伝説紀行 振動の滝 九重町


【禁無断転載】

作:古賀 勝

第108話 2003年05月25日版
プリントしてお読みください。読みやすく保存にも便利です

 僕は筑紫次郎。筑後川のほとりで生まれ、筑後川の水で産湯を使ったというからぴったりの名前だろう。年齢や居所なんて野暮なことは聞かないでくれ。
 筑後川周辺には数知れない人々の暮らしの歴史があり、お話が山積みされている。その一つ一つを掘り起こしていくと、当時のことが目の前に躍り出てくるから楽しくてしようがない。行った所でだれかれとなく話しかける。皆さん、例外なく丁寧に付き合ってくれる。取材に向かうときと、目的を果たして帰るとき、その土地への価値観が変わってしまうことしばしば。だから、この仕事をやめられない。

震動の滝の大蛇


07.03.18
07.06.17

大分県九重町


周囲数キロの大陥没地に震動の滝が(雄滝)

 JR久大線の豊後中村から長者原を目指して登っていく。桂茶屋を過ぎて間もなく、左手に「日本一の夢の吊り橋」が目に入る。筑後川の源流地帯であり、大むかしに火山活動で陥没したところに、豊富な鳴子川の水が流れ落ちている絶景である。滝の名前を「震動の滝」という。名前のとおり豪快に流れ落ちる様は、一幅の掛軸を鑑賞する気分である。
 120bの高さから流れ落ちる「男滝」と「女滝」の二筋を有する滝が間近に見られる。昨秋の開業以来、近郷近在から観光客が押し寄せている。滝壺周辺が何かにえぐられたように、周囲数キロのすり鉢状になっていることから、地元には面白い話が伝わっている。

老いぼれ竜神が爺さんに無理難題

 もちろん日本に歴史が記される以前のことだろう。現在の九重町北方(ここのえまちきたがた)あたりに住むイイダという爺さんが、薬草を探して山奥に入り込んだときのことである。昼の弁当を食べ終わって横になった。胸が締め付けられるような息苦しさで目を覚ました爺さん。気がつくとでっかい鱗のようなものが体全体を締め付けている。
「うーん、苦しい。助けてくれ」
 頭上から、直径1bもある目玉が迫った。頭には立派な角まで具えている。子供のころに年寄りから聞いたことのある竜神さまではあるまいか。写真は、吊り橋袂の「伝説の龍」
「お前が考えるように、わしは九重(くじゅう)の山全体を仕切っている竜神じゃ。命が惜しければわしの言うことを聞け」
 竜神は地響きがするような低音でイイダの爺さんを威嚇した。
「竜神さまの願いごとちはいったいどげなことでしょか?」
「わしもそうとう歳をとってしまった。もう500年もこの世に生きておるからのう。だが、まだまだ死にとうない」

生きた娘を食いたい

「それで、わしにどうしろとおっしゃるので?」
「うん、先日阿蘇の神さんの言われるには、人間の娘を生きたままで食らえばあと100年は長生きできるんだと」
「自分の同類の人間の娘を差し出せとは、なんたる悪竜神よ」
「そうか、・・・やっぱり駄目か。それなら仕方ない。お前にはわしと一緒にあの世に行ってもらおう」
「イタ、イタ、イタタタ・・・」
 竜神は願いごとを聞いてくれない爺さんをますます締め付けた。
「待ってください、竜神さま。まだあなたの言うことを聞かないとは言っておりません。何とかしますけん、どうか締め付けを解いてください」
 泣きべそかいて哀願すると、竜神は爺さんを自由の身にしてやった。そうこうするうちに半年が過ぎた。
「大変だ。地べたが動き出した」
「筌ノ口の北側の田んぼが底も見えんごとへこんでしまうた」
 村のものたちが騒ぎ出した。九重一帯に天変地変が起こったのだ。

竜神が地球をへこました

「これはきっと竜神さまの復讐たい」
 イイダの爺さんは村のものたちに一部始終を打ち明けた。
「よう話してくれた。ばってん、竜神さまちはそうとう執念深かね。これからどげなこつになるやら」
 とりあえず村のものが揃って被害の状況を視察に出かけた。北方のあたりが周囲1里にわたって陥没し、すり鉢状の穴に水が溜まって、田んぼも畑もなくなってしまっている。井戸水は枯れ、飲み水さえない。

「はははは・・・、わかったか、竜神さまの神通力が。この裏切り者め」
 天井から聞こえる声は、確かにあのときの竜神。
「許してください、私のようなものでもよかったら食べてください」
 竜神の前に進み出たのは、16歳になる村娘のカヨだった。
「私を食べるその前に、どうぞこれを」と餅米を練って作った飴をさしだした。
「そうか、よい子じゃ。わしに食べられても恨むんじゃないぞ」
 竜神は、ぶつぶつ言いながら、カヨが差し出した飴を口に入れて満足げな顔。

震動はおさまったが・・・

「こんなにおいしいものを食ったのは生まれて初めてじゃ。これでしばらく長生きができるじゃろう。もう娘は要らぬ」
 イイダの爺さん、待ってましたとばかり。
「それでは、田んぼの陥没も元通りにしてくださるので?」
「そうしたいのは山々なれど、年寄りの身にはそのエネルギーがもう残っておらぬのじゃ」
「そんなあ」
 みんなががっかりすること。
「ものは考えようじゃないか。カヨちゃんは無事だし、これ以上の陥没の心配はないし。それに、・・・田んぼはまた切り拓けばできること」
 爺さんの発言に、一同納得。
 それからである。北方(きたがた)の衆が毎年決まった日に竜神さまにお餅を捧げるようになったのは。(完)

 先日、完成から半年を経た吊り橋に出向いた。「この橋の高さは、170bもありますけん」と、ボランティアのおじさんが声をからして観光客に説明していた。つい2年前まで、手前の方から遥か彼方の滝を眺めたものだが、本当に眼前で拝ませてもらえるなんて夢のよう。他の観光客もみな満足そう。
 改めて太古のむかしの地殻変動の跡を見つめる。まるですり鉢のような陥没域の原始林の中を、一筋の川が流れている。我が筑後川の源流である。開発もいいが、橋の建設のために惜しみなく切り倒された大木が、かわいそうで仕方がなかった。

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