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妖怪トケビのお話

地域;全域 出典;『三国遺事』、口伝


 場所によって、「トケビ」「トカビ」「トチェビ」「フォックシ」など微妙に名称が違う、朝鮮ではたいそうポピュラーな妖怪。日本の妖怪たち、河童ややまんばなどに似ている部分もあるが、それよりはるかに広範囲にわたって行動している。原型は一本足の山神といわれ、基本的に足は一本しかない。捕まえたトケビが朝になったら古箒や火かき棒になっていた、という話もあるくらいだから、棒みたいな体型をしていたのだろう。
 文字記録では、「鬼」「魍魎」「山鬼一脚」などなど、さまざまに表記されているようだ。

 トケビは、変化に富んだ存在で、その正体は一つではないといわれる。鬼の子と人の子の両面性を持ち、あの世のものであると同時にこの世のものであり、人に富をもたらすこともあり不幸をまねくこともある、という。この曖昧さのカンジが何だか「トリックスター」的に思えるのだがどんなものだろう。トケビ伝承も、世界に散らばるトリックスター神話の一つに数えてはいけないだろうか。
 以下は、文献資料と口伝資料によるトケビ神話である。
 微妙に扱い方が違うのが、面白い。


■トケビの橋作り

 トケビ伝説の中で最古のものと言われる、『三国遺事』の「桃花娘・鼻荊」から。
 新羅の国の第二十五代真智王のご時世のこと、世にも美しい桃花という女性がいた。王はその女性を召し出し、自分の妻としようとするが、桃花は自分には夫があるから駄目だという。王が戯れに「では、夫さえ無かったら差し支えないか」と聞くと、桃花は「その時には王の言葉に背くわけにはまいりません」と言う。
 このあとすぐ、王はポックリと亡くなってしまった。

 さらに数年経ち、今度は桃花の夫が亡くなってしまう。すると彼女の夢の中に、亡き王が生前のままの姿で現われてきて、「もうそなたに夫はないのだから、約束は守ってもらうぞ」と、桃花のもとにしばらく留まっていた。…王様、そんなことのために戻ってこられるとは、なかなかに執念深いというか、男ですな。(笑)
 かくて桃花は身重となって、鼻荊というたいそう頑丈な男の子を産んだ。

 さて、この話を聞いた第二十六代の真平王は、この子供を宮中に引き取って育てることにした。(死んだ人とはいえ、自分の父親が未亡人に手ェ出して生ませた子供なんだし。)鼻荊はたいそう不思議な力を持った子供で、鬼(トケビ)たちを従えることが出来た。あるとき王が橋をかけるために力を貸してくれと言うと、この鼻荊は、どこからともなくたくさんのトケビを集めて来て、一夜のうちに立派な橋を築いたという。
 「橋」は、あの世とこの世をつなぐものでもあるという。
 以後、トケビを追い払うときは、鼻荊を賛辞すればよいと言われたという。このあたり、日本の「河童払いのまじない」によく似ている。


■トケビのいたずら

 続いて民間説話から。むかしむかし、あるところに、貧しいが心の素直な優しい農夫が家族と幸せに暮らしていて、そこから十里ばかり離れた洞窟に、心の曲がったトケビが住んでいた。トケビは人間たちが幸せそうなのが気に入らないので、なんとかしてイタズラしてやろうと考えていた。
 ある時、トケビは、男が畑の石を遠くへ投げ捨てているのを見て大喜びし、夜の間に畑の中に大量の石を投げ込んでめちゃめちゃにしてしまった。朝になってこれを見た男は、トケビの仕業と知って、わざと大きな声で「あぁなんて素晴らしいことをしてくれたんだ。私を困らせるつもりなら畑いっぱいにニワトリの糞でも投げ込めばいいのに、馬鹿なことをしたものだ」と、言ってみた。
 隠れて聞いていたトケビはしまったとばかり、次の日は石をぜんぶ取り除いて、かわりにニワトリの糞を大量に撒き散らしていった。
 そのおかげで、この畑は以後一度も凶作にならず、毎年たくさんの実りをつけたという。
 めでたし、めでたし。

 えー…
 もういっぺん、石を投げ込みなおすってのは、ナシなんですかね(笑) この農夫のどこらへんが素直で優しかったのか。むしろトケビのほうが素直ちゃんじゃないですか、って気はしなくもないですが。カワイイっす、だまされてくれるトケビ。(でも石はやめてね)


 他にもたくさんのトケビ神話があります。民間伝承のトケビは、鬼っていうより、「天邪鬼」という感じですね。

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