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第十六話 2人兄弟の物語

−別称;インプとバタの物語−


 王とともに、牛を祀った小屋へとやって来たビントネフェル。きれいな牛を撫でようと近づきます。聖なる牛の飾りをつけられたバタは、彼女を見とめると、小さな声で、囁きます。
 「ビントネフェルよ。僕だ、バタだ。」
 「!」
驚いて、手をひっこめるビントネフェル。しかし牛は、彼女にしか聞こえない声で言います。
 「不実なやつめ、よくも秘密をばらして僕を殺させたな。」
脅しですか?

 ビントネフェルは大慌て、王のもとへ駆け戻ると、牛を殺してくれ、その牛がどうしても食べたいのだ、とせがみます。
 夫が牛に化けたことを知られたくなかったのでしょうか。
 ファラオは最初、せっかく手に入れた牛を殺すことなど出来ない、と拒みます。そりゃそうです。聖なる牛は、ある一定の期間が過ぎるか、死ぬかするまで大切にするべきもの、決して殺すことは許されないものです。
 けれど結局は、、愛する妃の再三のおねだりに、折れてしまいました。(バカップルめ)

 王「しょうがないなぁ…。では、あの牛を食べさせてやろう。どこが食べたいのだ。」
 ビントネフェル「あの牛の肝臓が食べたいのよ!!」

 なぜ肝臓? 何でまた。
 このへんは、古代人の微妙なニュアンスなので、現代人には分かりかねますが、時代的にそう違わないエーベルス・パピルスの処方箋によれば、「牛の肝臓」は膀胱炎と夜盲症(鳥目)に利くビタミンAたっぷりの薬だったそうで、多分王妃はビタミンA不足だったのでしょう。…
 …ってそんなワケ無いか。

 そんなこんなで、今度は肝臓抉り取られるハメになったバタ。とことん不幸キャラです。
 王妃のおねだりによって聖なる牛が屠られたとき、王宮の戸口には、大粒の血しぶきが飛んで、ここから、一晩のうちに巨大なアボガド(シュブ、となっている場合も。または単に木、とも。どれが正しいのか分からない)が二本、生えてきました。
 そうです、バタはまだ死んでいませんでした。根性です。
 この不思議な木は一体何なのかと人々が集まり、見上げます。その中にもちろん、不実な王妃もいます。
 彼女が近づいたとき、木が突然、喋り出しました。

 「おお、ビントネフェル。また僕を殺したのだね…?」
 って、木がどうやって喋るんじゃい! 木だろ? 口なんて無いじゃん!
 心霊現象?!

 ビントネフェルは真っ青になり、王に向かって、あの木を切り倒して自分に家具を作ってくれないか、なとど頼み込みます。
 いい加減、こんな我がまま何回も聞いてられません。王様もちょっとムッとしながら妻に言います。

 王「わかった、わかった。言うとおりにしてやろう。だが、これっきりだぞ。いいな。」
 妃「ええ。ありがとう、あ・な・たv」

 狡猾な女は、この木が切り倒されるところを自分で見届けなくては安心できない、と、職人たちが斧をふるう間、近くに立ってじっと見守っていました。と、その時、木屑が飛んできて、彼女の口に飛び込みます。
 …やがて、時が過ぎて…。
 女は、子供を身ごもりました。

 ここで古代エジプト解説をひとつ。
 医療パピルスによれば、古代において、体中の穴はすべて繋がっていると考えられており、口と膣と肛門も、一本の管で結ばれているとされていたのです。
 子供を産める女は、口と膣がうまく繋がっており、産めない女は、どこかでつながりに不都合があるものとされました。そのため、不妊テストでは、下からニンニク突っ込んで、口が臭くなれば受胎可能、なんていう、ムチャクチャなことも行われていたのです。(んなアホな。)

 つまり、ここで出てくる、「口から飛び込んだ木屑で妊娠する」というモチーフは、現代の日本人にとっては「ンなわけない」出来事ですが、当時のエジプトの人々にとっては、「常識」的な出来事だったのだと思われます…。

 以上、解説終わり。

***
 子供が生まれると、王はたいそう喜び、これを世継ぎとして育てるよう言いつけました。
 王子はすくすくと育ち、やがて、王が亡くなると、次の王として即位します。
 その即位の時、彼は、国中のすべての役人、神官、賢者、貴族たちを呼び集めさせ、広間に並べて、こう切り出します。
 「皆のもの、よく聞くがよい。私はバタ、不実な女によって三度殺されたバタである。」
ビントネフェルもびっくりです。(っていうか、早く気づけ。)
 新王バタは人々に、かつて自分がいかにして欺かれたかを語り、この女をいかにすべきかを人々に問います。
 その答えは…「死刑にせよ」。
 さっそく、ビントネフェルは処刑場へと引き出され、かつて女神たちの予言したように、不名誉な刃物による死を遂げることとなったのでした。

 その後、即位したバタは、兄インプを養子として迎え、30年間エジプトを統治したのち、インプに王位を譲って、亡くなったそうです…。

 かつての妻とはいえ、母親を殺させたヤな王子。しかも、彼の話を信じちゃう人々も、かなり謎。
 王権を乗っ取ったばかりか、兄弟を跡継ぎにつけ、さらにはその兄弟、兄だったはずなのに、いつのまにか年下になっている。
 バタに余計な災厄を背負わせた神様たちはどうした?! 神様!
 これで本当に良かったのか。ハッピーエンド?
 ツッコミどころ満載です。

 ファラオの宝庫の初期であるカーガブー、および書記ホリ、書記メルエンオペトの命により、この書の主である書記イネナがこれを記す。
 この書と違うことを記す者には、トト神がその敵となろう。


 …違うこと書いて、真実の書記官トト神に怒られたくないので、とりあえず… これでよかったんだ、と、ムリヤリ自らを納得させながら…

 「めでたし、 めでたし。」


※実は兄も転生していたんじゃないだろうか…なんて思う。ここのご兄弟、揃って人間じゃないよ、どっちもヘンだ。
あの喋る牝牛が実はお母さんだったり。あるかもよ。



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