伝説紀行 銭淵のカッパ 日田市


【禁無断転載】

作:古賀 勝

第074話 02年08月25日版
プリントしてお読みください。読みやすく保存にも便利です

 僕は筑紫次郎。筑後川のほとりで生まれ、筑後川の水で産湯を使ったというからぴったりの名前だろう。年齢や居所なんて野暮なことは聞かないでくれ。
 筑後川周辺には数知れない人々の暮らしの歴史があり、お話が山積みされている。その一つ一つを掘り起こしていくと、当時のことが目の前に躍り出てくるから楽しくてしようがない。行った所でだれかれとなく話しかける。皆さん、例外なく丁寧に付き合ってくれる。取材に向かうときと、目的を果たして帰るときでは、その土地への価値観が変わってしまうことしばしば。だから、この仕事をやめられない。

銭淵のカッパ

大分県日田市


三隈川大橋の向こう岸が銭渕

「伝説紀行」も回を数えてもう74回目。筑後川に棲むカッパの話もずいぶん膨らんだ。これまでのカッパは中流から下流域に限っていたから、今度は玖珠川や大山川のカッパも訪ねなきゃね…。
 夜明ダムをよじ登って豊後の国(大分県)に入り、日田市を流れる三隈川に住むカッパを。

ふんどし担ぎと馬鹿にされ

 三隈川を挟んで日田温泉の対岸を銭淵(ぜにぶち)という。300年前の三隈川といえば、岸辺には葦が生い茂り、所々に深い渕ができていた。にあがっても田んぼと雑木林の隙間に何軒かの人家が見える程度。
 その銭淵には、嘉助・ハマ夫婦が10歳の男の子正吉の成長を楽しみに暮らしていた。ある暑い真夏の夜のこと。正吉は夢と現実の間を浮遊していた。
「おい、正吉。俺さまはガータローってんだ。おまえのおとっちゃん(父)は、たいそう相撲が強かそうだな」
 目の前に、これまで見たこともない目の玉が黄色の変な生き物が立っている。背格好は自分と同じ1メートルくらいだから10歳くらいか。お腹がぷくっと膨れていて、全身(なまず)の皮膚のようにピカピカ光っている。よくよく見ると、頭のてっぺんが窪んでいてまるでお皿のよう。お皿の周囲を堅そうな毛が取り巻いている。背中には甲羅状のものを担ぎ、手と足の指はそれぞれ4本ずつ。指の間には水掻きのように薄い膜がある。これまでに見たことのない変な生き物だ。
「そうとも。俺のおとっちゃんは日本一の力持ちばい。そりがどうした?」
「その割には、子供のおまえは相撲が弱いち聞いたぜ。いつも女の子にいじめられちょるち」
「俺は弱いんじゃなくて、女の子に優しいだけだ」
「やーい、弱虫正吉。褌担(ふんどしかつ)の正吉やい」
★褌担ぎ…相撲番付で下のほうのもので、弱い力士の代名詞として使う。

頭上に抱え上げて叩きつける

 ガータローは、正吉を誘い出すように、手招きしながら裏口から外に出た。「逃がしてなるものか」と正吉が跡を追う。ガータローは土手から川原に下りた。
「そんなら、俺さまと相撲を取ってみるか。おまえが勝てばもう弱虫なんち言わねえからよ」
「望むところたい。さあ、かかって来い!」
 正吉は着ているものをみんな脱ぎ捨てて、「構えて」の姿勢に入った。いつの間にどこから現われたのか、もう1匹、目玉の黄色なガータローと同じ生き物が行司の役を勤めている。
「はっけよーい、残った」
 二人が立ち上がった途端、ガータローがもろくも砂浜に両手をついてしまった。
「口ほどにもない弱い奴だな」写真は、銭淵対岸の温泉街
「なーに、おまえがどんくらい強かか試しただけち。おまえみたいな弱虫小僧に負けてたまるか。ほんとうは俺さまの相手じゃねえんだ。さあ、今度はひねり潰してやるぞ」
 とうとう我慢の糸が切れた正吉、ガータローを自分の頭より高く抱え上げると、そばに転がっている岩に叩きつけた。
「ぎゃーっ」
 ガータローはあっという間にあの世に旅立った。

ウヨウヨ噴出すカッパ群

「おーい大変だ! ガータローが殺された。人間の子供に殺された」
 行司役が叫ぶと、三隈川の飛沫を上げて、変な生き物が10匹、20匹と砂浜に上がってきた。中にはガータローのおとっちゃんというのもいた。
「ガータロー、かわいそうになあ。今に(かたき)ばとってやるけん待ってろ」
 おとっちゃんと大勢の生き物がいっせいに正吉めがけて飛びかかってきた。
「何をこしゃくな。俺は大関の息子だい」
「何百匹でも、…どこからでもかかって来い」

 正吉は目をぎらつかせて、暴れまわった。

祟り

 その頃、突然姿が見えなくなった一人息子を心配して、おとっちゃんの嘉助とおっかしゃんが大騒ぎ。家中探したがどこにもいない。隣近所にも手伝ってもらって、暗闇の中を探し回った。土手に上がると、何やら人の声がする。川原に下りて嘉助が息を呑んだ。
「どっからなりとかかって来やがれ」
「俺をなめるんじゃねえ、俺は大関の息子だい」

 正吉が素っ裸のまま、一人相撲を取っている。
「正吉、しっかりしろ。おとっちゃんだ、わかるか」
 嘉助が息子を抱えあげて頬っぺたを叩き、目を覚まさせようとするが、正吉のうわ言は治まりそうになかった。それに相当に熱もあるようだ。家に連れ帰り、近所の医者をたたき起こして診てもらったが、どうも要領を得ない。
 そこに現われたのが、この手のことなら任せておけと自他ともに許す村の顔役・徳兵衛爺さん。
「これは間違いなくカッパに取り憑かれちょる」

祈祷頼み

 徳兵衛爺さんの言いつけで、正吉の枕元に長刀が置かれ、柱には日田の氏神・大原神社のお守りが貼られた。体内のカッパを追い出すためのお(まじな)いである。それでも正吉の具合は好転しない。それどころか体温はぐんぐん上がって、うわ言も激しさを増した。写真:大原八幡神社
「このままだと正吉は死んでしまう。皆さん、助けちください」
 母親のおはまさんが大粒の涙をポタポタ落としながらを畳にこすりつけた。
「最後の手段が残っとる」
 徳兵衛爺さんは、阿蘇神社の神官で、渋江貞之丞という超能力を持ったお人に拝んでもらうことを勧めた。嘉助は旅支度を済ませると暗闇の大山川を遡っていった。昼過ぎに阿蘇神社に着くと、渋江貞之丞に頼み込み、出発して丸一日後の夜中には銭淵の家に戻ってきた。写真は、阿蘇神社

体外に呼び出す

 貞之丞は座敷に上がるなり、すぐに正吉の枕元に座って呪文を唱えた。
「阿蘇の神よ、哀れなる正吉を救いたまえ。正吉の体内のカッパを外に追い出し給え」

 なんともわかりやすい呪文である。祈祷は夜が明けて、昼も過ぎ、また夜になっても続いた。嘉助がつい睡魔に襲われる頃、渋江貞之丞は正座をして目に見えない誰かと会話を始めた。相手は正吉の体内に侵入したガータローの父親だという。
「わしは、息子の仇をとるために、このガキの体内に侵入した」
 貞之丞が応えた。
「あなたの言い分は十分にわかりました。これからはカッパをいじめたりせぬ故、勘弁してもらいたい」
 祈祷師貞之丞の口上が終わると正吉の体に変化が起こった。顔に赤味がさし熱が下がったのだ。それまであんなにうわ言を言っていたのに、急に目を閉じて気持ちよさそうに寝息を立て始めた。
「カッパは、私の祈祷で正吉の体から出てきて、三隈川のほうに立去りました。もう大丈夫です。これからは約束どおりカッパとの(いさか)いを止めることです」(完)

会社もいろいろ、カッパもいろいろ

 三隈川の銭淵付近は、四方から流れ来る河川の合流点であり、それらの水をせき止めていて、まるで湖のような景観。両岸はコンクリートで固められていて、魚や葦などが生きる場所などない。カッパも棲みかを失って支流の水源地帯まで移動したと聞く。銭淵の対岸にある日田温泉の女将が言っていた。「もう一度、子供たちの水遊びで賑わう三隈川を再現したい」と。同感。
 ところで、これまでに登場したカッパといえば、@大明神と相撲を取って作戦負けした情けないカッパ(吉井町)、A人間の女に惚れて神通力を失い川に流される情けないカッパ(田主丸)、B馬の足を引っ張って逆に捕まる間抜けなカッパ(朝倉町)、C恐れ多くも菅原道真公に挑戦する向こう見ずカッパ(北野町)、D廓で人間の男に尽くす姉妹カッパ(田主丸町)、E腕を切り落されて毎夜取り返しに来る執念カッパ(久留米市)、F観音さまに諌められる反省カッパ(三根町)、G人間の情にほだされるものわかりのよいカッパ(大川市)、H美人の奥方の尻を撫でる助べえカッパ(柳川市)などなど。今回のガータローは差し詰め「崇りカッパ」とでも名づけておこうかな。まだまだ個性豊かなカッパが登場するから乞うご期待。

公式、カッパ論

漢字では「河童」と書く。「カハワッパ」の訳。

@    想像上の動物。水陸両性。形は4〜5歳の子供のようで、顔は虎に似て嘴(くち   ばし)は尖り、身に鱗甲あり。毛髪少なく、頭上に凹みがあって、少量の水を容   れる。その水がある間は陸上でも力が強く、他の動物を水中に引き入れて血を   吸う。河郎、河伯(かはく)、河太郎、旅の人、かわっぱなどとも呼ぶ。
A    水泳の上手な人。
B    頭髪のまん中を剃り、周りを残したもの。→おかっぱ。
C    見世物などの木戸にいて観客を呼び込む者。合羽。
D    川に舟を浮かべて客を呼ぶところから)江戸・柳原や本所の私娼。
E    河童の好物であるからという)きゅうりの異称。

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