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ところで先ず、『漱石の「不愉快」』が何で英国本なの?という疑問に答えなければならないだろう。周知の如く、夏目漱石は英国ロンドンに2年間文部省の官費で留学する。その2年間の漱石の足跡を辿り、彼がどのように英国での生活を送ったかという点を細かく検証したのが本書であり、立派な英国本なのである。
夏目漱石は英国留学中には精神を病んでいたということぐらいは何となく聞き覚えがある方も多いだろう。国費で留学した夏目漱石だが、そもそも果たして彼は何を勉強しに行ったのだろうか。これは実は非常に重大な問題である。普通に考えれば「英文学」なのだが、漱石は実は文部省から「英語」を学んでくるよう命令を受けている。要すれば、帰国後に英語を教えるため語学としての英語を学んでこいというのである。まあ当時は英語も英文学もあんまり区別されてなかっただろうし、英文学なんてのはあんまり文明開化の為に必要とされていなかったのかも知れない。
著者は、漱石のこうした「不愉快」や苦悩を、帰国後に書かれた『文学論』の序文や当時の英国の状況と絡めて多くの史料から分析・推測するとともに、後半では日本の文明開化のあり方までその論は広く及ぶ。尚、『文学論』の序には「倫敦に住み暮らしたる二年はもつとも不愉快の二年なり」とあり、書名の「不愉快」もここに由来する。因みに、漱石は帰国後ちゃっかり「英文学」を教えている。
著者の小林氏は漱石の専門家ではなく英文学の専門家である。よって、英文学者の目から英文学者としての漱石を論じた本としてその独特の存在は貴重である。特に19世紀の英国の社会や風俗なんかは英文学者の面目躍如たるところで、既存の漱石研究の本とは三味ぐらい違う出来映えとなっている。よって強烈に推薦したい。どうでもいい話だが、私も漱石は結構好きな方で、大学時代には楽勝と言われた「哲学概説」を取らずに、その裏開催の漱石購読の授業にせっせと出ていたものである(懐かしい)。
【評価】なかなか面白い。お奨め。