伝説紀行 伐株山 玖珠町


【禁無断転載】

作:古賀 勝

第040話 2001年12月30日版
プリントしてお読みください。読みやすく保存にも便利です

 僕は筑紫次郎。筑後川のほとりで生まれ、筑後川の水で産湯を使ったというからぴったりの名前だろう。年齢や居所なんて野暮なことは聞かないでくれ。
 筑後川周辺には数知れない人々の暮らしの歴史があり、お話が山積みされている。その一つ一つを掘り起こしていくと、当時のことが目の前に躍り出てくるから楽しくてしようがない。行った所でだれかれとなく話しかける。皆さん、例外なく丁寧に付き合ってくれる。取材に向かうときと、目的を果たして帰るときとでは、その土地への価値観が変わってしまうことしばしば。だから、この仕事をやめられない。

伐株山物語

大分県玖珠町


伐り株を連想させる伐株山

 筑後川を遡っていくと、日田から上流は川の名称が玖珠川と変る。すると、周囲の景観も一変する。玖珠川を挟んで両岸に林立する山の形は火山特有のもので、それぞれに個性豊かだ。なかでも、今回紹介する伐株山がおもしろい。JR久大線の北山田駅を過ぎたあたり、巨大な樹木を根っこから切り取ったような形をした山がそれだ。こんな形の山のことを学術語で「メサ」というそうな。メサとは「卓状の台地」のことだと説明書には書いてあった。
 この山の名前がいつの時代に付けられたのか勉強不足であるが、非常にわかりやすくて嬉しい。この山、標高685bで周囲の万年山(1140b)などに比べるとそんなに高くはない。しかも、近くのJR久大線豊後森駅が既に標高337bだからその差わずかに350b。
 むかしの人は、おもしろい名前をつけるだけでは物足りず、とんでもない「物語」まで創作してしまった。それが「伐株山伝説」である。

盆地に巨大楠出現

 大むかし、玖珠や日田の盆地が湖だったころ、万年山(はねやま又はまんねんやま)の北のあたりに1本の楠の双葉が顔を出した。楠の木はあれよあれよという間に天高く伸びていった。最初は「木の成長には限りがあるもんだ」とタカをっていた村人たち。木の枝が3キロ四方に広がって1日中太陽があたらなくなると、農作物は育たたず、加えてあちこちで病気がまん延して死者が相次ぐようになった。そこで村人は、慌てだした。ずっと西の島原(長崎県)の人がやってきて、「朝日の時間にまったくお日さまが拝めん」と苦情を言いだした。何日かすると今度は四国の松山の人がきて、「この木のために夕方3時には日が暮れてしまう」と、善処方を訴えた。


玖珠川の後方が万年山

「お天道さまのありがたさと怖ろしさ」を改めて知らされた村人たちは、「早くこの楠の木を伐らなければ、九州や四国の人たちが生きていけない」と大騒ぎ。だが、幹回りが南北に1キロ、東西に300メートル、四方に伸びた枝は半径3キロにも及ぶお化け楠の木をいったい誰がどのようにして伐るかが問題だ。
 村の内外から力持ちや腕利きの木こりを雇ったが、巨木を見ただけで逃げ出してしまった。村の衆は、来る日も来る日も、貧しい頭を絞りまくった。

伐採にジャイアント

 玖珠の山中に「マグネチュ−ド10」は下らない地響きを立てて、身長300メートルもある蛇威按斗(じゃいあんと)と名乗る大男がやってきた。人々の難儀を聞きつけて関東方面から救助にやってきたのだと言う。
「よーし、いっちょう。始めるか」

 蛇威按斗は刃渡り150メートルもある鋸(のこぎり)で伐採にとりかかった。
「オーッ」

 刃先が手前に引かれるたびに、鋸屑(のこくず)の小山が築かれていった。
「オーッ」「オーッ」
 二声、三声・・・、蛇威按斗がひく鋸は見る見るうちに幹の中心部に向かっていった。
「これなら、4日か5日で伐り倒せるじゃろ。きょうの作業はおしまい」
 蛇威按斗は第1日目の作業を中断して、その場に寝込んでしまった。

ムダ骨を笑う精

「うーーっ」
 巨木の枝からひと筋の木漏れ日が目に入り、蛇威按斗が目を覚ました。
「さて、きのうの続きに取りかかるか」
 大鋸を持ち上げて、きのうの切れ目を探すがどこにも見当たらない。ブツブツひとり言を繰り返しながら幹回りを1周した。しかし昨日切り込んだ跡がどこにもない。しかも、小山のように積み上げたはずの木屑までもがどこかに消えた
「風にでも吹き飛ばされたか」
 蛇威按斗は初めからやりなおすことにした。2日目の作業を終了するとき、今度こそ見落とさないようにと目印を描いて眠った。だが、朝になって見ると、目印も鋸の跡も消えていて、一盛の鋸屑も残っていなかった。そしてその翌朝も、またその次の日も。写真:ヘクソカズラ
 蛇威按斗は、何がどうなっているのかさっぱりわからず、座り込んでしまった。すると、楠の木のてっぺんあたりからスルスルとヒモのようなものが降りてきた。
「無駄よ。あんたがどんなに頑張っても、この木を倒すことはできないわ」
 姿は見えないが、弾むような少女の美声が響いた。

ヘクソ蔓にも意地がある

「誰だ! そこにいるのは?」
 蛇威按斗がキョロキョロしながら、姿なき少女を呼んだ。
「私よ。あんたの目の前にいるじゃない。そう、目の前にぶら下がっているカズラの精よ」
「いやな臭いと思ったら、おまえクソカズラか。なぜ、俺さまじゃこの木を伐れないと言うんだ?」
「私のことクソカズラって言うのやめて!  私にはへクソカズラという立派な名前があるんだから」
 蛇威按斗に話しかけているのは確かにへクソカズラの精であった。

へクソカズラとは、漢字で「屁屎葛」と書き、れっきとした学術用語なのである。細いで他の植物に巻きつき、茎や葉に傷をつけると猛烈な悪臭を放つ。だが、淡いピンクの花は、臭いのとは対照的に大変可憐だ。別名をヤイトバナ、サオトバナ、または蛇威按斗が言っていた「くそかずら」ともいう。

「あんたがどんなに頑張ったって、そのあとから私が楠の木の傷を治していくんだから、無駄だって言うのっ」
「助けてくれよ。俺は困っている人たちを助けるためにわざわざ関東からやってきたんだから。この楠の木を倒さなければ、巨人の顔が立たないのよ」
 蛇威按斗は恥も外聞もなくへクソカズラの精に頭を下げた。この様子、300メートル下から見上げている村人には、大男のひとり言としか写らなかった。

大楠と蔓の仲間割れ

「どうしようかなあ、あんたは人がよさそうだし、教えてやろうかな。それにこの楠の木め、私のも恩も忘れて勝手なことばかり言うしね」
「勝手なこと?この馬鹿でかい楠の木がかい」


大楠(イメージ)

 へクソカズラの精が話すには…。楠の木が一人前に成長する前から、へクソカズラは楠の樹の液をいただくために巻きついていた。その代償として、楠の木が大風や害虫などで怪我をしたり病気になったら、自分の体内からたまらなく臭い汁を搾り出して傷口につけてやった。そうすると、傷口はあっという間に治った。
「そう言うことだったのか。それで、楠の木は病気することもなく成長して、こんなに大きくなったってわけだ」
「まったくだねえ。わたしもこいつがこんなに大きくなるとは思わなかったし…。それが、最近大きくなり過ぎて下界を見下ろすようになったら、驕りくさって…」
「そうそう、楠の木のその勝手なことってやつを訊くんだった。お願いだから、そこんとこを詳しく教えてくれよ」

盆地の崩壊で玖珠川できる

「いえね、こんなにかわいくて恩ある私に向かって、いからあっち行けなんて言うのよ。だから、私も腹がたって、こんな奴と付き合うのもそろそろ潮時かなあって思っていたところ。・・・いいわよ、教えてあげる」
「ありがてえ。それで、どうしたらいいんだ? 木を倒すには」
「そんなに慌てて訊かないでよ。あんたがをひいてできた屑をさ、焼いてしまうのよ」
「???」
「いい、私は毎晩、あんたが寝たあとに、その木屑に私の体汁を塗ってもとの傷口に詰め込んでいたのよ。だから、翌朝には元通りの姿に戻っていたというわけ。わかった?」


大岩扇山

 なるほど、そう言うことだったのか。へクソカズラは、樹木の傷を治す薬を持つ医者だったんだ。蛇威按斗は、へクソカズラの精に言われたとおり、一日の仕事が終わると、その日にでた鋸屑を残らず焼き捨てた。すると、翌朝には切り口がはっきり見えて、さらに作業は幹の核心に近づいていった。
「ギーコン、ギーコン カーン、カーン」
 鋸と斧を交互に使う音が北側に聳える岩扇山に木魂(こだま)し、切り口がどんどん大きくなっていった。
 伐り始めて既に3年3ヶ月の月日が過ぎた。大木は少しずつ西の方に傾きはじめ、やがて轟音とともに倒された。巨大な楠の木の倒れる圧力で、それまでせき止められていた湖の堤防が切れ、大量の水が西の方に流れ出した。それが現在の玖珠川であり、下流の筑後川となった。そして切り倒されたあとの切り株があの伐株山ということになる。(完)

 むかしの人は、よくもこんなでかいお話を考えだしたもんだ。それも玖珠地方にとどまらず、長崎から朝倉・日田と次々に筑後川流域をお話の世界に巻き込んで行く。「童話の里」っていうのは、想像もできない大むかしに始まっていたのかもしれない。よく晴れた日、車で伐株山に登ってみた。下から見上げて想像したとおり、頂上は鋭利な刃物で切ったように平面が広がっていて、若者たちのハングライダーのメッカになっていた。
 眼下には玖珠盆地が静かにみ、北方の山懐を玖珠川が蛇行しながら西に向かっていた。そしてその先に、「童話の里」を代表する三日月の滝が見えた。
「日本のアンデルセン」久留島武彦を生んだ玖珠の人々は、これからもたくさんの童話や伝説を産み出していくんだろうな。

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