アイスランド・サガ −ICELANDIC SAGA

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サガの種類と内容



saga とは、「物語/語られた出来事」を意味する。英語の say と語源が同じだというから、もともとは、「書き言葉」ではなく「話し言葉」を指す言葉だったのだろう。古代北欧を語る上で、神話と並んで欠かせないのが「サガ」である。


●アイスランド・サガについて

「サガ」という言葉はよく目にするが、「アイスランド・サガ」と聞いて何のことだかピンとくる人は、少ないかもしれない。うちの家族などは「アイスランド・佐賀」だと勘違いして、「アイスランドと佐賀は姉妹都市だったんか?」と、聞いてきた。かなりショックである。
…が、一般人の反応は、そんなものなのだと思う。全く興味のない身内に囲まれている間に、私もだいぶ人が丸くなってきた、っていうか世の中の一般レベルがわかるようになってきた。
ここでは、読み手が全く興味も予備知識もない一般人だと想定して、イチから簡単に説明してみることにする。

アイスランド・サガとは、ひとつの物語のタイトルではない。12−13世紀に発達した、アイスランド人のサガ文学の、一般名称(総称)である。当時の、文学のいちジャンルだったと思ってほしい。

12−13世紀というのはは、アイスランドにキリスト教が広まり、定着した時代。布教と同時に、アルファベットが伝えられ、ものごとを紙に書いて記録するという習慣も生まれた。それまで口伝として語り継がれてきた物語を文章化して記録に残したのが「アイスランド・サガ」と、いうジャンルだ。
口伝から文字記録へと移行するのだから、もちろん、それまで伝えられてきた「喋る」物語とは異なっているだろうし、何度も書き直されているうちに、付け加えられた部分や削られた部分もあるだろう。
また、大元の口伝も、実際にあつた出来事を元にしているとはいえ、歴史そのものではないし、多少の脚色も入っているはずだ。(※1)

成立については多少の議論はあるものの、一般的に「アイスランド・サガ」と呼ばれる物語の多くは、「多少の脚色の入った、物語形式の歴史的な記録」と、考えられている。


●サガの種類

サガの種類は、一般に、大きく4つの種類に分けられ、「宗教・学問的サガ」「王のサガ」「アイスランド・サガ」「伝説的サガ」と、分類される。この分類は現代人が勝手につけたものだが、その中身や性格はかなり違っているので、区別しておいたほうがいいかもしれない。
ここで取り扱うのは「アイスランド・サガ」なのだが、それ以外の3種類についても簡単に説明しておく。

「宗教・学問的サガ」(司教のサガ)
その名前から予想されるとおり、アイスランドへ布教しにやって来た宣教師や、アイスランドの学者たちが記した、かなり正確な”歴史記録”である。口伝だったものではなく、最初から記録として残すことを目的として学術的に書かれたものだと思っていいだろう。
アイスランドへの移住を語った「植民の書」や「ストルルン・サガ」がここに入る。


「王のサガ」
主に9−13世紀のノルウェー王家の歴史を取り扱っている。
アイスランドに王政は無いが、アイスランド人たちの故郷はノルウェーである。ノルウェーへ戻り、王に重用された者も多くいた。そういった人々がアイスランドに伝えるために作った物語や、ノルウェーで書いた歴史物語…というのが、これにあたる。
サクソの「ゲスタ・ダノールム」などがここに入る。

「伝説的サガ」(古代のサガ)
他のサガと違って歴史的な出来事はほとんど見られない。
成立時代はアイスランド植民よりも前の時代に遡り、「ヴォルスンガ・サガ」や「アトリの歌」などがここに入り、どちらかといえば神話に近い物語となっている。歴史的な要素は、ほとんど含まれない御伽噺に近いサガだ。


●アイスランド・サガのここがポイント

アイスランド・サガは、何といっても、自国語での独自文学、それも庶民の暮らしぶりを書いたものであるところに価値が大きい。
日本にも「枕草子」とか「蜻蛉日記」とか自国語での独自文学は多くあるが、それは貴族階級の洗練された文学であって、庶民の暮らしぶりをありのままに書いたものではない。
もちろん、文字が書けるにはそれ相応の学問が必要だから、アイスランド・サガも厳密には庶民の文学ではないのかもしれないが、「誰それと誰それが結婚して、その結婚生活がどうだった」だの、「誰それのところに息子が何人生まれて、そのうちの一人がどこそこで死んで…」だのいう、他愛も無い、人の噂話と同等レベルの記録が大量に残されているのは、世界の他の地域でも類を見ないだろう。

アイスランド・サガは、言ってみれば、遠くから来た人どうしが出会って「何か変わったことはなかったか?」と尋ねたとき、相手が返す「ここ最近の出来事」の集大成なのであり、そのため、平穏無事な暮らしの描写ではなく、「争い」と「訴訟」を中心として進んでいく。
人々が大きな関心を払った出来事は、現代と変わらず、ゴシップや事件なのだ。

力強い語りと、シンプルなまでの生活の記録、その上に、無人の島にゼロから築き上げられた社会での物語であることが彩を添える。
 独特のリズムがあるので、最初は読みづらいかもしれないが、短い物語から攻めていくといいかもしれない。


●オマケ/アイスランド・サガの人物名が分かりにくいワケ

名前には運命があり、善い名を授けられればそのコはいい人生を、悪い名を授けられれば悪い人生を歩む、という考えがあった。
また、古代北欧(およびケルト社会)では、子供は名前を与えられたときから人間になるのであって、まだ名前をつけていない新生児は、殺しても殺人にはならなかったという。

これだけでも名前がどれだけ重要視されていたか分かると思う。ノリでヘンな名前つけちゃいけないのだ。
となると、過去に実在した誰かの名前をつけていくしかない。親戚で成功した人の名前とか。死んだ祖父ちゃんの名前とか。
家系図の中に、同じ名前の人がいつぱい存在するのは、そのためだ。よく出てくる名前は、だいたい50種類くらいか…。
同じ名前なのにどうやって区別するかというと、「あだ名」をつけて区別する。たとえば、グリーンランドを発見した「赤毛の」エイリークと、オーラーヴ王の息子「血斧の」エイリークは別人、というふうに。

人名のわかりにくさは、サガを読もうとする人が最初にけっつまづく点かと思うが、あだ名で区別するんだと理解すれば、ちょっとは読めるようになる。かもしれない。


** サガのお仲間メモ **

サットル

サガに比べて、ごく短い散文作品。サガの内容をかいつまんだ、粗筋のようなもの。

純粋な「神話」として語るなら、歴史を物語にして語るサガやサットルは含まれないのだろうが(なんせ神が出て来ないし)、神話・伝承という区分にするなら、既に成立から千年を経たサガ文学も含まれる。
また、「北欧」神話という呼び方にこだわるなら、アイスランドでつくられたサガは北欧以外の地域の神話・伝承、ということになるかもしれないが、人々の会話や小唄の中にぽろりと神々の名前が出てくることが多く、どういった場面で、どういった神々が思い出されていたのかを知る上で非常に有益。


※1
”文書化されたものは、それまで口伝で伝わっていたものの「忠実な」文書化か、忠実でないとすれば、どの程度が作者による付けたしか”という問題については、多くの議論があり、学者ごとに考え方のスタンスが違う。

ただ確実なことは、「アイスランド・サガ」の書かれた時代に、ノンフィクションとフィクションという区別は無かった。ゆえにサガには歴史滝な事実を忠実に語るべし、といった概念は無く、付けたしをするなら、作者は形式に沿って自由に付けたしや削除を行ったと思われる。

また、「語り手」と「作者」を区別する用語、概念もなかったため、アイスランド・サガの記録者は厳密には「作者」ではなく、サガの語り手たちの一人に過ぎない。


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