アイスランド・サガ −ICELANDIC SAGA

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フレイヤの猫馬車の謎


 「 フォールクヴァングというところにて
   フレイヤは広間の座席を定める
   日ごと女神は戦死者の半ばを選び
   他の半ばはオーディンの手に帰す
  
 この女神の広間セスルームニルは広々として美しい。
 そして女神は、出かけるときには、二匹の猫をつれて車にのる。
 女神は人間の祈願にはよろこんで耳をかすので、貴婦人をフローヴァと呼ぶのは、女神フレイヤという名から由来しているのだ。
 女神は恋歌をとても愛好される。だから恋愛問題で祈願するにはうってつけのかたなのだ。」

−谷口 幸男 訳/「ギュルヴィたぶらかし」24節より


 前の「フレイヤにお願い」の項でも書いたが、女神フレイヤは猫に馬車を引かせる、変わった趣味の女神様だ。(この訳では「猫を連れて」だが、概説の本では「猫に引かせる」と、書かれている。)
 しかし、北欧には”猫はいない”。また、”そのような巨大な猫がいるわけがない”。
 …と、いうわけで、この猫の記述については、長らく謎とされていた。しかし、謎を謎のまま放っておいては、ネタにはならないのである(笑)
 神話は人が作る物語である以上、時とともに変化する。基本的な形は残しつつ、細部が付け加えられたり、削られたり、入れ替わったりする。上に述べた説が正しいかどうかは、言い切れない。
 と、いうことは、この「猫」は最初は別の動物だったかもしれないし、もしかすると、乗り物に乗ること自体、していなかったかもしれない。

 などなど、色々と考えられる可能背はあるが、ここでは、この問題について、二つの方向からアプローチしてみようと思う。

1.北欧に猫は居た。
2.猫に似た別の動物だった可能性もある。



■どういうことか。まずは1「北欧に猫は居た。」

 北欧には、「ノルウェイジャン・フォレスト・キャット(Norwegian Forest Cat)」という猫が、いる。日本のペットショップにも並んでいるくらいなので、ペット好きの人は、あるいはご存知かもしれない。
 多くのサイトでは、この猫がフレイヤの猫だとされているようだが、果たしてこの猫が飼われはじめたのは神話よりも前か?

 結論からズバリ言ってしまえば、この猫は18世紀ノルウェイ発祥である
 フレイヤ女神の猫馬車伝説はノルウェイジャン・フォレスト・キャットの発祥より前なのだからノルウェイジャン・フォレスト・キャットは、エッダ詩に登場する猫では、ない。

 だが、ここで言う”発祥”は一個の種族としての認定を指すものである。 
 猫を飼っていたらそれがノルウェイジャン・フォレスト・キャットと呼ばれるものに変化していった…のだから、飼い猫文化自体はそれ以前からあったのことになるが、果たして「いつから飼い猫文化がはじまったのか」?
 そのあたりの資料は無いわけだが、あれほど豊かに、事細かに生活を記した大量の「アイスランド・サガ」に猫が一回も出てこないことからして、実はサガの時代までは飼い猫なんていなかったんじゃないのか。いたとしても、大した重要性はなかったんじゃないのか?
 と、思うわけである。(※猫が出てくるサガをご存知でしたら情報ください。更新します)


 だが、北欧には飼い猫ではない野生の猫もいる。地元に古くから住んでした「ヨーロッパヤマネコ」である。
 雪の中でも活動するというところが猫らしくないのだが、その他の習性はイエネコによく似ており、我々の知っている「猫」とは、さして違わないという。
 ちなみにこの猫、中世ごろにはまだ存在していたようだが現在では絶滅してしまい、残念ながら生きている姿を見ることは出来ない。
 いまスカンジナビアにいる山猫は、この絶滅した猫に近く、少し大きめのヨーロッパオオヤマネコで、主にスウェーデン北部(キールナあたり)に生息しているという。 
 ヨーロッパヤマネコと違う部分は、耳がとがっているところだそうな。

 絶滅寸前のヨーロッパオオヤマネコが、どんな猫かというと、こんな感じ。たまたま北欧に行ったら、剥製が置いてあったので写真撮ってきました…。

自分、怪しい人のようだ。
  ←デカいよ。
  猫と言っていいのかどうか、わからんくらいのデカさです。
  別に私がホビットサイズなわけではありません(笑)

 もちろん、この猫は生きているものではなく剥製です。
 現地の人の話では、「確かにここらにいるらしいけど、まず見ることはないね。狼なら、そこの湖に二年くらい前に出たから見に行ったけどね。」って…いわれました。
 いやソレ、狼見に行っていいんですか?(笑)

 しかもヤマネコのほうが、絶滅寸前の狼より珍しいワケね…。





 ある神話によれば、女神フレイヤは、ブリシンガメン(ブリーシンガルなど、書き方は色々)の首飾りを手に入れるため、首飾りの製作者である小人たちの夜お相手をしたというから、小人サイズになることも出来たのだろう。
 そして、人間より小さな小人のサイズになっているときなら、このデカい猫に車を牽いてもらうことは、十分に可能なはずだ。
 フレイヤの車を牽く猫の神話は、今より多くの地域で、この猫が見られていた時代に作られたものだったかもしれない。


■さらに、2。猫に似た別の動物だった可能性もある。

 猫ではなかった可能性というのも、考えてみよう。
 フレイヤの猫は、少なくとも、女性ひとり乗った台車が引けるくらいの力がある。先ほど資料として挙げた英語サイトでも言及されているが、「ギュルヴィたぶらかし」では、アース神族いちの力持ちであるトールが、巨人ウトガルザ・ロキの館にいた猫と力比べをして負けてしまう、というエピソードがある。
 いくらヨーロッパオオヤマネコがデカいとはいえ、猫は猫である。車を牽くだけならまだしも、トール神と力比べをするというのは、考えにくい。
 もしかすると、この神話の中には、「猫」と、「猫に似た別の動物」のイメージが混在しているのではないだろうか。だとすれば、「猫に似た別の動物」とは?

 猫といえば「気まぐれ」「色っぽいしぐさ」など、恋愛の女神にふさわしいイメージを抱きがちだが、北欧神話の中の猫には、前述したトール神との力くらべのごとく、「大きい」「力強い」と、いうイメージもある。(フレイヤ女神も、「オーディンと死者を折半する」という荒っぽい一面を持っているが…。)
 では、そんな力強い、巨大な猫は、一体どこにいたのか?
 答えは、「雌ライオン」で、ある。

 ええっそんなモノが北欧に… いないけど(笑) しかしライオンは、北欧圏でも生きていける可能性がある。
 普段は南国に住むライオンだが、寒くなると皮下脂肪が増し、マイナス気温にも耐えられるからだ。現に、日本の雪国にあるサファリパークでもライオンは元気に生活している。(例;東北サファリパーク 福島県)

 ちなみに、中世の頃のヨーロッパでは、少なくともドイツの真ん中あたりまでは、ライオンが住んでいたようである。「ニーベルンゲンの歌」や「エーレク」と、いった、中世の騎士文学にも登場する。
 登場するのは雄ライオンだけだが、雄のライオンがいたなら、もちろん、その地域には雌のライオンもいたはずだ。たてがみの無い、ライオンの雌は、そうと知らなければ「巨大な、力強い猫」に見えても、不思議では無い。
 ヴァイキングたちは、すこし南下すれば雌ライオンを目撃することもあったはずで、この「巨大な猫」を、巨人族や神と結びつける思考は、それほど奇異なものでは無い。

 神話の成立に関して推測する場合、状況証拠だけで決定的な証拠は出てこないものだが、少なくとも、このように考えればフレイヤの猫馬車もトールより強い巨大猫も、不思議なものでは無いと思う。

 結論として私は、北欧人の言う「猫」とは、実際に目にすることのあったオオヤマネコと、彼らにとっては南の地域にあたる中央ヨーロッパのライオンのイメージをまぜあわせたものではないか、と推測する。


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