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筑摩書房 |
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著者はジェレミー・パクスマン、と言っても日本では全く知られていないと思われる。私も英国に行く前は知らなかった。英国ではかなり名の通ったジャーナリストであり、またテレビのクイズ番組「ユニバーシティー・チャレンジ」(大学対抗のクイズ番組)の司会を務めるなど各方面で活躍しておられる。99年にペンギンブックスから改訂版が出たときには本屋に平積みになっていた。面白いのかなと思いながらも買いも読みもしないうちに帰国してしまったが、暫くすると邦訳が出たので迷わず飛びついた訳である。尚、翻訳は上智大学の小林章夫氏。本コーナーではお馴染みですね。
パクスマンは、小林氏によれば久米宏と田原総一朗を足して2で割ったような人物らしいが、少なくとも久米宏よりは遙かにマシな筈である。また文章を読む限りでは(久米宏の文は知らんけど)、テーマのせいでもあろうが、パクスマンの方が諧謔的で機知に富み親しみがある(田原氏も喋りは面白いが文章は硬い)。テーマのせいというのは、イングランド人の解剖を自らもイングランド人である著者が行うものであるため、ズバリ斬り込める部分と逆に一歩引いてしまう部分とが混在しているというような点によるものである。かなり皮肉たっぷりな記述もあるが、これも著者本人がイングランド人の1人であるから許されているところもあるのだろう。自分のことでもあるのだから。
本来、英国はイングランド、スコットランド、ウェールズ及び北アイルランド連合王国であるが、日本ではイングランドの転訛した「イギリス」が連合王国全体を指称することかも分かる通り、イングランドと連合王国を(無意識にせよ)同一化してしまいがちであり注意が必要だ。それに、他の3国の皆様(特にスコットランド)にしてみれば、イングランドなにするものぞという意識が強い。特に近年は独自の議会が認められたりと各国への「地方分権」が進んでおり、この傾向に拍車を掛けている。
一方、イングランド人にはアイデンティティが希薄である。自分はイングランド人であるよりも、英国人であるという意識が出てしまうのかも知れない。イングランド人が外国に行って、どこから来たのかと問われた時に果たして「イングランド」と答えるだろうか?イングランドを意識するのは、実際ラグビーやサッカーのときぐらいなのだろう。そうは言っても、著者によれば、イングランドの守護聖人である聖ジョージのグッズが最近売れているようだ。さはさりながらも、BBCによれば、聖ジョージの日(毎年4月23日)の伝統的な祝い方は(大勢ではなく)何人かの人が今日は聖ジョージの日なのにどうして誰も祝おうとしないのかと議論すること、と皮肉たっぷりに紹介している。
余談だが、"English"という単語には本書の原題にもなっている通り、当然「イングランド人」という意味もあるのだが、米国人にしてみると"English"とは彼らが喋っている「英語」という意味しか思い浮かばないらしいという話を聞いたことがある。そんなところからも、イングランド人の影の薄さが知れよう。
さて以上のように内容としては面白いが、基本的にイングランド人がイングランドについて書いているので、日本人には分かりにくい点が多々ある。文化的背景やキリスト教的バックグラウンドが無いと、本書の本当の面白さは分からないのかも知れない。しかも著者は平板に書いてくれてあるわけではなく、諧謔と比喩と機知とひねくれをこねくり回して書いているため、尚更である。特に、イングランドという存在が身近でない場合にはかなり読み辛いんではないかと思う。そういう訳で、評価としては真ん中にしました。
【評価】まあまあ。時間が有れば読んでみるのもいい。