伝説紀行 千代島長者 朝倉市杷木


【禁無断転載】

作:古賀 勝

第091話 2002年12月21日版
再編:2017年08月25日
プリントしてお読みください。読みやすく保存にも便利です

 僕は筑紫次郎。筑後川のほとりで生まれ、筑後川の水で産湯を使ったというからぴったりの名前だろう。年齢や居所なんて野暮なことは聞かないでくれ。
 筑後川周辺には数知れない人々の暮らしの歴史があり、お話が山積みされている。その一つ一つを掘り起こしていくと、当時のことが目の前に躍り出てくるから楽しくてしようがない。行った所でだれかれとなく話しかける。皆さん、例外なく丁寧に付き合ってくれる。取材に向かうときと、目的を果たして帰るときでは、その土地への価値観が変わってしまうことしばしば。だから、この仕事をやめられない。
千代島長者

福岡県杷木町


普門院境内の長者の池

 九州北部豪雨2017は、朝倉地方に甚大な被害をもたらせた。朝倉市杷木志波の「千代島長者」伝説は、今回の豪雨がその再来ではないかと思いたくなるほどに共通点が多い。突然の大嵐で筑後川が大暴れしたために、一夜にして全財宝を失くした長者のお話である。
 朝倉街道(国道386号線)を福岡から日田に向かうと、左手の小高い山の上にどでかい観音さまが見えてくる。香山の昇龍観音さまといい、拝めば金運・財運の恵みが受けられる有難い仏さまだ。
 

黒蛇退治

ある晩のこと。香山の東側・千代島に住む由松という男の家に、それは美しい娘が訪ねてきた。
「私は、上の池そばに住む娘です。醜い大男が毎晩のように家にやってきて、私を我が物にしようとします。援けてください。男は、下の池近くに住んでいます」
 根が正義感の塊のような由松のこと、「よし、わしがその薄汚い黒蛇を退治してやろう」と約束した。
 翌晩、由松は自慢の弓を持って下の池に出かけた。途中通りかかった上の池で、2メートルはあろうかと思える黒い蛇が、かわいい白蛇を絞めつけているのを見つけた。
 放って置けない性分の由松が、持ってきた弓で狙い撃ちすると、矢は見事命中して黒蛇は水中に沈んでいった。さて次は下の池に出かけたが、変な男も美しい娘の姿もなかった。仕方なく家に帰って床に着こうとすると、またも表戸を叩く者がいる。
「昨夜お願いにあがった娘でございます」
「下の池に行ったが醜い大男もおまえもいなかったではないか」
 由松が怒った声で表の娘を帰そうとした。写真は、高山頂に立つ昇竜観音
「違います。実は私は、先ほど貴方さまに援けてもらった白い蛇なのです。悪い男というのは、実は貴方さまの手にかかって死んだあの黒蛇なのでございます」

汲めど尽きない滝の酒

「黒い蛇は私を手篭めにして、上の池もろとも我が物にしようと考えていたのです。そうなれば、香山一帯は強いものだけが生き残る地獄のような世界になります。それを貴方さまが救ってくださったのでございます」


筑後川から香山を望む

 不思議そうな顔をしている由松に、「明日の昼頃香山のに来てくださいませんか。何ほどのこともできませんが、お礼をさしあげとうございます」
 どうせ蛇の化身が言うこと、本気にすることもないとは思いながら、翌日の正午頃香山に登ってみた。いつも登る山だが、どうも様子が変である。山頂近くに小さな池が出現している。しかもその池には、白糸を引くように滝が落ちていた。近づくと何とも良い香りがする。それは、これまで口にしたこともないおいしい酒だった。さしずめ極上の大吟醸とでもいうところか。

一躍長者に

「駄目を承知で今日も行ってみるか」由松。翌日も大きな桶を担いで香山に登った。あった、酒の滝が。桶にたっぷり汲んで、久喜宮(くぐみや)の街に売りに出た。上等の酒に飢えていた街の衆が喜んだこと。儲けた金を日頃から信心する普門院に寄進した由松は、村人から「千代島の長者さま」と敬われるようになった。
 そのうちに由松は、筑後川の岸辺にいくつもの蔵を建てるほどの大金持ちになった。だが、長者の暮らしに慣れてくると、いつまでも謙虚ではいられなくなるもの。屋敷はますます豪華になり、溜め込んだ財宝を隠すのに苦労するほどに。
 一族郎党を引き連れて、筑後川に舟を浮かべて宴を開いた時のこと。
「おーい、金が欲しい奴は裸になって川に飛び込め!」
 由松が叫ぶと、周囲の者がいっせいに飛び込んだ。そこに大判小判がばら撒かれたからさあ大変。まるで池の鯉が餌にたかるようなありさまであった。写真は、高山頂の滝
 その時である。空は一転真夜中のごとく暗くなり、大粒の雨が川面に叩きつけた。川は大波をうって荒れ狂い、逃げる間もない長者と一族は、あっと言う間に濁流に飲み込まれていった。四方八方に突き射す雷光は、由松の豪邸と倉庫をも焼き尽くしてしまった。
「恩を忘れた由松に、神仏が罰ば与えなさったとたい」とは、村人の後日談。

 後日、由松の下で働いていた男が、酒が流れ落ちる滝を探しにいったことがある。だが、そんなものはどこにもなかった。(完)

 お話に出てくる普門院の境内には、物語の千代島長者を記念する「長者の池」が設けられている。
 最近の世相はカネ・カネ・カネと騒がしい。政治家の先生方、庶民が楽しむ発泡酒やたばこの税金も値上げ。ここで得た金は、大企業(スポンサー)の税金減らしに充てられる。そして国は借金地獄に。国民はますます縮こまっていく。まるで今の先生方、庶民の苦しみなどわからなくなった由松みたい。
 とかなんとか文句を言いながら、私はジャンボ宝くじを買った。万一当ったらどうしよう、俺たち夫婦も由松と同じ運命をたどるのだろうか。どうしよう、香山の観音さま。

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