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第八話 ホルスの死と復活


 セト「…何、イシスとネフティスが逃げた、だと?」(キラン)

 ホルスが成長すれば、いずれ正統な王位を主張しはじめるに違いない。セトは、ホルスを殺すことをも目論んでいました。もしくは、限られた神話にしか登場しない、オシリスの息子ババイ(側室に産ませたという説がある)のように、下級神の座に貶めてしまおうと思っていました。その矢先の出来事です。

 セト「チ…。感づいた者が手引きしたな。ええい、まだ遠くへは行っていないはずだ。探せー!

かくしてイシス追跡が始まります。
 イシスは魔法で七匹の蠍たちを召喚し、足跡を消し、身を守ることにしました。ただ、この蠍たちでは、セトの攻撃には太刀打ちできなかったでしょう。
 なお、蠍たちの中にテフネトという名前も見受けられるのですが、天の女神であるテフネトとは別人のようです。

 子連れ逃亡者・イシスは、小さな村に辿り着き、人の来ないような川の中州に貧しい家を作り、そこで息子をそだてることにしました。こんな僻地ならば、追っ手が来ることはあるまい、と。そして、日々の生活に苦しみながらも、けんめいに子育てをします。息子が成長し、セトに復讐する、その日が来ることを待ち望みながら。

 …しかし、非情にも、追っ手はこの隠れ家さえも見つけ出し、イシスの留守を狙って、毒でホルスを殺してしまうのです。
 すべての望みが絶たれたと知ったとき、イシスは深い絶望の淵に叩き落され、冷たくなったホルスの体を抱いて泣き叫びます。その声を聞きつけて、蠍の女神で癒しの力を持つセルケト、いっしょにセトのもとから逃げ出していたネフティスもかけつけましたが、彼女たちにも、ホルスを蘇らせることは出来ません。

 悲しみにくれた女神たちの叫びが天をこだまし、時間に干渉して、ちょうど上をとおりかかった太陽の船を止めてしまったといいます。太陽が進まないのですから、時も動きません。太陽の船に乗船していた、時をつかさどる神トトは、何事かと飛び降りてきました。魔法で飛んだのかもしれませんが、鳥なので単純に翼で飛んだような気がしなくもありません。

 トトは、時を止めたのがイシスたちであることを知り、驚いてたずねました。
 「なぜ理を曲げるようなことをするのか。時をつかさどるものとして、このような不正は見過ごすわけには行かない」
職務忠実。トトさん立派。

イシスは、ただ泣きじゃくるばかりで答えられません。かわりに、セルケトが言います。
 「ホルスが死んでしまったのよ。セトが、毒蛇か何かを遣して噛ませたのだわ。わたしたちの力では、この毒を癒すことは出来ない」
 「なるほど。…だが、私なら毒を消す呪文を知っている。」
トトはホルスに向かって呪文を唱えます。知恵の神でもあるトトは、攻守ともに魔法が使えるエキスパート。何でもアリのおいしい役回りです。
 呪文によって、仮死状態のまま、時が止まっていたホルスは、危ういところで息を吹き返し、時は動き始めます。
 温かみを取り戻す息子の体を抱きしめて、イシスは涙を流しながらトトに礼を言います。逃げる手引きをしてくれたり、遡ればラーに逆らってまで誕生の手助けをしてくれている。大恩人(神)です。
 しかしトトはクールに言います。「これまで以上に、気をつけるがいい。この子がオシリスの座を受け継ぐ、その日まで。時は近い」
 助言を与えおわると、トトは再び空に戻り、太陽の船とともに去って行きます。このことがあってからというもの、イシスはさらに警備を強化して、聖なるヘビであるコブラの女神、ウアジェトをホルスの側におくようになりました。ウアジェトは、のちの時代にナイル下流地域の守護者になった女神でもあります。
 やっぱ、サソリよりヘビのほうが強かったんでしょうか…。

***
 このあとの展開には、異説があります。
 それによると、ホルスが神々の宮廷を訪れる少し前に、死者の国に住むオシリスの一部が地上に戻ってきたことになっています。

 叔父セトを倒すことを教え込まれ、島で王となるべく英才教育を受けていたホルスのもとに、あるとき、父オシリスの幻影があらわれました。
 オシリスは息子に問います、セトを倒し、自分の仇を討てるか、と。ホルスはそれに力強く答えます。この答えを聞き、オシリスは満足し、時が来たことを知るのでした。
 イシスと再会し、このことを告げ、久しぶりに夫婦水入らずで一晩を過ごしたあと、オシリスは冥界へ戻り、イシスは、もう一人の息子をみごもります。この子供が、ホルスの弟、<子供ホルス>=ギリシア語でハルポクラテス、です。
 しかしハルポクラテスは未熟児だったため、大きく成長することはなく、ずっと子供のままで、しかも短気でした。また、母親の能力を受け継いで魔法の力は持っていたものの、戦うことは出来ませんでした。

 もっとも、「ハルポクラテス」はかなり後の時代になって生まれた神であることや、ギリシアでの信仰が主だったらしいこと、ホルスの弟がいるというのは一般的な神話でないことなどから、この部分の話は、在っても無くてもいいものかと思われます。(ハルポクラテスという神は、ホルスと同一視されることのほうが多い)

***
 さぁて来週の「エジプト神話ストーリー」はッ?!
 「ホルス、神々の宮廷へ行く」 「セト叔父さんの罵倒」 「トトさん困る」
 の、3本です! 異説・新解釈入り乱れての神の神とも思えない罵詈雑言の赤裸々白書。お楽しみにね!



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