ある晩のこと。香山の東側・千代島に住む由松という男の家に、それは美しい娘が訪ねてきた。
「私は、上の池そばに住む娘です。醜い大男が毎晩のように家にやってきて、私を我が物にしようとします。援けてください。男は、下の池近くに住んでいます」
根が正義感の塊のような由松のこと、「よし、わしがその薄汚い黒蛇を退治してやろう」と約束した。
翌晩、由松は自慢の弓を持って下の池に出かけた。途中通りかかった上の池で、2メートルはあろうかと思える黒い蛇が、かわいい白蛇を絞めつけているのを見つけた。
放って置けない性分の由松が、持ってきた弓で狙い撃ちすると、矢は見事命中して黒蛇は水中に沈んでいった。さて次は下の池に出かけたが、変な男も美しい娘の姿もなかった。仕方なく家に帰って床に着こうとすると、またも表戸を叩く者がいる。
「昨夜お願いにあがった娘でございます」
「下の池に行ったが醜い大男もおまえもいなかったではないか」
由松が怒った声で表の娘を帰そうとした。写真は、高山頂に立つ昇竜観音
「違います。実は私は、先ほど貴方さまに援けてもらった白い蛇なのです。悪い男というのは、実は貴方さまの手にかかって死んだあの黒蛇なのでございます」
汲めど尽きない滝の酒
「黒い蛇は私を手篭めにして、上の池もろとも我が物にしようと考えていたのです。そうなれば、香山一帯は強いものだけが生き残る地獄のような世界になります。それを貴方さまが救ってくださったのでございます」
筑後川から香山を望む
不思議そうな顔をしている由松に、「明日の昼頃香山の頂に来てくださいませんか。何ほどのこともできませんが、お礼をさしあげとうございます」
どうせ蛇の化身が言うこと、本気にすることもないとは思いながら、翌日の正午頃香山に登ってみた。いつも登る山だが、どうも様子が変である。山頂近くに小さな池が出現している。しかもその池には、白糸を引くように滝が落ちていた。近づくと何とも良い香りがする。それは、これまで口にしたこともないおいしい酒だった。さしずめ極上の大吟醸とでもいうところか。
一躍長者に
「駄目を承知で今日も行ってみるか」と由松。翌日も大きな桶を担いで香山に登った。あった、酒の滝が。桶にたっぷり汲んで、久喜宮(くぐみや)の街に売りに出た。上等の酒に飢えていた街の衆が喜んだこと。儲けた金を日頃から信心する普門院に寄進した由松は、村人から「千代島の長者さま」と敬われるようになった。
そのうちに由松は、筑後川の岸辺にいくつもの蔵を建てるほどの大金持ちになった。だが、長者の暮らしに慣れてくると、いつまでも謙虚ではいられなくなるもの。屋敷はますます豪華になり、溜め込んだ財宝を隠すのに苦労するほどに。
一族郎党を引き連れて、筑後川に舟を浮かべて宴を開いた時のこと。
「おーい、金が欲しい奴は裸になって川に飛び込め!」
由松が叫ぶと、周囲の者がいっせいに飛び込んだ。そこに大判小判がばら撒かれたからさあ大変。まるで池の鯉が餌にたかるようなありさまであった。写真は、高山頂の滝
その時である。空は一転真夜中のごとく暗くなり、大粒の雨が川面に叩きつけた。川は大波をうって荒れ狂い、逃げる間もない長者と一族は、あっと言う間に濁流に飲み込まれていった。四方八方に突き射す雷光は、由松の豪邸と倉庫をも焼き尽くしてしまった。
「恩を忘れた由松に、神仏が罰ば与えなさったとたい」とは、村人の後日談。
後日、由松の下で働いていた男が、酒が流れ落ちる滝を探しにいったことがある。だが、そんなものはどこにもなかった。(完)
お話に出てくる普門院の境内には、物語の千代島長者を記念する「長者の池」が設けられている。
最近の世相はカネ・カネ・カネと騒がしい。政治家の先生方、庶民が楽しむ発泡酒やたばこの税金も値上げ。ここで得た金は、大企業(スポンサー)の税金減らしに充てられる。そして国は借金地獄に。国民はますます縮こまっていく。まるで今の先生方、庶民の苦しみなどわからなくなった由松みたい。
とかなんとか文句を言いながら、私はジャンボ宝くじを買った。万一当ったらどうしよう、俺たち夫婦も由松と同じ運命をたどるのだろうか。どうしよう、香山の観音さま。