伝説紀行 左結びの緒の草履 八女市


【禁無断転載】

作:古賀 勝

第077話 2002年09月15日版
再編
:2016.10.15 2019.03.10
プリントしてお読みください。読みやすく保存にも便利です

 僕は筑紫次郎。筑後川のほとりで生まれ、筑後川の水で産湯を使ったというからぴったりの名前だろう。年齢や居所なんて野暮なことは聞かないでくれ。
 筑後川周辺には数知れない人々の暮らしの歴史があり、お話が山積みされている。その一つ一つを掘り起こしていくと、当時のことが目の前に躍り出てくるから楽しくてしようがない。行った所でだれかれとなく話しかける。皆さん、例外なく丁寧に付き合ってくれる。取材に向かうときと、目的を果たして帰るときでは、その土地への価値観が変わってしまうことしばしば。だから、この仕事をやめられない。

山の井堰の人柱

福岡県八女市


山の井堰で人柱になった中島内蔵助顕彰碑

 国道442号を八女市街から黒木方面に向かうと、急流星野川をせき止めて築かれた山の井堰が見えてくる。

絶対的藩命

 そのむかし、矢部川の北方の吉田村は、農作物が期待できない痩せた土地だった。
 久留米藩のお役人は村を取り仕切る庄屋に対して、役立たずの土地を「役立つ農地に変えよ」と厳命した。先祖代々何度も試みてできなかったものを、すぐに使える田んぼにせよとは土台無理な話である。関ヶ原の戦いで豊臣から徳川に代わり、将軍が家光であった寛永19(1642)年のこと。
「藩のお達しは絶対だ。嫌も応もない」
 庄屋の中島内蔵助は沈み込む農民の一人一人を説得して回った。
「ばってん、ここいらには田んぼに水を上げる川はなか。川がなけりゃ、稲も野菜も育たんでっしょもん?」
 庄屋と農民の間に立って世話役をしている弥吉が首を傾げた。
「お奉行さまは、星野川の上流をせき止めて水を引いてこい、だと」
「????」
 星野川は、当時の上妻郡星野村山中を水源として、矢部川に注ぐ急流である。「水を引き込め」という場所は吉田村から東に6キロ、長飯本村(現八女市長野地区)であった。

自然に弱い人間

 村総出での堰造りが始まった。まず吉田村まで水を通す溝を掘らなければならない。一方の作業班は、急流に逆らいながら腰まで水に浸かってを打った。そこに土嚢(どのう)を投げ入れてせき止めようとするが、なかなかうまくいかない。俵の土はすぐ水に溶けて流されてしまうからだ。中に重い石を詰め込んでも、石が俵を突き破るだけで、ようやく打ち込んだ杭もろとも下流へ。

 比較的水量が少ない頃合を見計らって一挙に土嚢を積み上げ、どうにか堰ができあがった。だが、そこに思わぬ大雨が。水嵩を増した流れが、成功を喜ぶ農民たちの夢を一夜にして打ち砕いてしまう。写真:山ノ井近くの星野川
 がっくり肩を落す農民たちに、陣頭指揮をとる庄屋の内蔵助が割り込んだ。
「自然の前では、人間の力って所詮こんなもんだ」
 他人事めいた庄屋の言葉に、弥吉が食ってかかった。
「冗談じゃなかですばい。庄屋さんがやれちゅうけんみんな堰造りばやっとるちゅうに」
「そうだ、そうだ」
 座り込んでいる全員が内蔵助を睨んだ。

「人柱を」と水神さまが

「わしも最初はいけると思ったさ。だが、あんくらいの雨で苦労が水の泡になるんじゃどうしようもなか。昨夜も水神さまが夢枕に立たれてな」
「それで、神さまは何て?」
 弥吉は、水神さまが工事成功の妙手を授けてくれたのかと思った。
「怒ってなさるんだ。大むかしに、神さまが造った沼を埋めたことを。それに、川を曲げて別の川に水を流すとは不届き千番、じゃと」
「じゃあ、堰を造るのをやめればよかじゃなかですか。俺たちはちょっとぐらいひもじか思いばしてん我慢するけん」
「それはできん。お上の命令は絶対だからな。もし逆らってでもみろ、打ち首は庄屋一人じゃすまんぞ。おまえたちや子供にまで類が及ぶ」
「だから・・・、水神さまは何と・・・?」
「自然に背いて星野川の水流を変えるなら、それなりの代償を払えだと」
「代償? 何だそりゃ?」
「要するに人柱を立てろということだ」

草履の緒

「ヒトバシラ」と聞いて農民たちの顔が青ざめた。
「して、誰を人柱にと・・・?」
「工事のときに草履の緒が左結びになっている者だそうだ」
 一瞬、一同が自分の足元に目をやった。安堵(あんど)する者、青い顔をさらに青くする者さまざま。
「安心しろ、今履いている草履のことじゃなか。明日だ。明日の朝、ここに左結びの緒の草履を履いてきた者が人柱になれとのお告げだ」
 さあ大変。工事に参加している者500人にその旨が告げられると、あとは仕事にならない。早々に現場を離れて自分の家に帰ってしまった。女房も子供たちも、父ちゃんの命に関わる重大事とばかりに落ち着かない。監督代理の弥吉もその一人。明朝履いていく草履を取り出して、緒が左結びになっていないか念入りに点検した。床についても眠られず、起きだしてまた点検する。

言いだしっぺが・・・

 朝がきた。空は日本晴れだ。弥吉は女房とさらに草履の緒を点検して工事現場に向かった。落ち着かないのはみんなも同じ。中島内蔵助が到着するまで自分の足元を見たり、ひとの草履を眺めたり。だが誰一人左結びの緒の草履を履いている者はいなかった。
 そこに庄屋の内蔵助がやってきた。


山の井堰から引いた水道

「ごめん、ごめん。ちょっといろいろあってな、遅くなってしもうた。さあ、約束の草履を調べさせてもらいますよ」
 内蔵助は整列した農夫の足元を見てまわった。
「皆さん、人柱に立つ者が決まりました。たった一人だけ左結びの緒の草履を履いてきた人がいたのです」
 そのとき、隊列からはうめきにも似た声が飛び交った。
「心配しなさんな。実は昨夜あまり寝つきがよくなくて、今朝慌てて家を飛び出したもんで、つい草履の緒が左結びになっていたことに気がつかなかった。わしとしたことが・・・」
 一同顔を見合わせた。安心して膝を折る者もいた。
「庄屋さん、お芝居は止めにしましょうよ。わかりきった嘘ばついて」
 弥吉が内蔵助に詰め寄った。そこで皆もやっと、庄屋が犠牲になる覚悟をしたことに気がついた。
「大事な庄屋さんば殺すくらいなら、俺たち百姓が打ち首になるだけたい」
「そうだ、そうだ」
 数百人の農民たちの合唱が始まった。
「そうはいかねえ。わしはおまえたちを働かせるだけの人間じゃ。だが、働き手の百姓がいなけりゃ誰が田んぼを守るんだい。おまえたちは、自分が村の宝だということをもっと自覚しろ! よかか、これは昨日みんなの前で約束したことだ。左結びの緒の草履を履いている者が人柱になるって」
「・・・・・・」
 内蔵助の一喝に、弥吉もみんなも黙り込んでしまった。

庄屋の犠牲で工事成功

 堰造りの作業が再開された。これから先は庄屋の命を犠牲にしての工事である。怠けたり休んだりする者は一人もいなくなった。重い石や俵を担ぐのを嫌がっていた連中も進んで汗を流した。水を恐がって水中に入らなかった者も自ら飛び込んで杭を打った。
 こうして以前とは比べ物にならない頑丈な堰ができ上がった。堰の完成を待ちわびたように、激しい雨が一帯を叩きつけた。川の水嵩が増しても堰はびくともしない。水門を開けると、できたての長い水道が手招きをするように星野川の濁流を引き入れた。そこに、白装束をまとった内蔵助が。
「庄屋さん!」
 弥吉が真っ先に内蔵助に声をかけた。そのあとに全員が続いて、泣きじゃくった。
「皆さん、もう泣かないでください。長い間我がままな私を助けてくれてありがとう。もう大丈夫です。こんなに強い堰と用水ができ上がったのですから。お上も皆さんを褒めてくださるでしょう。それでは皆さん、さようなら」
 内蔵助は、濁流渦巻く星野川に飛び込んだ。(完)

 堰から流れ出す水は、途中で丘陵から降りてきた山ノ井川と合流し、南の花宗川や矢部川と合わせて、193町歩(ha)の豊かな水田を築きあげている。
 ことしも豊作。稲穂が重たさそうに頭を垂れる中、
八女市東方の山ノ井堰を訪れた。星野川の橋の袂に祀られている水天宮境内に車を止めて1時間かけて堰の仕組みを観察した。それでも複雑な河川の仕組みがよくわからず立ち往生していると、近所に住むおかみさんに声をかけられた。「あなたが立っているそこが、山ノ井堰ですよ」だと。
 言われてみて周囲を見渡すと、なるほど足元は堰の上だった。
「今年は雨が降らなくて堰もこんなですが、水量が多いときは、この上を水が越えて流れるんですよ。本来の川は葦の原になってしまいました」
 改めて川面を見て、遠くを眺める。急流をせき止めた先人の知恵とご苦労にはただただ敬服するばかり。人柱になったという中島内蔵助さんのことについて。「近所の郷土史の先生が一生懸命子供たちに教えています。毎年小学生が実地勉強にやってくるんですよ」
 ホッとした。橋の袂の境内に建てられた「中島内蔵助碑」の前に立った。すごく立派な石碑だ。めったにないことだが、思わず帽子を脱いで頭を下げた。

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