ここに挙げる武器防具などの持ち物は、基本的にマビノギオンで語られるアーサー王の持ち物に準拠している。ウェールズ語の伝承を直接元にしたわけではなさそうなので、何か共通する元ネタがあったということだろうか。(ちなみにジェフリーが利用できた文献の中で、他にアーサーの持ち物の名称に具体的に言及しているものは判明していない)
違いが面白いので、マビノギオンに登場する武器防具との比較として記載する。
ブリタニア列王史に登場する名前 | マビノギオンに登場する名前 | 解説 |
プリドウェン(盾) | プリトヴェン(船) | 聖母マリアの姿が描かれた丸い盾。マビノギオンでは「船の名前」なのに、盾の名前に置き換えられている。 |
黄金の龍の兜 | - | 皮で作られた兜。父の称号「ペンドラゴン」にちなんだものか。 |
カリヌブルヌス(剣) | カレトヴルッフ | アヴァロンの島で鋳造された名剣。 |
ロン(槍) | ロンゴミニアド | 切っ先が鋭く、幅も広く、殺傷に適した槍 |
短剣、猟犬、馬など異教的なアイテムはすべて存在を消され、かわりに騎士時代を思わせる「兜」が加えられている。
船の名前が盾になっているのは不可解だが、そこに聖母マリアを加えているあたりがブリテンらしい。ちなみに、のちの伝説ではアーサーの甥ガウェインの盾にもマリアの像があったことになっている。
アーサー王の盾のマリア像は、ジェフリーが参考にした書物の一つと思われるギルダスの「ブリトン人の歴史」の以下の記述から来ている。
「アーサーは永遠に純潔なる聖マリアの似姿を肩の上に負うて戦い」…「聖母マリアのお力のおかげで、敵は大虐殺された」。
さらに過去に辿れば、「ウェールズ年代記」るのたった数行しかないアーサーの記録の中にも「キリストの十字架を背負って戦い」とあるため、アーサーがキリスト教徒として神の加護を借りて戦う人物だったというイメージは、初期からあったものなのだろう。(もちろんこれは史実とは別に、記録者が聖職者だったことに起因すると思われる。中世世界では、文字の読み書きができるのはほぼ聖職者に限られていた)
ジェフリーは騎士文学を書く気はなかったようで、登場する明確なアイテム名はこれだけである。他の人々の持っていた武器防具などに名称が付け加えられるのは、また別の伝説の中ということだろう。ちなみに「ブリタニア列王史」の中のカリブルヌスは、アヴァロンの島で作られたと書かれている以外、湖の精にもたらされたとも、特別の力があったとも書かれておらず、アーサーの死後どうなかったかも、特に触れられてはいない。
>>アーサー王の剣の名称変遷については、こちらも参照のこと。