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第七話 イシス逃亡
長い旅と苦労の果てに、オシリスの遺体を見つけ、イシスはエジプトに戻ってきました。
彼女は考えます。どうにかして、夫を復活させよう、と。この時代、まだ生と死の世界は決定的に分かたれていないため、それも可能なのです。(なんせ、死者の国の王になるオシリスさんが、普通に死んですからネ。)
しかし、セトも黙っちゃいません。
兄オシリスの遺体が発見され、イシスがエジプトに戻ってきていると知るや、苛立ちはじめます。
「今さら戻ってきても遅いわ。王の座は私のものだ!」
一度権力握っちゃうとダメですね。地位に固執して手段とか選ばなくなっちゃいますね。
もとは叩き上げでがむしゃらにやって来た人なのに…。(違う)
イシスが葦の茂みの中に棺をかくしていなくなっている間に、セトは、兄の遺体をバラバラにして、再び河に投げ込んでしまいました!
セト「これでもう、蘇ることなど出来まい。あーっはっはっは!(悪)」
イシス「ああ、なんてこと…」
非道い、非道いよ、セトさん。
このときセトがどうやって棺を探し当てたのか、遺体を幾つに切り分けたのかについては諸説ありますが、とにかく体はバラバラです。エジプトでは、死者の体をミイラにして丁寧に埋葬することからも分かるように、死後の世界で永遠の魂を得て蘇るには、体は必要不可欠とされていました。体のパーツが足りないと、復活できません。
イシスは諦めませんでした。
セトの強引なやり方に反発を持つ者や、ひそかにイシスを手助けする者たちがいて、皆で遺体大捜索。かつてネフティスがオシリスと不倫をして作った息子、アヌビスや、河のエキスパート、ワニのセベク神も、イシスを手伝ったとされています。そして イシスは、ばらばらにされたオシリスの体を見つけるたび、その場所で葬式を行ったため、エジプト各地にオシリスの墓が存在するのだそうな…。
まるでお釈迦様ですな。(笑)
オシリスさんの遺体は仏舎利と同じ効果を持っていたようです。(オシリス巡礼といえばアビドス、と言われているのは、アビドスに流れ着いたのが「頭」だったから。あれですよ、四国八十八箇所めぐりと同じで、頭から巡礼始めなさいと。)
しかし、どんなに探しても、最後のひとかけら…オシリスの××だけが見つかりませんでした。
それもそのはず、この部分は、ナイル河に住むオクシリンコスという、ブツの形をした魚が飲み込んでしまっていたからなのでした。
シモネタなので敢えて器官名は出しません。察してください。
仕方ないので、イシスは、代理の品でその部分を作り、夫の遺体をつなげます。つなげたのはアヌビス神、そしてこのとき、アヌビスがオシリスの遺体を包帯で巻いてつなげたことからエジプトのミイラ第一号が作られ、アヌビスは以後、ミイラづくりの神と呼ばれることになったのでした。
そう。エジプト人がミイラを作っていたのは、これすなわちオシリス神と一体化するため。死者の国で生きるオシリスの真似なんです。だから死者は、「オシリス・○○」(←戒名)と、呼ばれるのです。
さて、つなぎあわされたオシリスの遺体を前にイシスは、妹ネフティスと協力して、復活の儀式を試みます。
ネフティス「いくわよッ! 姉さん!」
イシス「はアアア…!」
とかいう状態だったかどうかはともかくとして、この時の図を壁画で見る限り、相当気合入ってたらしいことは確かです。
二人の最大出力の魔力によって、オシリスは一時的に蘇りました。
ですが、体の一部が欠けたままなので、完全な復活ではありませんでした。
このまま、地上に留まることは出来ない。オシリスは、地下の死者の世界へ行き、そこに自分の国を作ろうと決意します。冥界神オシリスの誕生です。
こうして地上と地下、生者の世界と死者の世界は分かたれて、以後、自由に行き来することは出来なくなってしまったのでした。
生者の世界を去る直前、オシリスとイシスは、地上世界での最後の逢瀬を重ねたといいます。
このときイシスが身ごもったのが、息子ホルスでした。
ところで、オシリスが冥界へと下るとき、真実と正義、秩序をつかさどる女神マアトもまた、冥界へ行ってしまったのだといいます。
マアト様は、地上の秩序が失われたことを、ひどく悲しんでいたのでした。
「ああ、なんてことでしょう。身内を殺害した者が栄光の座についている。」
・・・ まぁそりゃそうですね。セトさんってば、明らかに殺人(神)を犯してますから。
しかも死体遺棄・死体損壊の容疑者でもあります。懲役何年?
セト「フン。私の権力を持ってすれば、そのくらいの容疑いくらでももみ消せる。検察に裏から圧力かけてくれるわ!」
まるで、ヤな政治家です。金と地位にモノ言わせてやりたい放題。
しかもセトは、不貞を働いたうえ、姉イシスを手伝ったネフティスを一方的に離縁、独身貴族として悠々自適の暮らしを始めたのです。左右に芸者とかはべらせてると、なおグッド。(嗚呼…。)
そのころイシスは、まだ幼い息子を抱えてシングルマザーとしてジリ貧生活をしていました。渡る世間は鬼ばかり。夫と死に別れた寡婦の苦しみ、出戻りの妹と身を寄せ合って、細々と暮らしていたのです。
でも、セトはまだ満足していません。イシスは夫を殺されたことを恨んでいるはずですから、いつ逆らうとも知れないのです。
セトは彼女たちの居場所をつきとめると、黒服の男たち(ウソウソ。エジプト暑いから黒着ない)を引き連れて、あばら屋に乗り込みます。
イシス「セト! な、何しに来たの」
セト「フ・・・ 。探しましたよ、姉上。女一人で生きていくのは、さぞかし大変でしょう? どうです。身内として私が援助いたしましょうか。」
イシス「(キッとしてにらむ)おだまり。夫を殺したのはあなたでしょう」
セト「まあ、そう言わずに。(パチン、と指とか鳴らして)オイ。連れて行け」
イシス「! な、何をするの?!」
黒づくめの男たちが左右からガッチリと掴むところ想像。実際は腰布一丁の涼しげな人々ですが。
ネフティス「あなた! これは一体・・・」
セト「黙れ。貴様とはもう別れたのだ、軽々しく呼ぶな。(にやり)・・・ だが、一時は夫婦になった仲だ。まとめて貴様の面倒も見てやろう」
ネフティス「やめて! きゃああ!」
いくら抵抗しても非力な女二人。力づくで連れて行かれて、「生活を保護する」というタテマエのもと、監視付きで、以前よりひどい暮らしを強いられることになってしまいました。
ネフティスは裏の畑へ麦刈りに。
イシスは家で機織りを。
セトとしては、自分の地位を脅かすような存在に自由に動き回ってもらっちゃ困るからでしょう。オシリスの遺体捜索に協力した、親・オシリス派の神神は、もちろん密かにブラックリスト入り。いつクーデター起こされるとも限りませんからね。
他の神神が、ひそかにイシスと連絡を取ったりしないよう、軟禁状態にしておいたのです。
どこかの神A「セトさん、あれはひどすぎやしませんか」
セト「何がだね?」
どこかの神A「いや・・・ 身内の神に対する仕打ちがね。君の元・奥さんにまで、あんな貧しい暮らしをさせるなんて。」
セト「(キラーン)何を言うのかね、君。私の送る金を受け取らないのは奴らのほうなのだ。おおかた、同情をひいて私の名を貶めようとでもいうのだろう。それでも私は辛抱強く、最低限の生活は保証してやっているのだよ。それとも何か。君は私より、あの連中の言うことのほうを信じるのかね?」
どこかの神A「うッ・・・、い、いえ、決してそのようなことはッ・・・。(汗) し、失礼します。」
→客が去ったあと
セト「(ぱちん、と指鳴らす)オイ」
黒づくめの兄さん「は、お呼びでしょうか」
セト「奴をブラックリストに入れておけ。目障りなら、殺しても構わん」
黒づくめの兄さん「かしこまりました。」
こーんなカンジで恐怖政治を執り行い、ギリギリ下々の人間を締め付けあそばされておりましたが、そのぶん外国からの侵入などは無かった模様。軍事強化に走る王ってアレですよね、概して対外的に強いわりに内部の動乱に脆いっていう感がありますよね。
そんなお約束にもれず、セトさんの仕打ちに対しイシスたちの肩を持って内部から手引きをした者は、あの、トトさんでした。
太陽神ラーににらまれる危険を犯してまでこの世に生を受けさせた兄弟たちが殺し合い、憎しみあうなんて悲しすぎ。
月満ちてホルスが生まれると、トトはイシスのもとへ行き、こう告げました。
「このまま、ここにいてはいけない。セトはいずれ、自分の王位を脅かすことになる、その子を殺しに来るだろう。逃げなさい。そして、息子が成長する時を待て」
これを聞くや否や、イシスは逃亡を決意します。まだ息子は生まれたばかり、戦うには幼すぎる。そして、夫との間に生まれたひとり息子を、どうしても失うわけにはいきませんでした。
トト神が呪文でイシスの姿を隠し、イシスは、ホルスを抱いてセトの手のものたちの警護をかいくぐって、ひた走ります。その一方で、ネフティスは、別の方向から逃げたようですが…。
もちろん、これで簡単にセトの追っ手を振り切れるはずもなく。
急転直下のストーリーは、次回へつづく!
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