2005年4月18日
「大正村-1(たいしょうむら いち)」
岐阜県恵那市明智町
地図
撮影 OLYMPUS E-10
明治村へ行ったら次は大正村だろう、 ということで行ってきた。 東海地方はこの手のものが好きなのか、 明治村、大正村、昭和村まである。 それぞれ性格はかなり違うのだけど。 大正村は、説明が難しい。 村ではなく、明治村のようなテーマパークでもない。 町そのものと言うのが一番近いにしても、 そうとも言い切れない。 写真と説明文でいくらか伝わるといいのだけど。 |
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大正村に到着。 場所は岐阜県の恵那市にあり、 町名にもなっている明智光秀の出生の地 (と言われている場所のひとつ)にある。 名古屋東部から車で1時間半くらいだった。 写真は浪漫亭というレストハウス。 土産物屋と駐車場も兼ねている。 駐車代は一日500円なので、素直にここにとめた。 |
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駐車場に車をとめると、 大正村のイラストマップがもらえる。 しかし、明治村のようなものを想像すると、 かなり戸惑う。 というのも、大正村の入り口というものはなく、 町そのものに大正村が組み込まれているというか、 このあたり一帯を大正村と総称してるだけだから。 つまり、入場料は取られない。 普通の町に入るのに金がいらないように。 私の説明も曖昧になりがちなのだけど、 ここがそもそもかなり漠然としているのだ。 |
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出発点にある大正路地。 ここはかなり趣がある。 観光客も歩いていた。 これは移築や再現ではなく、昔のものがそのまま 残ったものだと思う。 このあたりはまだ完全に観光地に来た気分だった。 |
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大正村役場。 ここすべてに言えることなのだけど、 これらの建物は展示してあるだけでなく、 現在も使われている。 中にはおそらくこの町の人であろう、 おば様たちが普通にくつろいでいて、 よかったらお茶飲んでってくださいと言われて 台所をのぞくと、そこは普通の台所だったりする。 なんだろう、この感覚。 微妙な違和感がある。 |
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ここは役場の応接室のようだ。 古い外観には似つかわしくないような豪華さ。 ソファーにはトラの毛皮がかけてあった。 本物か!? 村長である司葉子の写真が飾ってある。 (その前は高峰三枝子だったかな) 何かのイベントがあると訪れたりするようだ。 毎日いるわけではない。もちろん。 |
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絵画館。 元は小学校の建物だったところらしい。 中はとっても狭かったけど、 生徒数の少ない村の小学校ならあんなものか。 現在は源氏物語関連の絵やカルタが 展示されている。 このあたりまでは半分、 明治村気分だったんだけど。 |
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このへんの風景は、テーマパークっぽい 雰囲気が感じられなくもない。 少し歩いて分かったけど、 ここは大正時代を再現してるわけではなく、 町の中に古い建物などが部分的に 取り残されているということのようだ。 それに加えて、大正という色を出すために、 一部の有料施設を建てている。 だから、街並みそのものも大正ではない。 |
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このあたりも古い家が一部残ってはいるけど、 普通の生活空間だ。 車は通り、人は買い物し、店も並んでいる。 ここでは観光客の方が異質の存在となる。 町の人は見慣れているだろうけど、 客観的に見ると不思議な光景だ。 田舎町の商店街で地図とカメラを持った人間が キョロキョロしながら歩いているのだから。 |
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案内標識はあるにはあるけど、 至れり尽くせりというわけでは決してない。 地図も持たずにうろうろしていては どこへも辿り着けず、無駄に歩くことになる。 施設的な建物と民家との境目も曖昧なので、 このへん入れるのかなぁと細い路地を入って いくと、民家の庭で行き止まりになったりする。 わー、すみませんー。 怪しい者じゃないですー。 |
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小川記念館。 らしいけど、何を記念してるのかはよく分からない。 たぶん小川さんを記念してるのだろう。 (ホントか?) 帰ってきてから調べたら、海外で活躍した小川さん が、国内外で集めた美術コレクションを展示して るそうだ。 入館料は大正村の有料施設入場券とは別に 350円ということだ。 どっからどこまでが大正村なのか、 このあたりでもますます混乱する。 |
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山里に咲く桜。 隣の畑ではおじさんが普通に農作業をしている。 そうそう桜だ。 名古屋ではもうほぼ完全に散ってしまったけど、 岐阜では満開か散り始めで ちょうど見頃だった。 行く途中の瑞浪市あたりも満開でよかった。 桜は期待してなかったので、 思いがけない収穫だった。 |
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今日は上ばかり向いて歩いていたので 撮った野草はこれだけ。 ヘビイチゴ(蛇苺)かな。 と思うけど、やや自信なし。 |
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明智光秀出生の地ということで、 光秀や明智家に関する史跡も このあたりに点在している。 ここは龍護寺で、明智光秀の供養塔があった。 遠山の金さん(遠山影元)ゆかりの地でもあり、 金さん他、遠山家屋敷跡や累代の墓もある。 このあたりも大正村の一部であるとも言えるし、 ないと言えばそうかもしれない。 |
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龍護寺の山門(かな)。 隣は保育園。 |
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代官所陣屋跡(明智陣屋)。 プレートの見取り図を見ると、 相当広大な屋敷だったようだ。 今は豊国稲荷などが残っているだけらしい。 奥までは遠そうだったので、ここで引き返した。 |
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こういう案内板もところどころに立っている。 けど、面白いのは、そのすぐ横が分別ゴミの 収集所になっていることだ。 なんだか、生活感の漂う観光地だ。 というよりも、この頃になると、 もう明治村気分は飛んでいたので驚きはしない。 |
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大正浪漫館。 4つある有料施設のうちのひとつ。 4館共通で500円だから入ってもよかった のだけど、時間がなかったのと、 金を出してまでも……という話を聞いていたので 今回は見送った。 でも時間があればやっぱり見ておいてもよかった と思う。 大正時代の小物類などが展示してあるらしい。 |
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大正時代風なのかどうかは分からないけど、 十六銀行の建物。 もちろん営業中。 岐阜県を中心とした有名地方銀行だ。 銀行にしてみたらそんなに利点はないと思うけど、 こういう寄り添い方は好きだ。 みんなで大正村に協力しようという心意気が 感じられる。 |
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川沿いに咲く一本の立派な桜。 樹齢400年だそうだ。 その名も遠山桜。 満開を過ぎて桜吹雪が舞っていた。 そう、あの遠山の金さんの桜吹雪のモデルに なったとかならないとか。 でも名前は本当に遠山桜というらしい。 ♪誰が呼んだか〜、誰が呼んだか〜♪ って、それは銭形平次。 |
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この遠山桜が目に入らねぇか〜。 てな感じで盛り上がる。 満開の遠山桜もきれいなんだろうけど、 この桜吹雪の遠山桜も気分が盛り上がっていい。 |
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今回も写真が多くなったので、その2に続く。 しかし、ここ、ポイントからポイントまでがけっこう遠い。それに道がまっすぐ碁盤の目のようになってなくて、連絡が悪いので迷いやすい。 生活圏のところに入っていくと場違い丸出しだし。 歩いて全部回ろうとすると、2時間半はかかる。 私は時間が1時間半しかなかったので、駆け足になった。 そして、後半へ。 |