ミズクリセイベイ
福岡県久留米市(田主丸町)
ミズクリセイベイまたの名をオヤニラミ
筑後川とその支流には、名も知れぬ魚が多く生息している。カッパ同様にすべてが筑紫次郎の仲間たちである。
今回は、葡萄や富有柿で有名な田主丸町を流れる川で泳いでいる「オヤニラミ」の語源についてお話しよう。この魚、別名「ミズクリセイベイ」とも称する。
出た! 天狗
むかし、このあたりに清兵衛という男が住んでいた。清兵衛さんが街に出かけた帰り道、日も暮れて、雑木が繁る淋しいところを歩いていると、大きな樫の木のてっぺんで人の気配がする。清兵衛さんは怖くなり、持っていた篩(目の荒いザル)で顔を隠して、見えない相手に声をかけた。
耳納連山
「だりか(誰か)そこに隠れちょろ?」
清兵衛さんが声をかけると、鳥のようにヒラリと舞い降りてきたのは人間・・・? いや、よく見ると、横綱曙よりさらに背が高く、顔は真っ赤。ギョロ目で鼻の高さは50センチ以上。竹馬のように高い下駄を履いていて、烏帽子を被せた行者さんみたいな大男が大団扇(おおうちわ)をかざして立っている。
「あんた、天狗さんばいの? そうでっしょ」
「そうじゃ、わしは耳納の山に住む天狗さまたい」
千里先が見える道具
「そこな優男。おまえ、頭に妙なもんば被っとるが、そりゃいったい何ちゅうもんか?」
そこは頓知者で名高い(と自認する)清兵衛さん。瞬時に仕掛け言葉が飛び出した。
「はーい、これはですね、センメち言いますもん。漢字では『千の目』ち書きますばってん。この世に二つとなか珍しかもんでございますたい」
「ほほー、どこがそげんに珍しかつか?」
「はーい。このセンメの隙間から向こうば見ますると、千里先まではっきり見えるとですよ。ほれ、今も京の都が見えちょります。あっちの部屋の御簾の向こうじゃ、よか男と女子がくっつき合うて何かしちょりますばい」
清兵衛さんが篩(ふるい)の隙間を覗きながらの実況中継。それを聞く天狗は、足をバタバタさせながらいらつくこと。
くるめうすに展示されているミズクリセイベエ
「わしにも覗かせろ」とせがむが、「このセンメは持ち主以外には何も見えまっせんもん」と清兵衛さんはそっけない。「それなら、そればわしに売ってくれ」と天狗。「冗談じゃありまっせん。こげな大事な品ばいくら天狗さんにだっちゃ(でも)、売られまっしょか(売れません)」
母ちゃんが蓑焼いた
そこで、天狗の方から「ものは相談じゃが」ときりだした。
「どうしても、おまえのそのセンメが欲しか。わしの大事な蓑と交換しよう。この蓑を着ると、たちまち姿が見えんごつなる・・・」
「そうこなくっちゃあ。天狗さま」
商談まとまって清兵衛さん、隠れ蓑を羽織ると大急ぎで我が家に帰った。物音で迎えに出た女房のお里さんがキョロキョロ。
「音はすれども姿は見えず、ほんにあんたは屁(へ)のような」
ご機嫌清兵衛さんは鼻歌まじり。気分のよさに任せて、天狗から騙し取った隠れ蓑で、今後の悪巧みを洩らしてしまった。
風呂から上がった清兵衛さん、素っ裸のままでキョロキョロ。
「あんた、何ば探しよっらすと?」
「蓑たい、さっきここに置いとった」
「ああ、あれ、あれなら竈で燃やしてしまいました」
「どうして? そげな無茶を」
泣きべそかく清兵衛さん。
「あげなもんがあると、あんたは仕事ばせんで悪かこつばっかするじゃろが」
お里さんの方は平然としたもの。
軟体息子がブラリブラリ
清兵衛さん、竈の前に屈みこむと丁寧に灰を掻きだした。濡れた手に灰がくっつくと手のひらが見えなくなった。ついでに体じゅうに塗りたくったら、あっという間に姿がなくなってしもうた。
「待たんの、あんた」
清兵衛さん、分限者の家に。宴会が終った座敷では、酔いつぶれた何人かがぐちゃぐちゃ言いながら口喧嘩の真っ最中。見渡すと、ご馳走もお酒もまだたくさん残っている。
「いまのうち」清兵衛さんは、大口開けて次から次にご馳走を放り込んだ。お酒も「ゴックン、ゴックン」
そのうち、だらしなくよだれをこぼし、それが清兵衛さんの珍宝にかかったから、さあ大変。
「片付けは、おなごの宿命たいね」
オヤニラミが棲む田主丸の古川
ブツブツ言いながら片付けのために座敷に入ってきたご婦人二人。
「何の、こりゃ!」
婦人たちが見つめる先に、太くて長くて薄赤色の軟体動物がブラブラ宙を舞っている。清兵衛さんがこぼしたよだれが自分の下半身の一部分に落ち、蓑の灰が剥げてそこだけが姿を現したのだった。
「オトコんしとの珍宝のごたるね」
「おすみさんばってん、チンポウちや何のこつの?」
「またまた、とぼけちゃってえ。おやえさんたら、一番好いとるくせに」
そこで改めて、
「キャーッ、お化け!」
「珍宝のお化けが出た!」
軟体息子が魚になっちゃった
目を覚ました男衆。棒きれやら鍬やら持ってお化けを取り押さえにかかった。捕まったらただでは済まない。姿なき清兵衛さんが駆け出した。
「待てー」
男衆も珍宝のお化けを追いかける。空飛ぶ軟体動物と男衆の追いかけっこが続いた。
「おとっとっと・・・、こんなところに川が・・・」
清兵衛さんが急ブレーキをかけたが、止まれずに水かさの増した小川の中にまっ逆さま。
「お化けが水に落てた」
男衆が覗き込んだ。
「あそこに泳ぎょる魚は珍しかね、目が4つもあるばい。何ちゅう名前の魚か知ちょるかい?」
「俺も初めて見たばい。きしょくの悪か(気持ちの悪い)魚ね」
一人が指さした水面を、13センチほどの変な魚がこちらを睨むようにして泳いでいた。(完)
「隠れ蓑」を広辞苑でひくと、「それを着ると身を隠すことができるという蓑」とある。加えて「転じて、真相を隠す手段」とも書かれてあった。
そう言えば、最近よく耳にする「真相を隠そうとする」話。「私は不正な金を貰った覚えはいっさいございません。あれは秘書がしたことです」とは政治家の先生方の決り文句。「変なものを売ったのは会社の方針ではありません。あれは部下が勝手にしたことです」は大会社の社長さん。「患者さんを死なせてしまいました。あれは、看護婦が・・・」とのたまったのは有名病院の院長先生。・・・、新聞では毎日のように「隠れ蓑」のオンパレードだ。
そんなことを考えながら、ミズクリセイベイのいそうな水面を見つめていると、耳納の山のテッペンからドスの利いた声が落ちてきた。「馬鹿たれが、おまえども人間は自分の過ちをすぐ他人のせいにする。人が嫌がる公共工事ばっかりしとるけん、セイベイもそこには住めんようになったろうが」と。あれはきっと天狗さま。
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