伝説紀行 牛鳴き峠 うきは市吉井


【禁無断転載】

作:古賀 勝

第036話 2001年12月02日版
プリントしてお読みください。読みやすく保存にも便利です

 僕は筑紫次郎。筑後川のほとりで生まれ、筑後川の水で産湯を使ったというからぴったりの名前だろう。年齢や居所なんて野暮なことは聞かないでくれ。
 筑後川周辺には数知れない人々の暮らしの歴史があり、お話が山積みされている。その一つ一つを掘り起こしていくと、当時のことが目の前に躍り出てくるから楽しくてしようがない。行った所でだれかれとなく話しかける。皆さん、例外なく丁寧に付き合ってくれる。取材に向かうときと、目的を果たして帰るときでは、その土地への価値観が変わってしまうことしばしば。だから、この仕事をやめられない。

牛鳴き峠
うきは市吉井町


 筑後川支流の巨瀬川には、南に連なる耳納山から無数の小川が流れ込んでくる。吉井町の中心部に注ぎ込む延寿寺川もその一つ。幅5〜6メートルの川を4キロほど遡っていくと、鮮やかな朱色で「牛鳴き峠」と書かれた標識が見えた。面白い峠名の由来を知りたくて、町の物知り博士を訪ねた。

10歳の子供が街に柴売りに

 明治の始め頃、耳納連山の中で一番高い鷹取山近くの山中に、樵の豊作が10歳になる息子の和太郎と7歳のミヨといっしょに住んでいた。家族はそのほかにクロと名づけた牛が一頭加わっている。母親は和太郎がまだ6歳の時に、流行病で急死したのだった。
 豊作は木を伐る傍ら、拾い集めた枯れ木や柴を、吉井の街まで売りに行くのが日課だった。ある時、豊作が風邪をこじらせて寝込んでしまった。父親が仕事に行けなければ、和太郎が代わりをするしかない。
 いかに気丈な男の子とはいえ、和太郎は未だ世間の風の冷たさを知らない少年である。クロの手綱を引いて街に出た途端、同年代の腕白どもに捕まってしまう。
「やい、山んもんがどげんしてここにおるんか」「その牛、臭せえからあっち行け」
 しまいには竹竿で和太郎を小突き回る。そういう時はクロが2本の大きな角を向けて腕白どもを威嚇した。
 いざ、薪を売ろうにも、どこの家に入って、なんと言えば買ってくれるのかわからない。何日も門前払いを食う日が続いた。そのうち同情した商家の女将さんが、売れ残った薪と柴を全部買ってくれた。
「いいかい、どこも買ってくれない時はうちに持っておいで」
 女将さんの優しい言葉が死んだ母ちゃんと重なって、思わず泣き出してしまった。
「なんだい、なんだい。男の子は他人(ひと)さまの前でめったに泣いたりするもんじゃないよ」
 それでも涙が止まらず、和太郎は急ぎ女将さんの家を離れた。その後、魚屋で魚を買い、雑貨屋で妹の好きそうな小物を買った。

熊野神社に「父を助けて」と祈る

「よかったな、クロ。これで父ちゃんにおいしい川魚を食べて貰える。ミヨも喜ぶぞ」
 延寿寺川に沿って寂しい山道を登っていった。そんな時、クロが和太郎の話し相手になってくれる。街への行き帰りには、熊野神社に立ち寄って、「父ちゃんの病気が早く治りますように」とお願いした。
 そんなある日、峠を越えて家の前に着いたら、ミヨが細い足をばたつかせながら走り寄ってきた。「父ちゃんが、父ちゃんが」。和太郎は、いつもと違う妹の様子に不吉なものを感じた。豊作は息も絶え絶えながら、最後の力を振り絞って和太郎とミヨを抱きしめた。
「二人とも、これから父ちゃんが言うことばようく聞くんだぞ」
 兄妹は、枯木のような父の両腕にすがって泣きじゃくった。


延寿寺の熊野神社

「父ちゃんは、間もなく母ちゃんのもとに行かなければならん。まだこんなに小さかお前たちを置いていくのは辛いが、これも神さまの決められたことだから仕方がない。だから、父ちゃんが死んだら、里の叔母さんにお世話になれ。話はしてあるから」

しっかり生きろと父の遺言

「嫌だ、父ちゃん、死んだらでけん」
 兄妹は、泣きながら、父親に駄々をこねた。しばらくして和太郎。
「叔母ちゃんちには、クロもいっしょに行くんか?」
「馬鹿たれ! お前たち2人の面倒だって大変だというのに、牛までも・・・。クロは売れ。買い手には頼んである。売ったお金を叔母さんに渡して、お前たちの食い扶持にしてもらえ」
 クロと別れろと言われて、ミヨの泣き声が更に大きくなった。
「クロと別れるくらいなら、俺はミヨと二人でここで暮らすよ。いいだろう、父ちゃん」
「それは駄目だ。いくら働き者の和太郎でも、まだ10歳の子供だ。ミヨはもっと小さい。そんな小さな子供だけで生きていけるように世間は甘くない」
「嫌だ、クロと別れるくらいなら、俺も父ちゃんと一緒に母ちゃんのもとに行く」
「私も、兄ちゃんとクロといっしょに暮らしたい」
 泣き叫ぶ兄妹を抱いたまま、豊作は遺言を続けた。
「そんなに我儘を言って父ちゃんを困らせるな。お前たちは、父ちゃんや母ちゃんが早死にした分を取り戻すまで、長生きするんだ。そして、りっぱな人間になって、お世話になった世間の皆さんに恩返しをしなければならん。クロにはかわいそうだが、人間が生きていくためには、ある時には非情にならなければならない時もある。わかるな、ここは我慢しよう」

クロと別れた峠道

 それから間もなく、豊作はあの世に旅たった。遺体は、筑後平野と筑後川が一望できる場所に埋めた。「父ちゃんが一番好きだったから」埋葬の場所に決めたのだった。
 わずかばかりの衣類と道具をクロの背中に積んで、兄妹は山道を降りていった。もう、二度と引き返すことのない山道であった。和太郎は、右手でミヨの手を握り、左手でクロの手綱を引いた。
 峠に来て見下ろすと、親切な女将さんが住む吉井の街がよく見えた。


麓の延寿寺集落


「クロよ、ご免な。おいらがもう少し大きかったら、お前にこんな辛い思いをさせないですんだのに」
 和太郎は、クロの首筋を優しく撫でた。「父ちゃん、かーちゃん」、兄妹は街の向こうに見える筑後川に向かって、思い切り大きな声で父母を呼んだ。。それまで静かに歩いていたクロも、突然大きな首を天にむけ、「もー」と一声鳴いた。そして、兄妹に甘えるように擦り寄った。
 親孝行の兄妹と愛牛クロの悲しい別れに同情した人は、幼子と牛の愛情を後の世に残そうと、峠に「牛鳴き峠」と名づけた。(完)

 古い民家に挟まれるようにして流れる延寿寺川。訪ねた時は紅葉真っ盛りのときで、途中、物語に出てくる熊野神社や、すぐそばの古刹・妙福寺のもみじがきれいだった。更に登ると民家は途絶え、大きな猿が出迎えてくれた。観光地の猿と違って、食べ物を催促するでもなく、ただ車の中の僕を見て、「なんで里のもんが、俺んちの庭に出没すんじゃ」と言わぬばかり。
 厳しい九十九折を越えたら、目指す「牛鳴峠」の標識にたどりついた。周辺の照葉樹と眼下の筑後平野との組み合わせが、和太郎・ミヨの兄妹とクロの悲しい別れに現実味を持たせてくれる。

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