雑感書評-雑感

携帯電話のマナー考


 今更ながら言ってみるが、昨今の携帯電話の普及ぶりはもの凄いものがある。社団法人電気通信事業者協会によれば、平成14年3月末現在での携帯電話の契約数は約6912万件とのことである。ところで、一部にはこの数字を捉まえて「日本人の2人に1人以上が携帯電話を持っている」とか「普及率何%」という言い方がされることがある。が、このことが成り立つには日本人は1人1台しか携帯電話を所有していないということが前提な訳で、実際は携帯電話を複数台契約している人もそこそこいる筈だろう。「何人に1人が」というような表現を持ち出したいのであれば、1人あたりの平均所有台数みたいな統計も必要なんじゃないのか?というような話題は実は今回の本題ではない。じゃあ本題は何かと言うと「マナー」である。とは言っても、最近の若者の携帯電話のマナーはなっとらん式の安易な新聞投書レベルの議論をここでするつもりはない。ここでの論点はずばり「電車の中で携帯電話の電源を切るべきか否か」である。

 「そんなの切るべきに決まってるじゃん」と皆様は思うかも知れない。確かに、近年、電車に乗ると携帯電話の電源を切るように促す放送が為されることが多い。ここで「多い」と書いたのは全部ではないという意味で、後ほど詳しく紹介するが、須く切れと言ってる鉄道事業者ばかりではないからである。それはともかく、我々は電車の中で携帯電話の電源を切るべきなのだろうか?もう一度よく考えてみる必要がある、と思うのである。因みに、讀賣新聞の調査(14/04/10)によれば、「電車内では携帯電話の電源を切ることが多い」と答えているのは27%に過ぎない。

 結論から言えば、車内で一律に電源を切らねばならないとするのは行き過ぎだ、と私は考えている。勿論車内でぺちゃくちゃらとくっちゃべっていいと言っている訳でも毛頭ない。電話での会話は必然的に声量が大きくなりがちであり、他人にとっては非常に迷惑千万である。このことについては全く議論の余地は無い。

 問題は音を切っている場合、或いは最近では電子メールやインターネットを操作(無論音を切った上で)している場合、所謂「マナーモード」にしている場合である。最近の携帯電話端末はボタン1つでマナーモードに突入できるようになっており、マナーモードにしている人は大勢居るだろう。一度マナーモードにすると、それを解除するのを結構忘れがちで、ずーっとマナーモードにしていることもあり、そうなると、金を払ってダウンロードした着信メロディの出番も殆ど無いに等しいなんてことも有り得る。あそれはともかく、実際、マナーモードにしてれば問題ないんじゃないの、という「誤解」をしている人は少なからず存在しているようだ。しかし、ここで大きな問題が出てくる。そう「ペースメーカー」というやつである。

 技術的な話には深入りしないが、要は携帯電話は常に電波を出しているものなのである。でなければ電波の状態を示す棒が3本立ったり、圏外になったりなんてことが分からない筈ですよね。問題は、この常に出してる電磁波の野郎がペースメーカーに悪影響を及ぼしかねないねということである。

 じゃあ実際、どれくらいの影響があるのかなんてことは当然に調べられている。平成9年に不要電波問題対策協議会というところが調査を行いその結果を基にした指針を策定している。これによれば、携帯電話をペースメーカーから22センチメートル程度以上離すべしとされている。この基準は平成12年度に再度調査を行った際にも確認されており、22センチという数字にも変更は加えられなかった。尚、あまり知られていないが、この指針では、ペースメーカー使用者は携帯電話を22センチ以上離して使うようにと書かれており、主語はあくまでペースメーカー使用者であって、その他の人がペースメーカー使用者の22センチ以内で携帯電話を使うなと呼びかける内容ではない、ということは知っておいてもいいだろう。

 さてさて、22センチ以上離せ、ということはペースメーカーは22センチ以内に携帯電話がなければ大丈夫ということを宣言してもいるということである。更に具現化して言うなれば、普通の車内であれば両隣に、混雑時であれば前後左右にペースメーカーの人が居なければ電磁波を出しても大丈夫、ということが言えるのである。

 よって、通常時であれば、両隣の人がペースメーカー使用者でないという確認が取れれば、携帯電話の電源を入れておいて全く問題はないのである(が、電車の乗客は常に入れ替わるので、その度に確認を取るというのも実際煩わしい話ではあるし、そこまでするなら電源を切る方が楽か)。それに電車でだけ電源を切れと言われるのもよく分からない。携帯電話使用者がペースメーカー使用者に22センチ以内に近付く可能性があるのは、なにも電車だけではあるまい。しかし、例えば混んだエレベーター内では携帯電話の電源を切れというアナウンスがされたのを私は聞いたことがない。

 またここで、PHSについても述べておこう。PHSの出力は携帯電話のそれの10分の1以下であり、医療用器具に与える影響は極めて少ないのである。さりとて影響が全くゼロとも言い切れないし、見た目にも判別しにくいということで、先に述べた指針では、携帯電話と同様に扱うようペースメーカー使用者に対して助言している(PHS使用者に対して、ではない)。

 尚、議論の前提として、ペースメーカー使用者以外は、マナーモードにしているのであれば特段問題なしと考えていると見なすことにする。と言うのは、隣の奴が一生懸命メールを打っているのが邪魔だというのは、隣の奴がゲームボーイをしてたり、化粧をしてたり、パンを食ってたりするのと同じ範疇の問題で、携帯電話特有の問題ではないから、ここでは捨象して構わないだろう。

 ところで、実際に鉄道事業者はどうしているのだろうか。例えば、東京急行電鉄では、平成12年10月から、車両の奇数号車ではマナーモード可、偶数号車では電源を切るという棲み分けを図っている。また京王電鉄では、優先席付近で電源を切るように呼びかけている。裏返せば、ペースメーカー使用者は優先席付近に集まれということだ。全車両で電源を切れとするよりは前進だが、例えば、車両の奇数と偶数が同じ車両数だとして、じゃあペースメーカー使用者が車内に居る確率は本当に1/2もあるのだろうか。これでは居もしないペースメーカー使用者に怯えて電源を切らされているようなものではないか。日本心臓ペースメーカー友の会によれば、現在ペースメーカー使用者は約30万人とのことである。日本国全人口を1億2500万人とすれば、全人口の0.24%であり、約400人に1人という計算になる。

 この数字を多いと見るか少ないと見るかは様々かも知れないが、重要なのはペースメーカー使用者は400人に1人、携帯電話はペースメーカーから22センチ以上離せば問題ない、PHSの出力は携帯電話の10分の1以下、等の事実に基づいて議論を進めるべきだということである。更に言えば、電磁波を出す物体は、この御時世にあって何も携帯電話だけではないだろう(万引き防止用監視システムとか)。携帯電話はペースメーカーに良くないという感情的な議論だけでは、携帯電話の携帯性という本来最も携帯電話使用者が享受すべき機能を399人に諦めさせるということだけに終わりかねない、と言うか、事実そうなってる。事業者各位の良識に期待したい。

 頭痛がするからといって、頭が要らないということにはならないのである。


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