アイスランド・サガ −ICELANDIC SAGA

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ケニングの使用例(3)

グレティルの追放



 グレティルは、生まれながらの乱暴者、つねに人と悶着を起こすが、同時に人間的であり、今も慕われている英雄の一人である。
 詳細あらすじは→こちら
 少年時代の彼は、父親からは嫌われていて、言うことをきかず、家の仕事も何一つまともに出来ない。力任せで、わがままな手に負えない子供…だった。

 これは、そんな少年だったグレティルが、スケッギという男を殺害したあとに語る歌の一つである。



 『柄のついた化け物が、先刻スケッギを襲ったようだな。
  この物騒な女の巨人は、おそろしく血に飢えていた。
  固い口をスケッギの頭上に開き、
  歯は頭蓋に深く食い込んで、
  何も遠慮はしなかったね。
  おれもそこに居合わせたのさ。』      筑摩世界文学大系10/松谷訳



 人々は、ケニングに気付かず文字通り怪物がスケッギを襲ったのだと思い、そんな化け物はここにはいないと反論するが、ただ一人、奉公人スケッギの主人であるソルケルだけは、「柄のついた化け物」が武器であり、彼を殺したのがグレティルだったと見抜く。
 この歌は彼の最初の殺人であり、最初の追放をもたらすきっかけとなる。このときは三年間の追放だけで済んだのだが、彼は、その後も、次々と悶着を起こし続けるのである。

 故郷を追放され(期間限定で島の外に追放する、ゲルマンの法律)、その後も帰還と追放を繰り返されながら、波乱に満ちた苦難の冒険が続く。
 あるとき、グレティルは油断から農民たちに捕まって、縛り上げられてしまうのだが、地元の名士ヴェルムンドの妻、ソルビョルグによって掬われる。
 そのときの、グレティルとソルビョルグの会話は、とても面白い。



 ソルビョルグ「ひどい目にあったものだね。あんたのような恐れを知らぬ者が、つまらぬ連中に捕まるとは。」

 グレティル「わが不運は
  海の屋根(氷)のフィヨルド(イーサフィヨルド=地名)の只中で極まれり
  老豚どもが わが首根っこを
  おさえしとき」

 ソルビョルグ「彼らがあんたを捕まえたとき、どうしようと思ったのだ?」

 グレティル「多くの者は、シガル(娘の恋人を絞首刑にしたデンマーク王)が婚戚に支払いし報酬(絞首刑)が
  余に相応しいと言えり
  男たちが栄誉の葉をつけたる
  ななかまど(トール神の救い=ソルビョルグ)を見出すまでは」

 ソルビョルグ「妻が、あんたを家に招いたのか?」

 グレティル「シヴの夫(トール神)の二つの手の救い(ななかまど=ソルビョルグ)が
 余に ともに帰らんことを勧めたり。
 彼女はスンド(オーディン)の妻(女神ヨルズ=大地)の紐(大地を取り巻く蛇=グレティル)に
 よき馬を与え
 平安を恵みたり」

アイスランド サガ/新潮社/谷口訳



 さっきまで、殺されかけていたというのに、まるで自分の不注意を自分で茶化しているかのような軽快な物言いである。
 これを聞いて、ソルビョルグは、グレティルがこれから多くの苦労を背負うだろうことを、予見するのだった。

 グレティルは、手のつけられない荒くれでありながら、時に常人をうわまわる勇気を見せ、苦境を切り開く男だった。通常の人間であればたえられないなこと、成し遂げられぬことも平気で成し、そのたびに、上記のような歌を残した。

 彼は、社会集団を掻き乱す異端者であるとともに、ある種人々の理想であり、畏敬を集めた存在だったかもしれない。


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