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新王国時代 第19王朝

セティ2世

SetiU/SetyU

在位年代;前1202−1198年
誕生名;セティ(セト神の君)メルエンプタハ(プタハ神に愛されし者)
即位名;ウセルケペルカー・セテプエンラー Userkheprure' Setep-en-re'
(力強きはラーの出現、ラーに選ばれし者)
別名;セティ・メルエンプタハ Seti-Merenptah
治世;5年

王朝の首都;テーベ 
埋葬地;王家の谷(KV15) 
出身地;テーベ

家族構成;
父/メルエンプタハ 母/イシスネフェルト 王妃/タカト?、タァウセルト、ティア
息子/セティ・メルエンプタハ(タァウセルトの子)

セティ2世は即位前にはセティ・メルエンプタハという名を使用していた。父との共同統治を経て単独で即位するが、治世2年目ごろにアメンメセスに王位を奪われたのではないかとされている。ただし結果としては王座を奪い返している。

在位は短かったが、その間に皇太子が亡くなってしまったようで王家の系譜がいったん途切れる。
続く王位には簒奪者アメンメセスの息子と思われるサプタハが就く。

短期間に王が入れ替わるのは、国政が安定していないことを意味し、よくない兆候である。この時代、ラメセス2世の築いた国力は損なわれつつあったと考えられる。


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