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新王国時代 第20王朝

ラメセス11世

Ramesses]T

在位年代;1106−1077年
誕生名;ラメセス(ラーの創りし者)
誕生名;カエムワセト・メレルアメン・ネチェルヘカイウヌ
(テーベに現れ、アメン神に愛されしもの、ヘリオポリスの力ある神)
即位名;メンマアトラー・セテプエンプタハ Menma'atre' setep-en-ptah
(ラーの正義はとどまる、プタハ神に選ばれし者)
治世;30年

王朝の首都;テーベ 埋葬地;王家の谷(KV4) 出身地;テーベ

家族構成;父/ラメセス10世? 妻/テントアメン? 娘/ヘヌトタウイ、テントアメン?

Data;
即位前はカエムワセトと名乗っていた。
第三中間期、そして王と同等の力を蓄えた神官たちが、神官国家の建国へと続くに至る時代への序章。そのさきがけとして、軍人あがりのアメン大司祭、ヘリホルによる離反国家が築かれたが、ヘリホルはラメセス11世より先に死んだらしい。

ちなみに、古代エジプト文学の「ウェンアメン旅行記」が書かれたのはこの王の時代とされる。実際にあった出来事を物語風の報告書としてまとめたとされる物語の中からは、使者の苦労を通じて王国権力の衰退が伺える。

Background;
ヌビアでの支配力はまだ残っていたが、北部、シリアやシナイ半島での影響力は完全に消滅。テーベ(ペル・ラメセス)周辺での内乱も続き、情勢不安定。
王の支配地は、事実上、テーベより「北」=下エジプトにすぎなかった。
衰え行く国家を立てなおすため、古の王たちの遺産…墓に納められた財宝にさえ手を付けたといい、現在、エジプトの王墓の多くが荒らされた状態になっているのは、この時代の公認された盗掘が原因の1つではないかとも言われる。

死の直前にはスメンデスがナイル下流の町タニスに第21王朝を起こし、並行して存在する状態となっていた。
この王の死をもってエジプトの統一は再び失われ、第三中間期へと突入していく。