伝説紀行 助べえカッパ 柳川市


【禁無断転載】

作:古賀 勝

第070話 02年07月28日版
プリントしてお読みください。読みやすく保存にも便利です

 僕は筑紫次郎。筑後川のほとりで生まれ、筑後川の水で産湯を使ったというからぴったりの名前だろう。年齢や居所なんて野暮なことは聞かないでくれ。
 筑後川周辺には数知れない人々の暮らしの歴史があり、お話が山積みされている。その一つ一つを掘り起こしていくと、当時のことが目の前に躍り出てくるから楽しくてしようがない。行った所でだれかれとなく話しかける。皆さん、例外なく丁寧に付き合ってくれる。取材に向かうときと、目的を果たして帰るときでは、その土地への価値観が変わってしまうことしばしば。だから、この仕事をやめられない。

奥方のお尻を触るカッパ

福岡県柳川市


武家屋敷が残るお堀端

掘割はカッパの天国

縦横に張り巡らされたクリーク(堀割)をのんびり旅するどんこ舟。なまこ壁の土蔵と独特の民家形式。北原白秋や壇一雄ら文学者が集った町。うなぎ料理に有明の珍味…、数えれば「名物」づくしの柳川である。そんな柳川に名物がもう一つ。堀割に棲むカッパの存在だ。もっとも、カッパという妖怪は、めったに人前に姿を現さないのだから、「名物」と定義するのもいかがなものか。

厠に妖怪が

 江戸時代、柳川藩の中級武士である戸波芳蔵の屋敷で奇怪な事件が勃発した。夜更けに(かわや)から戻ってきた奥方の顔が真っ青である。
「どうしたのじゃ?」
「先ほど厠で座り込んだら、なにやら冷たくて気色の悪い毛むじゃらの手が私のお尻を撫でるのでございます」
 話を聞く蔵人の目の方が右往左往し始めた。
『誰じゃ、そんな悪さをするのは?』と声をかけたのですが、何の返事もありません。次に、懐に小剣をにしのばせて厠にいったのです。前と同じようにしゃがみこんでいると、また変な手が伸びてきました。頃合を計って、左手をぐっと押し下げ、お尻に向かっている手をむんずと掴み、右手に持った懐剣で瞬時のうちに斬りとったのでございます」
「ギャアーー」
 妖怪はそのまま外に飛び出し、庭を駆け抜けて堀に飛び込んだという。

「手を返せ」とカッパが哀願

「これが、切り取った妖怪の腕でございます」
 奥方は、切り取った彼の手を芳蔵の前に置いた。確かに人間の手ではない。5本の指の間には水かき状の膜があり、皮膚の色は濃緑色で全体が硬い毛で覆われている。そして指が異常に長く、切り口からこぼれた血は赤ではなくてうぐいす色
「最近掘割りのカッパが、女に悪戯するという噂は聞いておったが、まさか我が…」最愛の妻の、それも亭主でもめったに触らせてもらえない臀部を…。許し難い。戸波芳蔵が、口の中でブツブツ呟いているその時、庭先で異様な叫び声が。どうやら「手を返せ」「手を返せ」と言っているように聞こえる。奥方に腕を切られたカッパとその仲間たちだろう。

「ヒイ、手を返してくれめせー」
 芳蔵がどんなに追い返そうとしても、外の妖怪は諦めそうにない。そばで聞いていた奥方は、哀願する妖怪に少しだけ同情し始めた。

どこに消えたかカッパの手

「カッパさん、もう諦めなさい。一度体から離れた手は元には戻らないのですから」
「そんなことはない。カッパは水草の精分でつくった薬を持っている。一度切られた手でもすぐに元に戻ります。カッパは手が2本ないと水泳げない。手を返せ〜」


写真は、日吉神社

 それからというもの。芳蔵の屋敷には毎夜毎夜カッパが現れ、なにやらおぞましい節回しで踊りまくるようになった。最初は2匹、そのうち4匹、8匹と倍々にその数を増し、庭中がカッパだらけで朝方まで続いた。
 芳蔵夫婦は、哀願するカッパが哀れになり、切り取った片手を近くの日吉神社に持っていった。お祓いをしてもらったあと、桐の箱に収めて堀に流した。
「カッパさん、もう私を好きになったり、お尻を撫でたり、変なことをしてはいけませんよ。嫉妬深い旦那さまのことですから、今度は片手ぐらいではすまなくなりますからね。私の方は…」
「…かまわないのですが」と言いかけて、奥方は慌てて口を抑えた。その日をもって、柳川でのカッパ騒動は鎮静したのかどうか、確かめられずにいる。(完)

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