ふぐり大作戦
〜たぬき橋〜
福岡県城島町
城島町内を流れる山ノ井川
狸と狐の天国
そのむかし、城島の町から柳川に向かう道筋に「たぬき」という名前の泥橋が架かっていた。なんでそんな珍しい名前がついたかというと…。
その時代、城島はじめじめした湿地が多く、雑木の森ばかりの淋しいところだった。こんな場所にはキツネやタヌキが大勢棲んでいる。古山ではタヌキ界の大物金作が、稲荷敷には金作の宿敵であるキツネ界の女王おこんが君臨していた。双方とも「化かし」の本家を名乗って譲らず、巻き添えになる人間こそ迷惑な話であった。
その日も、金作とおこんが泥橋の上で出くわしたから、さあ大変。
「金作さまのお通りだい。そこなる薄汚い雌キツネめ、脇によけて頭を下げんかい」と、大威張りしたものだから、人・否キツネ一倍プライドの高いおこんが腹かいた(怒った)。
「何ば言いくさるか、このへな猪口(ちょこ)タヌキめが。ぬし(おまえ)こそミスジョウジマと噂の高いおこんさまの行く道を邪魔するでない」と言い返した。「どけ」「どかぬ」で1時間も角を突き合わせたあげく、「それではこの勝負、次なる果し合いで決着をつけよう」ということにあいなった。
金作とおこんが調印した果し合いのルールとは次のようなもの。
「来る5月5日、泥橋の上で化かしの本家を賭けて果し合いをする。負けた方は、一族を伴ってこの地から出て行く」という厳しい内容だった。
金作、作戦を練る
その夜から金作の頭がフル回転する。ご存知のようにタヌキという動物、日頃は穴倉の中で暮らし、夜になるとピカピカどんぐり眼を光らせながら、餌になる小動物を探し回る衆生を持つ。餌にありつけないときは、せっかく人間さまが育てた鶏などを失敬して食べることもある。だが、何故かタヌキを憎めないのは、あの愛くるしい顔のお陰なのか。はたまた雄のふぐり、つまりキンタマが引き付ける魔力のせいなのか。写真:下田付近のクリーク
一方、キツネときたらいっこうに人間に好かれない。あの切れ長の目(キツネ目とも言う)、尖った顔と鋭い口など、すべてがずるがしこく見えてしまうからだ。権威ある化かしのランキングではいつもキツネが上なのにだ。キツネ族ときたら、木の葉を頭に乗せたりして、人間に化けて他人さまをかく乱させる。だがタヌキ族はそんな手の込んだことはしない。持ち前の頭脳と身体をフルに活かした戦術で相手を手玉にとるやり方ばかりだ。さて今回の金作とおこんとの対決はいかがなりますやら。
「よーし、決まった」
そうこう考えている間に、金作の作戦が本決まりした。
立花さまの行列に
毎年柳川の殿さまと久留米の殿さまは交互に行き来なさっている。3月の雛祭りは久留米の有馬公が柳川へ、5月の節句は逆に柳川の立花公が久留米に出向かれて挨拶を交わされる。金作とおこんが対決する5月5日は、柳川の立花さまが久留米に出向かれる日にあたり、決闘の時間となる午後3時は、帰途につかれる殿さまの行列が土橋を通過される時刻だ。
金作は考えた。あのずる賢いおこんのこと、事前に行列の変更を察知していて、キツネの一族を動員した作戦に出るだろう。ない頭を10日間も絞りぬいた金作が、おこんの作戦を見破った。
約束の午後3時、土橋のたもとで様子をうかがっていると、はるか筑後川の土手を下りてきた行列が、土橋の上にさしかかった。さすが12万石の大名行列だと感心している場合ではない。
「やーや、そこなるインチキ大名行列。この橋を通りたくば、わしと勝負してからにするがよい!」
一行の前に立ちふさがったのは、身の丈5bもの大男。もちろん金作の化け姿である。途端に行列がざわつき、後の方から抜刀(ばっとう)した強そうな侍が数十人駆け寄ってきた。
「狼藉(ろうぜき)ものだ! 出あえ、出あえ」
「黙れ!、おまえらはおこんに雇われたキツネどもだろうが。さあ、一網打尽にしてくれるわ」
大男に化けた金作は、かがみこむようにして股に両手を差し込んだ。すると、自慢のふぐりが風船のように膨らんだ。その広さたるやゆうに畳20枚くらいはある。そのふぐりを力いっぱい投網したら、侍たちはふくろのネズミに。それだけではない、昨夜からこらえて蓄えていた屁(おならのこと)を、ふぐりの内部に向けて一挙に噴出したからたまらない。侍どもは全員気絶してしまった。
策士、策に溺れる
だが、どこの世界にも一人くらい剛の者がいるもんだ。この侍、名を大石進といい、お城での剣術指南役をしている。大石は長さが1間(1、8b)もあろうかと思わせる太刀を抜くと、金作タヌキの大ふぐりをズタズタに切り裂いてしまった。タヌキの生命線であるふぐりを切り裂かれ、あたり一面が血の海になったところで金作はとうとう息絶えてしまった。
その様子を川岸の柳の陰で見ていたキツネのおこん。人生の、否キツネの一生を通してライバルであった金作を、こんな形で死なせてしまったことにたまらなく寂しさを覚え、身震いをしながら稲荷敷の森の中に消えていった。
「相手の策を見抜いてその裏をかく、相手もそこまでは読んでまたその裏をかく、金作はそのまた裏をかいたつもりじゃろうが、一手読みすぎたつたいね」は、人間さまの後日談。キツネのおこんはけっきょく何にもせずに勝負を決めてしまった。以来、地元ではこの土橋のことを「たぬき橋」と呼ぶようになったそうな。(完)
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