主な称号
力偉大なるもの、異国の領主、嵐と暴風の領主、不吉なるもの、オンボスの主
主な信仰
荒ぶる砂漠の神。暴風と雷鳴を象徴とする。
甥のホルスと壮絶な王位争奪戦を繰り広げた神話で知られ、時々卑怯な手も使ってはいたが、その文句なしの強さゆえに、敵を撃退するときには必要とされる戦の神でもあった。エジプト王国の歴史を通じて、混乱期にはセトの力強さが求められた時代も何度かある。単純に善悪では割り切れない神であり、この神を「邪神」や「悪魔」と呼ぶ人は、まず根本的にエジプト神話の特性を理解していないので、その時点であまり信用しないほうがいい。なお、セト神が一部の本で「リビアの神」と勘違いされている理由は、西方砂漠の神
アシュの設定をセトのものだと勘違いしたせいじゃないかと思う。エジプト国外出身という神話は探せばどこかにあるかもしれないが一般的ではなく、信仰場所が砂漠に限られたという事実も存在しない。
●ポジティブ面 〜戦の神、力の神、異境の神
エジプト神話において、太陽は毎日夕方に死に、翌日夜明けとともに地平から再び生まれ出る存在だった。その太陽の乗る船を守護する神の一柱がセトである。地平線の下にある死の世界は危険なところと考えられ、太陽の船は数々の危険を乗り越えなければ東の地平にたどり着くことが出来ない。中でも最大の敵であり太陽を飲みこもうとする巨大な蛇、アポピスの「天敵」がセトとされ、太陽の守護に大いに活躍していた頼りになる強い神様である。
ただし新王国時代になると、ヘビやワニなど人間に有害な動物が「セトの化身」として忌み嫌われることがあり、天敵なのか同類なのかが場合によって混在する。
その反面、第18王朝からすでにセト神の地位は高く扱われており、トトメス3世がセト神に弓の扱い方を学んでいる壁画が存在する。この神は、王にとって弓の師匠なのである。
戦の神としては特に異国での戦いにおいて大いに崇められる存在で、シリアへ遠征を行ったラメセス2世の軍にはセトの加護を受けた隊が記録されており、戦勝記念碑にもセトの名前が挙げられている。新王国時代は王位継承の際にホルスに扮した王がセトを模した動物を打ち倒す儀式が行われることもあり、セトが悪者にされた時代と考えがちだが、実は新王国時代ほどセトがたたえられた時代は他にない。善悪どちらにも極端にブレやすかった時代なのだろう。
純粋にセトが悪役になっていくのは、おそらくエジプトが衰退期に入る第三中間期以降である。
●ネガティブ面 〜王位の簒奪者、破壊の神
セトにまつわる第一の神話は、「オシリス殺し」と「王位の簒奪」である。
ピラミッド・テキストの中に既にそれを示唆する文言が入っていることから、初期から存在した属性だったと考えられる。ただし最初から兄弟だったかどうかは不明。
兄オシリスを殺して奪った王位を甥のホルスと争う神話は
エジプト神話ストーリー でどうぞ。ただし時代やテキストごとに細部が異なり、部分的にしか残っていないバージョンも多い。
王はホルスの化身と考えられるようになったことから、王位の簒奪者セトは必然的に「打ち倒されるもの」となり、「悪」の存在を演じさせられる神となった。ただ、セトが象徴したものは単純に「王位の簒奪者=敵」ではない。「怒り」や「破壊衝動」など、人が屈服させなくてはならないネガティブなもの全てなのである。「王はホルスとセトの両面を持つものでもあった」という言葉や、セトとホルスがともに王を祝福する像の存在がそれを意味している。セトは屈服させられたのち、王の力となる存在だった。
ナイル流域では、神殿に描かれることはほとんど無い。主要な神の集まる場においてセトが集合体に入っているのを見かけることは難しく、セトの名を持つセティ王の神殿にも描かれていない。(ホルスやオシリスと同じ神殿に描くとケンカになるからだろうか…一応の体裁というものはあったようである。)
しかし後述するように「異境の神」であり、砂漠はセトの領域とされたことから、エジプトの西砂漠にあるカルガ・オアシスの神殿にはでかでかとセト神が描かれ、セトを称える言葉が刻まれている。ほかには、同じくナイル西方のバハレイヤ・オアシス、ダグラ・オアシスなどでも主神扱い、セトの聖地であるオンボスでも同様である。
●異境の神
甥ホルスとの王位継承戦争に敗れたあと、セトは国外を領土とする「異境の神」となった。ナイル河畔の「神々の土地」に対する外の世界=砂漠、または国境の外の世界=異国、である。
外国人の人気も集めた神で、のちにヒクソス人がエジプトに侵入してくるようになると、嵐の神、雷鳴の神としておなじ性格を持つヒクソスの神ステクや、シリア系の神バアルと同一視されるようになった。その影響で異国風の衣装をつけたり、戦車に載る姿で描かれることもあった。
また、新王国時代(第19王朝)のラメセス2世は、ヒッタイトとの戦争後、講和してヒッタイトの王ハットゥシリシュの娘を妃として迎えるとき、山を越えてくる婚礼の一行の道中の安全をセトに祈願している。ヒッタイトの首都は現在のトルコ(カッパドキアの北)。そこからの遠路はるばるの旅路の無事を祈るのは、国内専門の神ではなく国外もサポート対象になっている神。けっこう手広い神様である。もちろん、セトが単なる邪神や悪魔と考えられていたなら、こんなことは在り得ない。
なお、有名なエジプトとヒッタイトの条約においてエジプト側の代表神として契約に立ち会っているのは実はセト神である。(そのためヒッタイトでの呼称が判っている)
エジプト側はセト、ヒッタイト側は「アリンナのラー女神」に誓ったことになっているが、ラーとは太陽のことなので、アリンナの太陽女神という意味になり、最高神である天候神テシュプの妻、ヘパト女神のことである。双方とも実際の国家最高神に誓っていないあたり何となく含みがあるというか、エジプト側が女好きのセト神でヒッタイト側が女神っていうあたりにハニトラ臭を感じるというか。そのあとラメセス2世がヒッタイトの王女を嫁にしているあたりからも、"相手国の最高の女をモノにしたい"的な欲を感じるのは深読みのしすぎなのだろうか。なお余談だが、ヒッタイトの王女を嫁にした当時、
ラメセス2世の推定年齢は50歳代後半である。ジジィー!
●時代のトレンド
セトは時代によっても扱いが異なる神だ。
第二王朝はセトの名を冠する王たちが即位した時代で、王名とともにセトの名が刻まれている。第二王朝時代は、一時的にしろセト人気がホルス人気を上回って国家神となった時代であり、逆に言えば、このときセト信者が政治的に敗北したのが、後のホルス主流の信仰を生み出したとも考えられる。
新王国時代にはセトの戦神としての側面が取り上げられ、セティなど再びセトの名を冠する王が現れるが、理由としてはエジプトが異国との戦争を多数経験する時代に入ったことや、ヒクソス人の神と習合したことで異国人からも支持されたことなどが考えられる。ただしセトが国家神として第一の地位に上ることはなかった。戦争に関わる神は民衆にはあまり関係なかったということもある。
新王国時代に続く第三中間期には、完全な悪の側面だけが取り上げられるようになっていくが、その時代においても、西方オアシスでは継続してセトが崇められており、またオンボスなど古くからセト信仰のあった上エジプトでもセトは悪神として扱われていないため、セトを悪魔として扱ったのは下流のデルタ地帯に限定されるかもしれない。
●セト・アニマル
セト神の神聖動物とされる生き物が何なのかは特定されていない。
ツタブタ説、ロバ説などがあるが、尾がパピルスの花になっていることもあるので、実在しない空想上の獣だと考えるのが主流になっている。ただしエジプト神話上、完全に実在しない動物で描かれた神は他にはおらず、アメミットのように「カバ+ライオン+ワニ」のように実在する動物の融合体で描かれることが多い。
既に絶滅したか、古代から見て生息域が変わってしまった動物を元にしているという説も一応ある。
ちなみに、他に尻尾が花になっている生き物といえば、
こいつとか。案外、頭はロバ、体はジャッカル、尻尾は植物…とかいう融合体というのが真実かもしれない。
英語では「セト・アニマル」と呼ばれている。
●その他の信仰について
以下の関連項目を参照。
・
セト信者の人へ、セトさんの素敵な写真プレゼント
・
セティ1世の名前の「セト」神部分は、墓だとオシリスになってるという豆知識。
・
【悲報】関東は水曜日も雪の予報! というわけで皆、セト神に祈るんだ!
神話
・王位欲しさに兄オシリスを殺害する神話が有名。しかし兄の殺し方はだいたい決まっているのに、甥っ子との戦いは諸説あるというのが面白い。
・ホルスとの戦いでセトが流した血が、エジプトの西方にあるハルガ・オアシスとダフラ・オアシスを出現させたという神話もある。
・天の神ヌト、大地の神ゲブの子供。兄オシリスを追い越して最初に生まれ、王位を手にしようと、母ヌトの子宮と腰を突き破って誕生するも、オシリスの誕生に先んずることが出来ず、弟になってしまった。(オシリスが母の参道を通っているときに子宮をぶち破ってショートカットしたらしい。さすが神様?)そのため、兄オシリスを殺害して無理やり王になろうとしたという。
後世の解釈だろうが、生まれたときから王になりたいと強く望んでいたというキャラづけは面白い。つまりセトの恨みは、誕生したその瞬間から続いていた深いものだったというわけだ。
・セトがホルスに孕まされた神話の記載には、自主規制による混乱が見られる。ベッティ・パピルスを底本とすると、セトがイシスの姦計でホルスの精液を飲んで孕む→神々が「その精液を呼び出せ」と言う→精液が「私は神の種なのでヘンなところから出たくはない(キリッ」と抵抗→トト神がセトの頭から呼び出す→そのとき太陽になった。セトはこれを叩き落そうとするが、トト神がこれをもらって自分の冠として被るようになる。 という流れ。
※だから月神であるトトが太陽の冠もかぶってるんだよ、という後付の理由になっている。
これが倫理上(ry)お子様には(ry)なため、本によってはホルスの精液うんぬんが省かれて「イシスの魔術によって孕んだ」ことになっていたり、孕んだのではなく腹の中に太陽を飲み込んだことになっていたりして微妙な感じになっているのだ。ちなみにセトがホルスをベッドに誘うシーンも、一般書ダイジェストではただの「和解の宴」になっていたりする。(笑) セトさん規制されまくり。
聖域
オンボス
西方のオアシス
ナイルデルタにおいてはヒクソス入植地で人気だった
DATA
・所有色―赤
・所有元素―風、土、火、水、闇
・参加ユニット―ヘリオポリス九柱神<アトゥム・ラー、ヌト、ゲブ、シュウ、テフネト、イシス、オシリス、セト、ネフティス>
(※ヘリオポリス九柱神はメンバーが替わっている場合あり)
・同一化―バアル
・神聖動物―不明
・装備品―特になし
◎補足トリビア◎
新王国時代の儀式の中では、セトの身代わりを打ち倒すことにより、王権を確固たるものとすることが行われた。
その儀式でセトの身代わりとされた動物は、以下のような実に多彩な種類である。
・ヘビ⇒
アポピスの項を参考に。
・カメ⇒
アペシュの項を参考に。
・ロバ⇒なんでだか不明、頭の部分がロバに似てたから?
・雄カバ⇒ホルスと戦うとき、セトが化けたからとされる。とばっちりで
セベクがセトの仲間にされた。
・ブタ⇒これもセトが化けたからとされる。
どうでもいいネタ>
セト神の信者はレタスにイタリアンドレッシングをかけてはいけない。
大人気エジプト神、セト神の「わくわく神話にゅうもん」
わりとまじめネタ>
セト神信仰の記念碑、ティニス出土「400年記念碑」
キリスト教に転用されたかもしれない古代エジプトの象徴/セト神と聖ゲオルギウス
その他の一言>
パズドラのセトなんでイヌなんだよ111111!!!!! おい! あれ完全にイヌじゃねーか!!!!!