伝説紀行 桶冠り観音 久留米市


【禁無断転載】

作:古賀 勝

第104話 2003年03月30日版
再編:2018.07.08

プリントしてお読みください。読みやすく保存にも便利です

 僕は筑紫次郎。筑後川のほとりで生まれ、筑後川の水で産湯を使ったというからぴったりの名前だろう。年齢や居所なんて野暮なことは聞かないでくれ。
 筑後川周辺には数知れない人々の暮らしの歴史があり、お話が山積みされている。その一つ一つを掘り起こしていくと、当時のことが目の前に躍り出てくるから楽しくてしようがない。行った所でだれかれとなく話しかける。皆さん、例外なく丁寧に付き合ってくれる。取材に向かうときと、目的を果たして帰るときでは、その土地への価値観が変わってしまうことしばしば。だから、この仕事をやめられない。

桶冠り観音

福岡県久留米市


秘仏 桶冠り観音

 久留米市寺町の少林寺には、桶を冠った「観音さま」が祭られている。お顔を拝ませてもらおうと、「秘仏」を承知でご住職にお願いした。寺内に建てられた観音堂を開けてもらうと、久しぶりのお天道さまがまぶしいのか、観音さまが目をつぶられた。
「この仏さまは、数奇な運命を経て、今ここにおられるのです」とはご住職の案内であった。

長者屋敷に娘が一人

 ときは千年以上もむかしの、豊後・日田でのこと。長者屋敷で娘の玉姫が嘆き悲しんでいる。栄耀栄華を誇った長者一族だったが、昨年に長者夫婦が相次いで亡くなると、兄弟も伯父叔母も次々に病に倒れてこの世を去った。何百人もいた召使いたちも先を競うようにして屋敷を後にした。
 広い屋敷に取り残されたのは玉姫ただ一人だけ。何がこのように不運をもたらすのか分らないまま、玉姫は仏間の聖観音さまにおすがりするばかりであった。


少林寺境内

「ごめんなさいよ。表で呼んでも返事がないものだから勝手に上がってきました」
 突然見知らぬお坊さんから声をかけられた。
「身内が次々にこの世を去られたことは承知している。愚僧は残されたそなたを慰めるためにやってきた」
 お坊さんは、聖観音像に向き合うと、深々と頭を下げて読経を始めた。
「教えてください、私の家の不幸の原因を」
 玉姫は、読経の区切りでお坊さんに尋ねた。

父の罪を償うために

「あれもこれも、みんなそなたの父が犯した罪なのじゃ」
「父の罪とは?」
「そなたの父は、生前罪のない人々を苦しめて、この地方の長者に上り詰めた男じゃでな。非道の極めつけは、そなた自身のこと…」
「私の、何が?」
「父は、子供ほしさに、世間に知れ渡っていた子授け観音像にお願いした。それでも子宝に恵まれなくて、山里の寺の意思も無視して観音像を屋敷に持ち帰った。持ち帰った聖観音に朝な夕な夫婦は子授けを祈願した。そうして生まれたのがそなたなのじゃ」
 初めて聞く自分の身の上に驚く玉姫。
「どんなに極悪非道な父でも、私にとっては大切な親でございます。父の罪は娘の私が背負わなければなりません。重ねてお教え願えませぬか。これから私がとるべき道を」
「そうじゃのう。目の前の観音さまを元の寺に戻すことじゃ。子供が欲しくて待ち望んでいる山里の人たちのために」
 翌日、玉姫は仏間に安置されていた聖観音像を抱いて、一人山里に向かった。だがようやく捜し当てた寺は今は朽ち落ち果てていて、僧侶もいなかった。近所の人に訊いたら、僧は10年前に亡くなって、その後廃寺になたとのこと。玉姫は改めて、亡き父の罪の深さを思い知らされた。そして自らは生涯を仏に仕える覚悟を決めた。
 話を聞いた山里の人たちは、玉姫とともにお堂を建てて聖観音をお祭りした。そのうちに「この観音さまは子授けのほか、あらゆる願いを叶えてくれる」という噂が広がり、村人からたいそう信仰されるようになった。

何度も戦火を潜った観音さま

 それから時代は下って世は戦国時代。あの時玉姫と里人がお守りした聖観音さまは、立派な観音堂におさまって、引き続きたくさんの信仰を集めていた。
 だが、戦とは非常なもの。里人の願いも空しく、兵どもは、見境なしに家や神社仏閣に火をつけた。かつての玉姫と同じく、観音さまのご利益でこの世に生を受けた権三は、我が身の危険を省みず観音堂を戦禍から守ろうとした。
「ご窮屈ではございましょうが・・・」
 権三は、水を張った桶を観音像の頭に被せた。里人の願いもむなしく、観音堂は灰と化した。
「観音さまだけは助かった」
 兵が立ち去った後、涙ながらに焼け跡を整理していた権三の目に、桶を被ったままの聖観音像が飛び込んだ。
「ありがたや、ありがたや」
 里人は、伏して仏の無事を喜び、それからは「桶冠り観音」と名づけて、ますます信仰が深まったということ。
 江戸時代に入って、豊後の山里にあった聖観音像が、ひょんなことから久留米藩の重臣・有馬主計の手に渡った。主計は、観音さまの謂れを知って恐縮し、自分の菩提寺に移した。今日少林寺境内の観音堂に祭られている桶冠り観音がそれである。(完)

「先の大戦で久留米の町が丸焼けになっても、寺町だけは無事でした」と、ご住職は熱っぽく語ってくれた。幾度となく災難を潜り抜けてこられた観音さまに、今後も幸多かれと祈って寺を後にした。

ページ頭へ    目次へ    表紙へ