ニーベルンゲンの歌-Das Nibelungenlied

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謎その1.年令と物語時間の謎。



 これにツッコまずして何にツッコめばよいのか、というくらい、まず最初に気になるところ。

 この「ニーベルンゲンの歌」は、13世紀の貴族階級を想定して書かれた物語である。当時の平均寿命は35歳程度。どんな偉い人も、頑丈な武将も35歳越すことは稀だったという。だが、物語の中をよく見てみると、なぜか前編の最初からクライマックスまでの間に、最低20年の年月が流れている。
 それだと、最初に20歳だった戦士は40歳越すオッサン(引退間近)になってしまう。最初の段階で30越してた人は、ご老齢に。
 そこまで来ると誰かご高齢でお亡くなりになる人も出てこようというものなのに、主だった登場人物は誰も死亡していないし、戦えないほど衰えた者はいないという…。
 おかしい。
 後編に入ると、ハゲネやギーゼルヘルなどがそれなりに年を取ったような表現が出て来るが、それも何十年も経ったという表現ではない。最初登場した時に少年だったギーゼルヘルは、後半でようやく成人し、婚約する。ハゲネは血気盛んな若者のから熟練した戦士として描かれる。

 時間の流れを、具体的に述べてみよう。

冒頭〜クリエムヒルトの結婚〜クリエムヒルト、ニーデルラントへ
   ↓10年経過(第11歌章715)
クリエムヒルトの帰郷〜ジーフリト暗殺〜寡婦隠棲
↓3年半(第19歌章1106)
クリエムヒルト、エッツェルと再婚。フン族の国へ
↓7年(第23歌章1387)
ブルグント族対フン族の戦い

 エッツェルのもとに嫁いでからの7年には、まだ説明がつく。異国から嫁いで何も分からない状態から、国の家臣のほとんどを掌握するまでになるのに時間がかかったとしても、不思議ではない。
 しかし、最初のブランク、クリエムヒルトがジーフリトのもとに嫁いでからの10年間は疑惑の10年間である。
 相思相愛の夫妻なのに、10年の間に1人しか子供が出来ない、というのは、おかしいのではないか…?
 しかも、10年も音沙汰無しで、10年後にはじめての里帰りというのは、いくら何でも長すぎる。ジーフリトの国はオランダなんだから、そんなに遠くは無いはずだが。

 一説によれば、前編と後編は最初、まったく異なった神話であったものを、作者の詩人が手をくわえて繋ぎ合わせてしまったために、ところどころ不自然な点が残されたのではないか、とも言われる。つまり前半のブランクと後半のブランクは、別々の作者によって書かれたため、繋ぎあわせると非常に長くなってしまった、というのである。


【この問題の謎とき】

 叙事詩には、叙事詩的表現というものがある。
 話を盛り上げるため、数字を実際より多くみつもったり、実際にはありえないほど大げさに表現したりする、というものである。

 たとえば、「アーサー王の詩」など読んでみると、何かのショックを受けるたび何回も何回も気絶しているシーンがあるが、これも叙事詩的表現である。「アーサーは7度気絶した」などという表現が出てくるが、もし本当に気絶しているのだったら、戦いに行くより先に発作直したほうが良い(笑)
 実際は、ちょっと眩暈がしたくらいなのを大げさに言っていると考えられる。(それでも繊細なお方だが。)

 気がついてみれば何のことはない、要するに、「13年」だの「7年」だのというのは、心理的な時間の経過を表しているのであって、実際にそれだけの年月が流れたわけではないのである。
 クリエムヒルトが嫁いでから、最初に里帰りするまでの10年というのは、正確には「10年経ったように長く感じるほどの年月」なのである。

 このようにして、物語中の本当の時間を直してみると…、

1/冒頭〜クリエムヒルトの結婚〜クリエムヒルト、ニーデルラントへ
   ↓長くて数年程度
2/クリエムヒルトの帰郷〜ジーフリト暗殺〜寡婦隠棲
↓1年くらい
3/クリエムヒルト、エッツェルと再婚。フン族の国へ
↓長くても数年
4/ブルグント族対フン族の戦い

 と、いうわけで、しめて10年以下と、かなり短くなるのである。
 各々の根拠は、以下の通り。

1/嫁いでから初産まで何年もかかるはずがないこと、初産後すぐに里帰りしていることから。

2−3/そう何年も独身のままではいないはず。また、ディートリッヒがアッティラのもとに客人となっている年月とのかねあい。(シドレクス・サガでは、ディートリッヒがフン族の城に亡命したのは王妃ヘルヒェ存命中で、彼は4年しかエッツェル王の城にいなかったことになっている。)

4/兄弟たちへの復讐のために再婚したので、そう長く沈黙しているはずがない。また、身内を饗宴に招いていたとき、生まれた子供がまだ赤ん坊だから。

 …これなら、皆さんの年齢は常識的な範囲に収まる。
 ギーゼルヘルは10代半ばから10代後半。ハーゲンは30代後半あたり。以下これに倣って、おおよそ35歳までには収まる。

 ・なお、この時代の叙事詩には、英雄は年をとらないという特別ルールが存在していたことも事実である。
 ヒルデブラントは初登場時から「老戦士」、ディートリッヒは年取ってからも「青年」といった表現が見られる。これは、役割上の表現というもので、美しい姫君は決して年をとって皺が増えてはならないし、ヒーローは、決して四十肩になってはならないのである。



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