マビノギオン-Y MABINOGION

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エヴラウクの息子ペレドゥルの物語


 「選ばれよ、殿。宮廷へ行かれるか、さもなければ余とともに狩りに行かれるかを。
宮廷へ行かれるなら、家臣を一人つけてさしあげ、
そこにいるわが姫に、余が狩りから帰るまで、食事や酒のお相手をさせよう。」 −名前の無い王




 ペレドゥル(Peredur vab Efrawc)は、パーシヴァル(Parzival)のこと。二つ名は「長槍のペレドゥル」。長槍は高潔と純潔を表す象徴とされていた。
 この物語の中には、のちに「聖杯探求叙事詩」へと発展していく要素が、いくつも含まれている。騎士文学としてはまだ不完全、宮廷風な部分よりも、古代的な、想像に富んだ冒険物語の割合のほうが高い。
 それでは、あらすじを語ろう。


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 ペレドゥルの父、エヴラウク伯爵は、北イングランドのゴグレズに領地を持ち、七人の息子があった。しかし、伯爵も息子たちもみな、戦いで命を落としてしまう。
 七番目の、いちばん末の息子ペレドゥルだけは、まだ幼かったために戦いに出てはいなかった。"成長すれば、この子も戦いに出て行ってしまう。そして命を落とすのでは…。"我が子を失いたくない一心の母親は、子供を連れ、戦いを知ることもない森の奥に引きこもる。身辺には、僅かな人々だけおくことにした。
 だが、少年ペレドゥルは、生まれながらにして特異な子供だった。鹿を素手で捕まえてヤギ小屋に押し込んでしまうほど足が速い。だが、シカを「ツノの無いヤギ」だと思い込んでいるなど、世間知らずなところがある。

 あるとき、少年は森の近くで三人の騎士に出会った。それは、グウィアルの息子グワルッフマイ(ガウェイン)とウリエンの息子オウァイン(イーヴェイン)、それともう一人がグウェステルの息子グウィエルだった。騎士をはじめて見た少年はその美しい甲冑のきらめきを見て天使だと思い、その仲間になりたい、と思い始める。

 とつぜん騎士になりたいと言い出した少年に、母親は気絶せんばかりにうろたえる。彼女の恐れていた時が遂に来てしまったのだ。母は説得し、止めようとするが、ペレドゥルの決意は変わらない。
 息子の旅立ちを止めることは出来ない、と悟った母親は、息子に幾つかの助言を与える。
 アルスルの宮廷へ行くこと、教会では祈ること、食べ物と飲み物を見たら自分のために取っておくこと、叫び声、ことに女性のものを聞いたらすぐさまそこへ向かうこと。美しい宝石をみつけたら、他の人に与えること、など…。
 (※これらの警告は、のちにドイツで書かれる物語「パルチヴァール」にも登場するが、その内容は、時代背景によって、多少意味合いが異なってくる。)

 少年は旅立ち、母の教えどおり、途中で出会った見知らぬ乙女の食べ物と宝石をもらうが、そのせいで乙女は、不倫をしたと思われてひどい目に遭うのである。

 さて、アルスル(アーサー)王の宮廷では、アルスルの王妃、グウェンホヴァル(グウィネヴィア)が騎士に杯をひっかけられるという侮辱を受けていた。
 騎士は「この侮辱を晴らそうと、私と一騎打ちをする者がいれば野原へ来い」と言い残して出て行く。
 ペレドゥルが宮廷に着いたのは、まさにこの時だった。アルスルの執事であるカイは、みすぼらしい格好の少年を見て大いに馬鹿にするのだが、宮廷にいた無口な男女の小人たちだけは、彼を立派な騎士と賞賛する。なぜなら、この小人たちは、かつてペレドゥルの父に仕えていた者たちだったからだ。

 だが、そんなことを知らない短気なカイは、アルスル王にさえ口を利かなかった小人たちが、みすぼらしい少年を賞賛したことに癇癪を起こす。小人たちを蹴っ飛ばし、さらに、ペレドゥルを追い出しながら、さっき出て行った騎士を倒して来ればアルスル王に遭わせてやる、などと言うのだ。
 ペレドゥルは怒るでもなく、ではそうしましょうと宮廷を後に、草原にいる騎士(パルチヴァールではイテールと呼ばれている)を追いかける。戦いとなるが、ペレドゥルは持ち前の機敏さで騎士を一撃のもとに殺してしまう。

 少年が騎士を追っていったと聞き、様子を見にやって来たのは、オウァインだった。騎士が打ち倒され、側に少年がいて鎧を脱がせようとしているのを見たオウァインは、少年のために死んだ騎士から鎧をはがし、騎士の装束を着せてやる。ペレドゥルはオウァインに、「自分によくしてくれたためにひどい目に遭わされた小人たちの報復をするまでは、アルスルの宮廷には戻らない」と言い残し、旅をつづける。
 途中、何人もの騎士たちを倒してはアルスル王の宮廷に送り、そのためカイは、かなり肩身の狭い思いをすることになるのだ。


 このあと彼は、叔父のもとをたずね、騎士としての修行を積む。
 彼は登場時、湖で釣りをしており、のちの叙事詩で聖杯王のあるじ、または漁夫王と呼ばれる人物を思わせる。また、主人公に行儀作法を教えるところなどは、のちの叙事詩ではゴルネマンツ(またはグルネマン)と呼ばれる人物とも重なる。
 彼は「どんな不思議を目にしても、自分から尋ねてはならない」という教訓を与える。
 ペレドゥルは、その教え忠実に守り、次に訪れた城で、血の滴る槍と生首を見ても何も問わないのだった。

 次にペレドゥルは、義理の姉と名乗る女性に出会う。彼女はパルチヴァールでのジグーネにあたる人物である。
 息子がいなくなった悲しみで母が死んだこと、自分の夫が、すぐ先の野原で殺されてしまったことを聞く。ペレドゥルは、彼女の夫を倒した騎士に打ち勝ち、従わせて、アルスルの宮廷へと送った。

 これまでの武勇を聞きおよんだアルスルは、ペレドゥルを探し、宮廷に連れ戻すため探しに行くことを決める。

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 その間にも、ペレドゥルの冒険は続いていた。求婚を拒んだために攻められ、国を奪われかけている姫君(「パルチヴァール」ではコンドヴィーラームールス)を助ける。
 また、かつて自分が食べ物と宝石をもらったせいでひどい目に遭った乙女(エシューテ夫人)の疑惑を解いてやる。
 さらに後の時代の物語では消えてしまった冒険として、カエル・ロイウの九人の魔女たちとの戦いがある。
 これら様々の冒険を経るうちに、ペレドゥルは、「長槍のペレドゥル」という二つ名で知られる騎士となっていた。


 ある雪の日、ペレドゥルは、野生の鷹がガチョウを襲うさまを見る。飛び散った白と黒の羽根と、雪に落ちた赤い血のしずくが、かつて愛した乙女の顔に見えた。彼はそこに座り込み、これまでの旅を思い出して物思いに耽る。

 そこへアルスルの騎士たちがやってきて、何をしているのかと問いかけるが、ペレドゥルは答えない。騎士たちは怒ってペレドゥルを打つが、逆に突き返されて馬から落とされてしまう。
 次にカイがやって来て、同じように問うのだが、ペレドゥルは瞑想の邪魔をされたことに腹をたてカイを激しく殴り飛ばし、大怪我を負わせてしまう。

 カイがぼろぼろになって戻ってきたとき、グワルッフマイは、自分が、鎧も肩も痛めることなく、あの騎士をここへ連れてきましょうと言う。(グワルッフマイはガウェインのことだから、これも「パルチヴァール」と同じ展開だ。)
 グワルッフマイは、アルスルの宮廷では弁舌巧みな人物として知られる。彼は穏やかにペレドゥルに近づき、彼の「小人たちの報復をするまでアルスルの宮廷には戻らない」という誓いが果たされたこと、アルスルが彼を探していたことを告げるのだったる

 ペレドゥルは、アルスルの宮廷に迎えられる。
 しかし、ここでの暮らしも、そう長くは続かない。宮廷で、黄金の手のアンガラットという美しい乙女と出会い、その愛を得るための冒険が始まるからだ。
 アンガラットに拒まれたペレドゥルは、この乙女に愛されない限り、キリスト教徒とは口を利かない、と誓い、異教徒たちの住む谷へと出かけていく。そして、谷を制圧し、人々を改宗させるのだった。


 あるとき、アルスルの軍と出会った。
 先頭を切っていたのは、カイだった。このときペレドゥルの風貌はやつれ、変わり果てており、しかも声を出さないので、人々は、それが誰だか分からなかった。カイはペレドゥルを傷つけるが、それでも彼は口を利かない。
 そのとき一人の騎士が、アルスルに挑戦しようとしていた。ペレドゥルは、騎士と戦って立派に打ち勝ち、アンガラットの祝福を受ける。彼はようやく口を開き、人々も、沈黙の騎士がペレドゥルであったことにようやく気づくのであった


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 ここから先は、かなり荒唐無稽な冒険が、いくつも続いていく。
 しかし、それらは後の物語ではほとんど消えてしまっている部分だし、あまりにも長いので省略する。


 物語が知られている粗筋へと戻ってくるのは、アルスルの宮廷に主だった騎士たちが集まっているとき、醜い乙女(パルチヴァールでは魔女クンドリーエ)が、騾馬に乗ってやってくるところからである。
 乙女はペレドゥルに、かつて、伯父の城で血のしたたる槍や様々の不思議を目にしていながら問いかけを発しなかったこと、そのせいで「足萎えの王」とその国に大いなる禍いが起こっているのだと告げ、彼には祝福される資格は無い、と罵倒する。
 乙女は、さらに魔法の城に住んでいることをつげ、姿を消す。ペレドゥルは、自らの罪のつぐないと、名誉の回復のために、この城へ向かうことを余儀なくされた。

 ペレドゥルは、ふたたび荒唐無稽な冒険の旅に出て、黒い乙女の無理難題を次々と果たし、聖杯城ならぬ「不思議の城」、すなわち、足萎えの王が住まうあの城を再び訪れる。
 黒い乙女は、実はかつて血の滴る槍を捧げ持っていた青年の変身した姿で(性転換が可能とは…)、王の足を傷つけたのは、かつてペレドゥルが倒した、カエル・ロイウの悪しき魔女たちだったことを語る。
 ペレドゥルは、アルスル王と協力して魔女たちと戦い、悪しき者たちを皆殺しにして、勝利を収めるのだった。

 この頃グワルッフマイは、訪れた騎士によって、策略と裏切りによってとある高貴な人物を殺した罪で一騎打ちを申し込まれ、これを受けて旅に出ていた。旅立ったグワルッフマイの物語は、この「マビノギオン」や、その他のウェールズの物語の中には残されていない。


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 そんなわけで、この物語は、いささかまとまりが悪く、色んな伝説をムリヤリ一つに纏めた感じになっている。

 繰り返される冒険は果てしなく、物語の筋もあちこちに飛ぶので、少し分かりにくいかもしれない。
 キリスト教的な要素はあまり無いし、聖杯も、神の奇跡も出てこない。ペレドゥルの物語は、マビノギオンの中でいちばん長い。




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