伝説紀行 いぼ薬師 久留米市城島
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僕は筑紫次郎。筑後川のほとりで生まれ、筑後川の水で産湯を使ったというからぴったりの名前だろう。年齢や居所なんて野暮なことは聞かないでくれ。 筑後川周辺には数知れない人々の暮らしの歴史があり、お話が山積みされている。その一つ一つを掘り起こしていくと、当時のことが目の前に躍り出てくるから楽しくてしようがない。行った所でだれかれとなく話しかける。皆さん、例外なく丁寧に付き合ってくれる。取材に向かうときと、目的を果たして帰るときでは、その土地への価値観が変わってしまうことしばしば。だから、この仕事をやめられない。 |
いぼ薬師 福岡県久留米市城島町
筑後川べりの江島村に「いぼ薬師」の表札が掲げられたお堂が建っている。 こすたれ権三 ときは平安のむかし。川べりに住む権三は、大川で漁をしたり、時化(しけ)の日には畑仕事をする半農半漁民だが、根っからの仕事嫌いでケチな独り者。いい歳こいておっかさんには頭が上がらず、近所からも嫌われ者。子供たちからは「こすたれ権三」の異名もいただいている。「こすたれ」とはこの地方の方言で、ずるいとか欲張り、ケチとかの意味。そんな権三、夏も近づいてそろそろ大豆をまこうかなと、脇を流れる小川で種豆を洗っていた。 顔中いぼだらけ ことしも畑の豆が勢いよく育った。権三が、収穫した豆の皮をむいて驚いた。中の実は黒ずんでいて、匂いをかぐと鼻がもげそうに臭い。ほかの皮をむいたがみんな同じ。せっかく育てたものを捨てるのももったいないし、「仕方がない、それでは…」と食らいついたが、硬くて歯がたたない。そのまま飲み込んでしまった。 がまだし権三に 「かあちゃん、どうしてこげなこつになったのかのう?」 如来の絵を描いた それからさらに年月がたって、また夏が来た。権三は今日も漁から帰ると種まきのために小川で豆を洗っていた。するとあの時と同じお坊さんが川岸に立った。 権三が仏を彫った そこに近所の物知り爺さんが現れた。 仏心でいぼとれた それから何日たったか。いつものように権三が顔を洗おうと井戸水を汲み上げた。習慣で水桶を覗き込んだ。あれほどひどかったいぼが顔からすっかり消え去っている。 お話のいぼ薬師が祀られるお堂は、集落の中に隠れるようにしてあった。中の仏さまは直立不動の姿勢で行儀よく立っておられる。近くのおじさんに話しかけた。「そうですな、いまでもいぼで困っている人がときどきお参りに見えますよ。それも遠い北九州市からまでも」と。【完】 * いぼ:漢字では「疣」と書く。皮膚上に突起した角質の小さな塊。原因の多くはウィルス。 |