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末期王朝時代 第30王朝

ネクタネボ2世/ナクトネベフ

NectaneboU/NakhtnebefU

在位年代;前360-343年
誕生名;ナクトネベフ
即位名;セネジェムイブラー・セテプエンアンフル Senedjemibre' Setepenanhur
治世;18年

王朝の首都;  埋葬地; 出身地;セベントニス(サマンヌド)

家族構成; 父・チャムハピムゥ 叔父・テオス

Data;
即位名にある「アンフル」は狩猟の神で別名オヌリスのこと。
父の王位簒奪計画に乗る形で即位している。一時的にせよエジプトの繁栄を取り戻した王で、祖父のネクタネボ1世が建造に着手したフィラエのイシス神殿も増築している。また、サッカラのセラペウムなど、多くの神殿を復興させたという。
しかし最終的に、343年のペルシウム(ナイル下流)での戦いで敗北し、エジプト南部への逃亡を余儀なくされる。

この王が最後のエジプト人ファラオとなり、以降はペルシャ支配→マケドニア王家→プトレマイオス朝(ギリシャ系)と続き、最終的にローマ属州となる。

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【ネクタネボ2世の伝説】
エジプト南部へと逃亡して亡くなったはずのネクタネボ2世だが、エジプト人は、いつか戻ってきてエジプトの領土を再び拡大し、栄光を取り戻してくれるはずだと信じて待っていたという。この期待を背負って出現するのが、ネクタネボの敗走から10年弱経過後のアレキサンダーである。アレキサンダーの帝国が短期間で崩壊するとプトレマイオス王朝による統治が開始される。

ネクタネボ2世の、使われることのなかった空の棺はプトレマイオス朝の時代に墓から持ち出され、のちにカイロの聖アタナシウスのモスクで沐浴用に転用されてしまった。そのため棺には水抜き用の大きな穴が開けられた状態で大英博物館に収蔵されている。