伝説紀行 馬の尻を覗いた男 筑後市
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僕は筑紫次郎。筑後川のほとりで生まれ、筑後川の水で産湯を使ったというからぴったりの名前だろう。年齢や居所なんて野暮なことは聞かないでくれ。 筑後川周辺には数知れない人々の暮らしの歴史があり、お話が山積みされている。その一つ一つを掘り起こしていくと、当時のことが目の前に躍り出てくるから楽しくてしようがない。行った所でだれかれとなく話しかける。皆さん、例外なく丁寧に付き合ってくれる。取材に向かうときと、目的を果たして帰るときでは、その土地への価値観が変わってしまうことしばしば。だから、この仕事をやめられない。 |
馬の尻を覗いた男 福岡県筑後市
筑後市は、北部九州を横断する国道442号線と九州の西端を縦断する国道209号線、それにJR鹿児島本線などが交叉する交通の要衝である。そこに和泉という地区がある。江戸時代は竹薮や雑木林の間に、申訳なさそうに民家が散らばる寂しいところだった。 ほろ酔い機嫌の平助さん 平助は羽犬塚の小料理屋でしたたか酒を飲んで、山ノ井川べりのあぜ道を千鳥足でご帰還途中。梅雨を控えて今晩の空気は妙に生ぬるかった。大きな笠をかぶったお月さんも、ぼんやり浮かんでいるだけでなんだか退屈そう。ゲンジ蛍をかき分けながら歩いていると、突然音をたてて西風が通り過ぎた。小川の向こうの竹薮がザワザワと騒ぎ出す。
家に居るのは、間もなく70に手の届くおっかさんが一人っきりでは、急いで帰っても仕方がない。 化け具合を見せてもらおう 「あれあれ、あそこに誰かおるばい?」 藪の中の一軒家で そんな平吉の存在を知って知らずか、お姫さまが動きだした。田んぼ道を小川に沿って。そっと後ろをつける平吉。両脇の田んぼからは、蛙たちの鳴き声がそれは煩(うるさ)いこと。50b前を行くお姫さまは、一度も振り返らず、彼方の竹薮の中に消えた。見失ってなるものかと平吉も竹薮に突入した。だが、蜘蛛の巣が顔一面にくっついてベタベタ。加えて獲物を見つけた薮蚊の大群が平吉めがけて襲いかかってきたからたまらない。 藪の向こうに藁葺きの一軒家が見えた。 興奮絶頂 芝居の幕が 足音を忍ばせて一軒家に近づいた。周囲に人影はない。耳を澄ますと中から何やら艶めかしい調べが。窓の障子はいつ貼り替えたものか赤茶けている。「よし…」平吉は人差し指に唾をつけ直径3aほどの穴をあけた。中を覗いてびっくり。表からは想像もできないほどに室内は煌(きらび)びやか。家具も調度品も豪華。室内は妖しいまでの桃色(ピンク)の灯りが。いかがわしい絵を施した屏風の手前には、体ごと沈んでしまいそうなフカフカ布団が敷いてある。 覗き込んだ障子の穴は 「ぶるっ、ぶるっ」 筑後市の和泉地区を訪ねた。寂しいはずの山ノ井川周辺には公共施設が建ち並び、当時の面影すら見いだせない。野菜畑に立って、わずかに残る竹やぶにカメラを向けたら、地元の人に野菜泥棒と間違われて睨まれた。 和泉村 江戸期から明治22年」までの村名。 |