大崎の七夕さま
福岡県小郡市
七夕神社
「七夕のルーツはここにあり」、小郡市民が胸をはるわけは、宝満川そばを流れる七夕神社にある。七夕伝説を町の観光シンボルになさる皆さんの熱意に、ただ敬服するばかり。
そんな理屈はさておいて、次第に薄れゆく「七夕さん」の祭りを、ここ小郡市の皆さんとともに懐かしんでみることに。
七夕さまはお星さま?
7月に入って、あるお家では、お祖母ちゃんと女の子二人の会話が弾んでいた。
「あの雲に乗っている男の人と女の人、いったいだーれ?」
小学1年のゆうちゃんが床の間の掛け軸を指さしながら、お祖母ちゃんに訊いた。
「あの女の人が七夕さん、男の人は牽牛さん。恋人どうしのお星さまだよ。二人の間を天の川が邪魔をして、年に一度しか会えないんだって。可哀そうだね。年に一度という日が7月7日というわけ」
「ふーん、お星さまが人間になったんだ」
ゆうちゃんがしきりと感心している。隣りでは小学3年になる姉のトモちゃんが熱心にお習字の稽古中。
「七夕祭りに字を書くと上手になるって、お母さんが言ったからお習字をしてるんだよ。朝早く、里芋の葉っぱに乗っている露をすくってきて墨をすればもっとうまくなるんだってさ」
トモちゃんが手の甲で鼻の下をこすると、ひげを生やしたおじさんみたいになり、お祖母ちゃんもゆうちゃんも大笑い。
天の川は宝満川のこと?
「お祖母ちゃん、天の河ってどこにあるの?」
ゆうちゃんから鋭い質問が飛んだ。
「暗くなると頭のてっぺんあたりに帯のように長く、淡い光を出している星のことよ。最近は夜もお外が明るいからあまりよく見えないけど、お祖母ちゃんがゆうちゃんのとしの頃は、それはきれいに見えたものよ。何千何億という星が固まって、まるで大きな川のように見えるからそんな名前がついたのね」
「七夕さんと牽牛さんの星の名は?」
「七夕星は織女星とも言うわ。織女というのは布を織る女の人のことね。牽牛星は彦星と言って、牛を引く凛々しい男の人のこと。白く光っていてとてもきれいなお星さまよ」
「ふーん」
わかってかわからずでかゆうちゃんがうなずいた。そこに顔の墨を落とし終わったトモちゃんが戻ってきた。
「お祖母ちゃん、天の川って、本当は宝満川のことでしょう?」写真は、七夕神社近くの宝満川
「どうして?」
「お隣りのおばちゃんがそう言っていたもん」
たなはたつめ
そこでお祖母ちゃん、トモちゃんとゆうちゃんを従えて大崎の七夕神社近くの宝満川へ。橋の上から川を眺めながらお祖母ちゃん。
「この川は、北のほうに見える宝満山から流れてくるのよ。お祖母ちゃんが子供の頃には大雨が降ると必ず堤防が切れて、あたり一面海のようになったわ。その頃にはこんな立派な橋もなかったし。だから、東の稲吉から西側の大崎に行くのも大変だったよ。そこで大むかしの人が、この川のことを1年に1度しか渡れない天の川に例えたんでしょうね」
人一倍何でも知りたがり屋のトモちゃん。
「お祖母ちゃん、ひとつ訊いてもいい?お宮さんの鳥居には七夕神社とは書いてないわ。『媛社神社』と書いてある」
「『媛(ひめ)』は女の人のこと。だからこのお宮さんは女の神さま。媛社は布を織るのが上手な女の人を祀った神さまってとこかね。『たなばた』は『棚機』とも書き、大むかしから日本にあった「たなはたつめ」の信仰と、中国から伝わってきた機織りの上手な女のお星さま伝説を重ねて、むかしの人がこのお宮さんを七夕神社と言うようになったんじゃないかな」
暴れん坊の神
「それならどうして、七夕さまが大崎に祭られたの?」
トモちゃんはお姉ちゃんらしく、七夕さんのお話をもっと詳しく知りたかった。
「それはね、大むかし、このあたりに大変暴れん坊の神さまがいて、村の人たちが困り果てていたの。そこで神主さんにお願いして、どうしたら暴れん坊の神さまがおとなしくなってくれるか尋ねてもらった。すると神さまは、『自分を大切に祀ってくれたら暴れるのをやめる』とおっしゃった。村の人は言われるままに暴れん坊の神さまを宗像あたりにお祭りしなさった。それからは神さまもおとなしくなって、大崎が平和になったというわけ」
「しばらくして、村の人が夢を見なさったの。空から機織りの道具やたくさんの糸が舞い降りてくる夢をね。そこで村では女の神さまを大崎にお祭りすることになった。それが神社の始まりなのよ」
「男の牽牛さんを稲吉にお祭りしたのはどうして?」
「7月7日に織女星をお祭りする慣わしは、千年以上もむかしに中国から伝わってきたものなのよ。その由来を知ったここいらの人たちは、女の人だけを祭るのは気の毒に思ったんでしょうね。そこで牽牛さんもお祭りしようということになったんじゃないかな。だから、中国のお話にならって川の向こう岸にお社を建てたんだと思うわ。丁度まん中を天の川によく似た宝満川が流れているしね」
恋の行方は…
「お祖母ちゃん、それで・・・、七夕さんと牽牛さんはその後結婚できたの? 子供はできたの?」
恋人を引き裂く天の川(宝満川)
「あんなたち、そんなことまで知らなくていいのっ」
さすが物知りのお祖母ちゃんもしどろもどろ。
「さあ、トモちゃんもゆうちゃんも早くお家に帰ろう。そろそろ西瓜が冷えている頃だから」
二人の姉妹は、七夕神社のほうを振り向き振り向き、お祖母ちゃんに手を引っ張られて帰っていった。すっかり陽が落ちて、あたりが暗くなっている。トモちゃんとゆうちゃんは期せずして空を見上げた。そこには数えるほどしかない大きな星がキラキラ輝いていた。(完)
まず、牽牛(老松)神社を訪ねた。通りがかりのご婦人に訊いてようやく宝満川の土手下にある神社にたどり着くことができた。境内に説明書きはない。しかし本殿も拝殿も相当むかしに建てたものらしく貫禄十分であった。
天の川ならぬ宝満川を渡って向こう岸の七夕神社へ。正面には「七夕神社」と記した大きな御影石の標識が。その脇には、これでもか、これでもかと詳しく説明が施してある。
通りかかったおじさんに声をかけた。「お祭りは今度の7月7日ですな?」「うんにゃ(いいえ)、月遅れの8月7日ですたい」「お祭りはたいそう賑わうと聞いたばってん、どげなふうですな?」「戦前はそりゃあほんなこつ(本当に)人がよう集よったばい。6日の晩から7日の朝まで、大崎に行く道は人であふれよりましたもんの。そん頃は、八女とか福岡からも人がばさらか来よらした」
やっぱり、七夕祭りはむかしの方が盛んだったようだ。
|