伝説紀行 鬼が築いた神籠石 久留米市


【禁無断転載】

作:古賀 勝

第059話 02年05月12日版
再編:2007.04.22 2019.08.25
プリントしてお読みください。読みやすく保存にも便利です

 僕は筑紫次郎。筑後川のほとりで生まれ、筑後川の水で産湯を使ったというからぴったりの名前だろう。年齢や居所なんて野暮なことは聞かないでくれ。
 筑後川周辺には数知れない人々の暮らしの歴史があり、お話が山積みされている。その一つ一つを掘り起こしていくと、当時のことが目の前に躍り出てくるから楽しくてしようがない。行った所でだれかれとなく話しかける。皆さん、例外なく丁寧に付き合ってくれる。取材に向かうときと、目的を果たして帰るときでは、その土地への価値観が変わってしまうことしばしば。だから、この仕事をやめられない。
高良山の神籠石


2007.04.22

福岡県久留米市


高良山を取り巻く神籠石群(204年4月撮影)

 久留米市東方に横たわる高良山312b)には、高良神(式内明神大社高良玉垂命神社)が鎮座される
 古代からの霊山で、史跡もザクザク。中でもひときわ目をひくのが、中腹をめぐらす神籠石(こうごいし)である。
 このようなスケールの大きな建造物を、誰がいつ頃、何のために築いたものやら。論争は未だ収まりそうにない。従って、これから申し上げるお話がますます真実味を帯びてくる。

手に負えなければ神頼み

大むかし、耳納山麓の山本という里での話し。最近、せっかく稔った穀物を夜中に誰かが根こそぎ盗んでしまう。
「ありゃくさい、高良山に棲みついちょる鬼の仕業たい」
「向こうの家ではさい、十五になった娘がおらんごつなったげなばい。ありも鬼が(さら)ったつちゃろね」
 村中集ってワイワイガヤガヤ。このところ、そんな不吉な話ばかり。そこで、鬼を追い払ってくれるよう、村一同で高良大明神にお願いすることになった。

追放作戦

 里人の相談を受けた高良大明神。鬼どもが自分の言うことを聞いてくれるものか自信がなかった。弟子の武内宿禰(たけのうちのすくね)に、「どうしたらよいものかのう」。武内宿禰といえば、全国に名を轟かせる知恵の神である。宿禰は早速、高良山鬼組合代表のアカモンとアオモンを(やしろ)に呼び出した。
「神さま、わしらはそげん悪かこつばした覚えはなかですよ。子分どもが悪さばしたかどうかはいちいち知らんですばってんが」
 どこかで聞いた「秘書が・・・」のセリフによく似ている。
「そう言うても、おまえたちの評判はすこぶる悪い。一日だけ猶予を与えるゆえ、全員山を去ってもらいたい」
「それは無茶ですばい、わしらにはこの山ば出てん、行くところなんちゃなかけんですね。この山に岩屋を築いて棲みつきたいちも思うとるぐらいです」

 鬼どもはしつこく武内宿禰に食い下がった。そこで、宿禰の神は考えていた作戦の実行に移った。

刻限は一番鶏が鳴くとき

「おまえたちがこの高良山に棲みたい気持ちはよくわかる。うちの大明神さまにも敵はいる。奴らは、明日にでも攻め寄せてくるやも知れず。よってこの山を石垣で囲めとのこと。今晩中に大きな石で高良山を取り巻いて城壁を造ってくれれば、大明神さまもおまえたちがここに棲むことをお許しなさるそうじゃ」
「へへっ、かしこまりました。そんくらい簡単なこつで」
「明日の朝一番鶏が鳴くまでだぞ。それまでに石垣が完成しなければ、即刻みんな出ていってもらうからな、よかなっ」


高良大社本殿(2018年4月4日撮影)

「へへ、わかりました」
 鬼どもは言い付けを難しいこととは思わないようで、4、5人が一組になって巨石を求めて東に西に散っていった。
「あれはなんじゃ? 高良山の鬼どもがあげんに急いでどこへ行く?」
 里人は、高良神にタレコミした自分たちに鬼が仕返しにきたのではと、びくびくしながら様子をうかがっていた。だがどうもそうではないらしい。

とっさの反撃「コケコッコー」

「おっしょい、おっしょい」
 それから2、3時間もたった頃、鬼どもが掛け声とともに引き返してきた。太い樫の棒を4人がかりで両肩に担ぎ、その上に500`はありそうな大きな石を乗せて、軽々と山を登っていく。
「?????」
 里人たちは何がなんだかわけわからずに、鬼どもを見送った。一方、石垣造りの指揮にあたるアカモンとアオモンは、高良内あたりから運んできた巨石を都合よく削り、横一列に並べさせた。少しでもサボる奴がいれば、容赦なく拳骨(げんこつ)が飛んだ。さて、いくら力持ちでも、一晩のうちに巨石で高良山を一周させることなど無理な話、とタカを括っていた大明神と武内宿禰の両神。夜更けになって、現場視察に出かけてみて仰天した。まだ夜明には十分時間があるというのに、石の囲いが大方出来上がっているではないか。
「どうしたことじゃ、このままじゃと時間内に石囲いができてしまうぞ。そうなれば、我らが里人から受けている信頼も一挙に崩れ去る」
 高良大明神は珍しく泣きべそをかかれた。そこで宿禰、「私にお任せあれ」と、手に持った雨傘2枚を、激しく叩きあった。
「バタバタ、バタバタ」
 ついでに大声で鶏の鳴き真似をして、「コケコッコー」「コケコッコー」。
 コロッケだろうがなんだろうが、そんじょそこらの物真似名人よりはるかに迫力ある鳴き声が、高良山の静寂を突き破った。

高良の神の面目

 夜明けまでにはたっぷり時間があるというのに、確かにあれは一番鶏の鳴き声だ。アカモンとアオモンががっくり膝をついた。彼らはあと20〜30メートルも石を積めば完成というところで作業を止めて、ぞろぞろと山を下りていった。写真:高良神社のご神鶏
 朝日が高良山を照らし始める頃には、鬼の姿は一匹もいなかった。
 里の人間には、何がどうなっているのかさっぱりわからずじまい。ともかく高良山から鬼がいなくなったことを喜びあった。お陰で、高良の神の信用はますます増して、末永く筑後一円の信仰を集めることになったんだと。

 古代に築かれた神籠石は九州各地に点在する。中でも高良山の神籠石は、ずば抜けてスケールがでかい。あのように巨大な石垣を誰が何のために造ったのか、未だに謎だらけだそうな。
 神籠石に沿ってエッチラ、エッチラ山を登りきって振り返ると、眼下に人口20万の久留米の町並みが広がっていた。そのまん中を悠々と流れるのが筑紫次郎
(筑後川)。そうなんだ、あの大川だけが、神籠石の謎をすべてお見通しなんです。


大社正面から見下ろす筑後平野

高良山神籠石:久留米市御井町所在。昭和28年に国から史跡の指定を受ける。囲みの中の面積は(水平面積)は35万5000平方メートル。
広辞苑による神籠石:日本古代の山城。九州北部と中四国に全部で12ヶ所が知られる。

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