蛇の口から出る声は確かに人間の、それも女の声であった。
「あなたの、他人をいたわる気持ちにほだされました。間もなく山一帯に雨を降らせましょう。今後も神を祈る気持ちを忘れないように」
 白蛇は話し終わると、静かに麻生池の水中に潜っていった。そのときである。周囲の山を黒雲が覆い、大粒の雨が降り出した。
「ありがたや、ありがたや」
 治助は額を地べたにこすり付けて池の中の白蛇に感謝した。雨は1週間降り続き、山から里へと、星野川が大水を運んでいった。

白蛇の正体は…

「そん蛇は、きっと池の山の弁天さん(弁財天)に違いなか」
 村人は治助の話を聞いて、降雨を喜ぶ前に白蛇の推理に忙しかった。
「ばってん、治助もその蛇の正体ば見たわけじゃなかろうに」
 割って入ったのは、近くのお宮で神官をしている延之丞。
「池の中の弁天さんは、口では言われんごつ美しかげな」
「私がもう一度その白い蛇に会って、直接この目で弁才天さまのお姿を拝んでみよう」
 延之丞は本気のようだ。
「弁財天といえば、遠い西の国から渡ってきた絶世の美女ちゅうじゃなかね。そんなこと言って、延之丞さんはその美人のナニば拝みたかつじゃろ」
 そばで聞いていた和一がいやらしい仕草で神官を冷やかした。延之丞は、そんな下すの口など気にしないとばかり、神職らしく白装束に着替えて池の山に出かけていった。

*弁財天:音楽・弁財(弁舌の才能)・福智・延寿・除災・得勝を司る天。琵琶を弾く。もとは、河川を神格化したもの。吉祥天とともにインドでもっとも尊ばれた女神。
*弁天:弁財天の略。娘のこと。
*弁天娘:弁天のように美しい娘。

 延之丞もまた、治助と同じように49日間の願掛けに入った。だが、治助と違うのは動機である。一生に一度でいいから、世界的な美女に会いたいとの一心で、飲まず食わずの苦痛に耐えようとする延之丞。
 49日目の早朝、やはり白蛇が現れた。
「一生のお願いでございます。どうかあなたさまの本当のお姿を拝ませ給え」
 延之丞は、目の前の白蛇に手を合わせた。
「いいでしょう、そこまで言うのなら。ですが、これだけは承知しなければなりませんよ」
 白蛇は、人間の言葉で延之丞に念を押した。
「なんなりとおっしゃってください。弁財天さまのお姿が拝めるのなら、どんな苦痛にも耐えられますけん」
「わかりました」
 白蛇は、ゆっくり向きを変えて池の中に消えた。そして再び姿を見せたときは、頭に黄金の冠を載せ、手に琵琶を持ったこの世のものとは思えない美しい人間の女性であった。
「よろしいですね。あなたはこれから、永劫に私の下僕として生きなければなりません。従って妻を持つことも、もちろん子をつくることもできません。私から逃げようとしても無駄ですよ」
 弁才天は心行くまで延之丞に姿の隅々まで見せたあと、またゆっくりと麻生池に消えていった。

信心の相違

 1年たっても夢心地の延之丞。本職の神官を捨てて毎日池の山の麻生池に参り、拝んだあとは池の周りの雑草を抜いたり掃除をして過ごした。
 治助もまた、毎日池のそばの弁財天神社にお参りした。
「上妻・下妻(福岡県八女郡)の民百姓は、あなたからたくさんの水をいただいて、今年も豊作を喜んでおります。これからも末永く、弱い立場の人たちの味方であってください」
 治助の祈りを、そばで延之丞が首を傾げながら眺めていた。(完)

 ある梅雨の晴れ間に麻生池を訪ねた。いつきても池の景色は絶品だ。「レストラン湖畔」でコーヒーを運んでくれた女性に訊いた。「この池の水の水位は、どんなに雨が降らなくても変わらないものですか?」と。「そんなことはありません。雨が降らなければ周囲の山から水が下りてきませんから」。「眺めがいいですね」。「ここはなんといっても紅葉がいいですよ。それでも本当に綺麗なときとそうでもない年があります。昨年は急に冷え込みましたから本当に綺麗でした」
 レストランのすぐそばにある物産店「おばしゃんの店・清流」では、二人の奥さんが店番をしていた。「清流というから、料理屋さんかと思っていましたよ」。「20人の主婦が作ったものを持ち寄る店ですから、そんな名前にしました。今でも雨が少ない年には方々から雨乞いに来られます。そのために、神主さんが用意して待っとらす」とのこと。「今度はぜひ秋の星祭りにこんね」と言いながら、今朝作ったというだんご餅をご馳走してくれた。星野村は景色もいいが女性もきれい。餅をくれたからお世辞を言っているのではけっしてありません。

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