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第十七話 ヘロドトス発進!

−歴史<ヒストリア>は、こう語る。−


 ヘロドトスといえば、「歴史」という書物でもって、古代エジプトについてギリシア人の視点から書いた人物です。社会の教科書にも出てきます。しかし、だからと言って、全面的に信用するのは間違い。この時代の「歴史」とは、「探求、調査の」という意味で、現代で言う「歴史」とは言葉の意味が違っていたのです。

 この本はヘロドトスが各地で見聞きしたものから構成されており、その情報源は様々です。その情報が正確であるか、お互いに矛盾なく繋がっているかを、彼はあまり意識していなかったようです。

ヘロドトスへの情報提供者たちは、明らかに二種類に分類され、一つはエジプト人、もう一つはギリシャ人たちであった。ここでギリシャ人というのは商人と職人のギリシャ人のことで、彼らはこの国に何代にも渡って住みついてきた。そしてデルタの都市や城砦で暮らしながら、筆者'(ヘロドトス)のために通訳が出来るくらいのエジプト語をマスターしていた。

<中略>

だがヘロドトスが最も頻繁に会ったのは、外国人と"専門に"つきあい、もてなすエジプト人で、それはガイド、書記、祭司、ロバ引きなどであった。

――エジプト ヘロドトスの旅した国/ジャック・ラカリエール解説/幸田礼雅 訳/新評論

 解説書でこのように書かれるように、ヘロドトスはエジプトのそこらへんから四方山話を仕入れ(中には下世話な話やウワサ話、民間伝承のようなものまで含まれる)、それらを振り分けることなくごっちゃにして記録したものと思われます。

 どこに入れようかしばし迷ったのですが、ヘロドトスさんの居たのは紀元前5世紀、このくらいの時代なら、まぁ、神話と呼んでもいいかなぁ、なんてことで、「歴史」は神話ストーリーに分類することにしてみました。

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■たとえば、こんな話があった       それは「巻のニ」冒頭部分。

 エジプトに、プサンメティコスという王が即位した。それまでエジプト人は、自分たちを世界で最古の人類だと思っていたのだが、この王はそれを疑い、実験してみようではないか、ということになった。

 その実験とは、無作為に選び出した2人の子供を、人の言葉の聞こえない羊小屋に隔離しておき、親となる者も子供たちには一切話しかけず、子供が喃語(なんご=意味の無い発声)を話し出すまで育てる、というものだった。
 その意味の無い言葉、「あー」とか「うー」とかいうもののうち、最初に喋った意味のある言葉こそ、人類が最初に覚えた言葉だ!
 その言葉を持つ民族こそ、世界最古の人類である!

 二年が経ち、果たして、子供たちが最初に喋った言葉とは、「ベコス」であった。
 このベコスとは、プリュギア人(フリジア人のことか?)が、食べるパンのことを呼ぶのに用いる言葉であると分かり、プリュギア人が最古の人類として認められたのだった。

 この話には異説もあり、舌を切らせた女に養わせたという話もある。
 実験の結果、エジプト人たちは、それまでの自分たちの説が間違いだったことを、渋々と認めた、という…。

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 無茶だ。
 この王様、何だか無茶苦茶な理屈でもって、一昔前の心理学者でもやらなんだような恐ろしい実験をやらかしています。「ベコス」って。たったそれだけで? …プリュギア人の言葉をペラペラにしゃべり出したならまだしも、そんだけだったら、普通、一緒に育った羊の鳴き声のマネだっただろう、と、現代人なら考えるところです。
 こんな実験で人生のはじまりから狂わされてしまった子供たちが可愛そうだろー。というか、これは実際にやった実験なのか、ただのウワサなのか。

 ヘロドトスは、全編とおして「ギリシアの神話のほとんどはエジプトから来たものだ。ギリシア人はエジプトのマネをしたのだ。」と主張している人なので、エジプト人より古い人間のことについて、どうしても書かねばならなかったようです。

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■さらに、こんな話も書かれている       巻の二の75節から後。

 エジプトには、翼ある蛇という生き物がいた。この蛇は、春になるとアラビアからエジプトを目指して飛んでくるのだが、国の入り口で、黒い鷺(イビス)が蛇を国に入れまいと迎え撃ち、みな殺してしまうのだ。
 そのため辺りには蛇の骨が積み重なり、イビスはエジプト人によって尊敬されている。
 イビスの形状は、全身漆黒で鶴のような足をもち、くちばしは極度に湾曲して、大きさはクイナほどである。

 エジプトにはもう一種、好んで人の足元に徘徊するイビスがおり、こちらは、頭からノドにかけて毛がなく、頭、首、翼の先端と尾は真っ黒で、それ以外は白い。形は前述の真っ黒なイビスに似ている。

 蛇は水蛇(ヒュドラ)にそっくりで、翼はコウモリのようだ。

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 そんな生き物、おらんちゅーねん。
 紀元前5世紀といえど、世界はまだまだ神話の霧の中。アラビアから来たる、翼ある蛇とは一体何者なのか? ヘロドトスは骨まで見たと言い張るのですが、どーも、そんな生き物がいたかどうかは分かりません。壁画には確かに翼の生えた蛇が出てきますが、そりゃー宗教上の概念であって、実際にそんな生き物が居たワケではありません。

 参考として、「古代エジプト動物史」(昭59、酒井傅六)では次のように書かれています。

 これはたぶん、有翼のトカゲと結びつく。この有翼のトカゲは正しくはトビトカゲ(Dracovolcans)といい、全長が二十センチ前後だが、獲物を見つけると五十メートルも飛ぶ。このトカゲの今日の分布はインド南部からインドシナ、マレー半島、インドネシア、フィリピンという東南アジア地域であって、アラビア半島もエジプトも含まれてていない。しかし、古代エジプトの時代に、アラビア半島にも生息していたかもしれない。そうだとすれば、ヘロドトスの記述もうなづけるということになる。

 …ああ。あの「USO! ジャパン」に出てたトビトカゲですか。(←いかなり格落ち)
 それにしたって、実際自分の目で見たわけでもないでしょうに、えらい書きっぷりです。

 ちなみに、これを撃退するとされた鳥たちのほうは、おそらく、黒っぽく見える青サギのことでしょう。フェニックスの原型ともなった、ベヌウがこの鳥の姿をとります。青サギとかいうわりに全然青くなく、どう見ても真っ黒なのが特徴です。上野動物園にいますが、いつ行ってもケージの奥でふてくされてて、いまだに良く見たことが御座いません…。トト神の神聖動物で、エジプトトキと呼ばれる黒いトキだと思われます。(⇒写真
 こちら、現在ではエジプトでは絶滅してしまい、上流のエチオピアまで行かないと会えないようです。

 一方、ヘロドトスが言う、人なつっこい「もう一種のイビス」とは、実際はイビスではなく、現代でもエジプトの農村にたくさんいる、白いサギ(アマサギ)のことだと現在では考えられているようです。


 「歴史」とは名づけられているものの、実はヘロドトス、あまり詳しい分析は加えていないのです。
 そんなヘロドトスさんの述べる、「エジプト−ギリシア 神様名変換表」。ついでなので、つけておきましょう。
 ちなみに、下記の表でオシリスがデュオニュソスなのは、「彼がエジプト全土を渡り歩き、言葉によって人々を説き、農業をもたらした(Byプルタルコス)」からなのだそうです。ナルホド。そういう見方をすれば、デュオニュソスに見えなくも無い…。

ギリシア エジプト 注釈
アポロン ホルス
テュポン セト セトだけ怪物扱い…。
デメテル イシス イシスの名はギリシアにもよく知られており
イシスとそのまま呼ばれることが多い
ゼウス アメン、アメン・ラー 後世にはオシリスと同一視された
デュオニュソス オシリス この対比は不適当だと思う。ミン神のほうが相応しい
ヘラクレス シュウorコンス ヘロドトスは「ヘラクレスが原初の8柱神に入っている」と
書いているので、だとすればシュウのほうだろうか
アレス コンス? 正確にどの神のことを指しているのかは不明。
アルテミス バステト
アプロディテ ハトホル
ヘパイストス プタハ
アテナ ネイト
レト ウアジェト
ヘリオス ラー この時代は、ラーよりアメンのほうが優勢だったはずだが
エパポス アピス 聖牛つながり。
パン ミン ヘロドトスは「パンが原初の8柱神に入っている」と
書いている。
セレネ どの神に相当するのか不明。ムトのことか?


 よーく見ると、「何でパンがミンになるのか?」など、不思議な対比がたくさんあります。
 ギリシア神話はエジプト神話を源流とする、なんていう説のいくばくかは、このヘロドトスの本が元になっているのですが、書かれたものがすべて”正しい”とは限らない…というの、見て分かりますよね。
 しかし、一足飛びに「ヘロドトスのいうことは何も信用ならない」というのも間違いであって、これまでのエジプト考古学に、最初の糸口としてしばしば利用されてきた功績は認めなきゃーなりません。
 他国の人間から見たエジプトを知る上でも大切ですしね。

彼のおもしろぶりについては「世界の古典つまみぐい」というサイトで要約を読んでみては。



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